第36話:天響(てんきょう)の砂嵐、王の涙
『工場の心臓』である動力炉が停止し、プラント内部に不気味な静寂が訪れたのも束の間だった。崩落し始めた天井から火花が散り、蒸気の噴射音(プシューッ!)が鳴り響く中、ミラの「翠砂」によって装甲を焼かれたはずのザハクが、地獄の底から這い上がるようにして立ち上がった。
「……ヒ、ヒャハ……!まだだ、まだ終わらねえ!お母様の秩序を……不確定要素ごときに汚させてたまるかよぉッ!!」
ザハクの咆哮と共に、彼の背中にある予備の霊力タンクが、異常な高周波を立てて赤熱した。それは残された精霊の残滓を無理やり燃焼させる、自爆同然の過負荷。規則的な歯車の回転音は狂ったような金属音へと変わり、彼の機鋼尾が周囲の鉄柱を飴細工のように薙ぎ払う。
「ナギ、ミラ!あいつ、自分の命ごと僕たちを消すつもりだ!」
アラタが修理槌『桜雷』を構えて近付こうとするが、ザハクから放たれる圧倒的な熱量と超振動に、近付くことさえ拒絶される。
「……フン、どこまでも醜い執念だな。だが、今の我らはもはや、個の力だけで戦ってはおらぬ!」
ナギがアラタの隣に並び、透き通る水の色の魔力を極限まで圧縮した。
「アラタ、私の水を使え!ミラの砂を導き、貴殿の音で一つに束ねるのだ!」
「ミラ頼む!」
アラタはミラと目を合わせながら、短くその言葉だけを伝えた。
「……分かったわ。私の『翠砂』、全部あんたに預ける!」
ミラが叫び、琥珀色の瞳から溢れ出した砂の奔流が、アラタの槌を中心に渦を巻いた。アラタは自身の脈動を二人の魔力へと同調させ、世界の不協和音を正すための「究極の旋律」を脳裏に描く。
「行くよ、二人とも!――連携奥義・天響砂嵐陣!!」
アラタが『桜雷』を振り下ろした瞬間、ナギの高圧水流とミラの翠砂が、アラタの奏でる黄金の雷鳴を核にして一つに融合した。それは「破壊」ではなく、強引に歪められたザハクの機鋼回路を「解呪」し、本来の静寂へと還すための浄化の旋律。三人の合一した波長が、ザハクの放つ狂乱の振動を正面から圧し潰し、彼の心臓部を貫いた。
「――ガ、ハ……。ああ……なんて、清らかな……」
ザハクの瞳から狂気が消え、彼の巨体は金属が擦れる不快な音を立てて、砂の粒子と共に崩れ去った。
轟音と共に、巨大な『神搾取工場・第二プラント』が完全に沈黙し、崩落した。一行はカイトに導かれ、瓦礫の山から這い出したその時。砂漠の空に、信じられない変化が起きた。数十年もの間、工場の煤煙と熱気によって閉ざされていた煤煙に煙る空が割れ、そこから重く、湿った雲が急速に広がり始めたのだ。
ピチャリ、とアラタの鼻先に冷たい感触が落ちた。
「……雨だ。ナギ、ミラ……雨が降ってきたよ!」
それは、砂漠の民が数十年もの間、お伽話の中でしか知らなかった奇跡。『神搾取工場』が霊脈の喉元を離したことで、本来の「風」が戻り、大地が溜め込んでいた涙が、一気に溢れ出したのである。重油の鼻を突く匂いは瞬時に洗い流され、そこには雨上がりの土の匂いに近い、清々しい静寂が満ちていった。
ナギは、降りしきる雨の中に立ち尽くし、空を仰いだ。冷たい雫が彼の頬を伝い、失われた龍の角の痕を優しく濡らしていく。その光景は、かつて自身の王都が帝国の炎に包まれた際、民を救えずに独り立ち尽くしたあの日の絶望と、あまりにも残酷で、そして美しい対照を成していた。
「……これが、王が背負うべき『重み』なのか」
ナギが呟く。ただ支配するのではなく、大地の声を聴き、民の乾きを癒やすためにこそ、自分は龍王としての力を授かったのだ。雨に打たれる砂漠の民たちが、地下から次々と這い出し、歓喜の声を上げて踊っている。その「生きた音」を聴きながら、ナギは確信した。
「……アラタ。私は、必ずあの帝都から角を……我が誇りを取り戻す。だがそれは、私自身のためではない。……この世界に、本来あるべき恵みと平穏を還すためだ」
ナギの瞳には、もはや逃亡者としての陰りはない。そこにあるのは、真の王としての覚悟が宿る、静かな光だった。
アラタは微笑み、ワラシを優しく抱き上げた。ワラシは力を使い果たしたのか、雨音の中でスースーと寝息を立てている。一行は、泥濘始めた砂漠を力強く歩み出す。
孤独な戦いは、今や種族を超えた絆と、世界を直そうとする大きな「共鳴」へと、確実に変わり始めていた。




