第48話:銀糸の葬送、光の角が照らす絶望
アラタたちが辿り着いたのは、生命の鼓動を拒絶する白銀の世界だった。最北の地に建つ帝国最大の監獄工場――『氷鎖の棺』。そこは、降り積もる雪さえも重油の鼻を突く匂いを孕み、吹き荒れる猛吹雪が地脈の悲鳴のように鳴り響く地獄であった。
「……くっ、一歩進むだけで……意識が凍りつきそうだわ……」
ミラが自身の腕を抱き、身を震わせる。彼女の『翠輝神緑鎧』も、この絶対零度の前では翠色の輝きを失いかけていた。
「案ずるな、ミラ。……我が魔力が尽きぬ限り、この程度の凍気、通しはせぬ」
ナギが毅然と前に出た。彼の額にある傷跡からは、すでに目も眩むような純白の光が溢れ出している。覚醒した『光の角』が放つ旋律は、凍てつく風を押し返す熱を持ち、アラタたちを包み込む「聖域」を作り出していた。アラタもまた、リッカと共に作り上げた『共鳴外骨格・奏』を起動させ、修理槌『桜雷』を軽く叩くことで、猛吹雪の乱れた波長を調律し、一行の体温を奪う不協和音を最小限に抑え込んでいた。
雪壁を突き破り、一行はついに工場の外壁へと到達した。だが、そこで彼らを待ち受けていたのは、ナギの心を無慈悲に切り裂く光景だった。工場の入り口に立ち並ぶ、無数の透明な氷の塊。その中には、ナギと同じ龍人族の生存者たちが、苦悶の表情を浮かべたまま「氷の像」として固定されていた。
「……あ、ああ……。そんな……嘘だろ……」
ナギの瞳に屈辱と怒りの炎が宿る。龍人族の強靭な生命力は、ここでは「解けない燃料」として利用され、彼らの核に刺された導管からは、今も絶え間なく霊力が吸い上げられていた。氷像から溢れ出す絶望の音。それは、かつて帝都の地下で聴いた、ナギの角が上げる断末魔と同質の調べだった。
「――ようやく辿り着いたのね。お母様の用意した、美しい展示室へ」
頭上の鋼鉄の梁から、金属が擦れる不快な音を立てて二つの影が舞い降りた。シオンとシトリン。だが、その姿はもはや「人」としての輪郭を辛うじて保っているに過ぎない。
イザベラによる最終調整を受けた彼女たちの全身は、無機質な機鋼装甲と銀糸を紡ぐ人工神経腕に埋め尽くされ、瞳には規則的な歯車の回転のような冷徹な赤光が宿っていた。
「「四度目の開演。……今度は、その龍の涙ごと、氷の彫刻にしてあげる」」
双子が指先を弾くと、猛吹雪を媒介にした数千本の銀糸が空間を埋め尽くした。その糸は触れた瞬間に熱を奪い、対象を分子レベルで凍結させる死の旋律を奏でる。
「……もう、逃げない。……君たちを、イザベラの呪縛から……本当の意味で解放する!」
アラタが『共鳴外骨格』を軋ませ、槌を構えた。自らの血を捧げた調律の代償が彼の脈動を苛むが、それ以上の憤怒が彼の魂を突き動かす。
「ミラ、ナギ、リッカ!最後の三重奏……いや、四重奏だ!彼女たちの『不協和音』の核を、僕が撃ち抜く!」
「わかったわ!この氷さえも、私の砂で研磨してあげる!」
ミラの『翠砂』が雪と混じり、氷の銀糸を内側から磨り潰していく。リッカは『嵐駆丸』の影から予備の魔力バッテリーを投げ飛ばし、アラタの装甲に過負荷寸前の熱量を与えた。ナギもまた、同族の悲しみを力に変え、凍り付くような鋼鉄の冷たさを上回る清冽な水の奔流を放った。
銀糸と水、砂と雷鳴が交錯する最北の激闘。アラタは『共鳴外骨格』の出力を最大に引き上げ、引き延ばされた時間の中で銀糸の隙間を縫った。彼の『桜雷』が、双子の機鋼拘束具の中央に刻まれた、汚染魔力の「制御核」を捉えた。
――カァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
それは、四度にわたる因縁を断ち切る、慈愛と決別の調べ。砕け散った拘束具から火花が散り、双子の瞳から赤い光が消えていく。倒れゆく彼女たちの小さな体を、ナギの水流が優しく抱きとめた。
「……終わったよ。……もう、自由だ」
だが、安堵の時間はなかった。工場の奥底から、蒸気の噴射音(プシューッ!)と共に、かつてないほど冷たく巨大な「死の波長」が押し寄せてきた。床を這う揚熱パイプが一斉に霜を纏い、空間そのものが凍りつくような威圧感。
壁を突き破り、ゆっくりと姿を現したのは、全身を白銀の機鋼装甲で包み、背中から無数の魔導冷却管を翼のように広げた将軍イザベラ。その姿はもはや人の域を超え、世界の静止を司る「氷の女神」へと変貌を遂げていた。
「不協和音を消し去るための調律。……ようやく、最後の仕上げ(フィナーレ)の時が来たようですね」
イザベラの足元から、絶対零度の衝撃波が放たれる。帝都を、そして世界を永遠の静寂へと沈めるための最終決戦が、今、猛吹雪の監獄の中で幕を開けようとしていた。




