第46話:侵略の咆哮、鋼鉄の迷宮
『獄炎山・ヴォルカ』の稜線が、不気味に震えていた。地平線の彼方から湧き上がってきたのは、雲を突くような黒煙と、大地そのものを咀嚼するような悍ましい破壊音。帝国の最終兵器、巨大掘削要塞『山削り列車・ヨルムンガンド』が、その鋼鉄の巨躯を「蛇」のようにくねらせながら現れたのである。
列車の先頭に備えられた巨大なドリルが、神聖な山肌を無残に削り取り、岩石を火花と共に撒き散らす。辺りには、鼻を突く重油の鼻を突く匂いが爆風と共に押し寄せ、かつての美しい裾野は煤煙に煙る空の下で、地獄のような様相を呈していた。
「……あんな巨大な不協和音が、この世界を走っているなんて」
魔導帆走車『嵐駆丸』の甲板で、アラタは唇を噛み締めた。カイトが舵輪を切り、列車の猛烈な熱気と震動の中へと車体を滑り込ませる。規則的な歯車の回転音と、山を削る轟音が重なり合い、立っていることさえ困難な激動が一行を襲った。
「アラタ!そのまま動くんじゃないよ!最終調整が終わってないんだからね!」
激しく揺れる車内の後部で、リッカが叫んだ。彼女はドワーフ特有の強靭な足腰で床を踏み締め、アラタが装着した『共鳴外骨格・奏』の背面に、自身の整備鎚を叩きつけていた。飛来する岩の破片が車体を叩き、帝国の機鋼兵たちが放つ熱線の余波が周囲を焦がす。だが、リッカの瞳には、目の前の「鋼の不備」以外は映っていなかった。
「リッカ、もういい!このまま突入する!」
「バカ言っちゃいけない!あんたの調律を百パーセント伝えるには、このネジ一本の締め具合が命運を分けるんだ!職人を信じな!」
リッカの手が、目にも止まらぬ速さで装甲の隙間を縫う。彼女が鎚を振るうたびに、外骨格からは清らかな鈴の音に似た共鳴が漏れ出し、アラタの神経と機械が一つに溶け合っていく感覚が強まっていく。
「本当にこいつに任せて大丈夫か」という当初の疑念は、この極限状態での彼女の精密な動きを前にして、アラタの中で完全な信頼へと上書きされていた。リッカは最後のボルトを締め上げると、アラタの背中を力一杯叩いた。
「行ってきな、調律師!あんたの音、あたしの最高傑作で何倍にもしてやりな!」
「――全開、奏ッ!!」
アラタは『嵐駆丸』の甲板から、猛スピードで走行する巨大列車の側面へと飛び移った。瞬間、銀色の外骨格が桃色の光を放ち、大気中の霊子を強制的に吸引・圧縮し始める。アラタの体感時間は引き延ばされ、飛来する瓦礫の軌道が、楽譜の上の音符のように明確に視認できた。アラタは修理槌『桜雷』を振り上げ、列車の厚い外部装甲へと叩きつけた。
――カァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
外骨格による増幅を受けた一撃は、鋼鉄の分子結合を直接揺さぶり、無敵を誇った帝国の重装甲を硝子細工のように粉砕した。
「……いける!これなら、届く!」
アラタは開いた穴から、蒸気の噴射音(プシューッ!)が逆巻く内部へと突入した。内部は、巨大なピストンと歯車が狂ったように蠢く鋼鉄の迷宮。アラタは襲い来る防衛機鋼兵を、新装備による神速のステップで翻弄し、その急所に調律の一撃を叩き込んでいく。金属が擦れる不快な音を立てて倒伏する敵を置き去りに、彼は列車の心臓部――『汚染魔力炉』を目指して突き進んだ。
アラタを追って列車内に突入したナギは、最深部へ繋がる巨大な回廊で、立ち止まった。そこは、汚染された魔力の奔流が物理的な「重圧」となって押し寄せ、普通の人間であれば数秒と精神を保てないほどの不協和音が渦巻く場所だった。
「……くっ、これが……帝国の、王を呪う音か……」
ナギは凍り付くような鋼鉄の冷たさを湛えた瞳で、目の前の闇を見据えた。周囲には、汚染に蝕まれたドワーフの労働者たちの無念と、切り刻まれた精霊たちの断末魔が満ちている。ナギは、かつて角を折られた額の傷跡が、熱い脈動を上げているのを感じた。
だが、その激痛と騒乱のただ中で、ナギはかつて水の都で手にした「絶対的な静寂」を即座に呼び覚ました。それは自分自身の魂の奥底、アラタと誓い合った盟約の場所に輝く、一点の淀みもない光の律動。
「……案ずるな、アラタ。……形など、もういらぬ。……私の命、私の存在そのものが、この闇を穿つ最強の『角』なのだから」
ナギが額の傷跡に指を添えると、そこから目も眩むような純白の光が溢れ出した。すでに彼の魂の一部となった「光の角」が、周囲の圧倒的な不協和音を春の陽光のごとく溶かし、空間の歪みを強引に平定していく。ナギの足元の廃液が、王の帰還を祝うかのように巨大な渦となって逆巻き始めた。
「……行こう。……この汚れた歌を、私たちの音で終わらせるために」
ナギの言葉に呼応するように、彼の背後に巨大で透明な蒼き龍の幻影が、かつてないほど鮮やかに、そして威風堂々と立ち昇った。一行は、列車の心臓部へと。職人の誇りが鍛え上げ、龍の王が切り拓く、新たな希望の旋律が、鋼鉄の巨蛇の腹の中で決戦の時を待っていた。




