第33話:砂上の三重奏、風の囁き
『黄金の死地』に響き渡るのは、生命を拒絶するような不快な不協和音だった。砂煙の中から姿を現した機鋼潜水艦『デザート・シャーク』は、その巨大な鋼鉄の鰭を砂の波に潜らせ、獲物を追い詰める捕食者の如く、アラタたちの周囲を旋回していた。
「……来るわよ!砂の底から、嫌な振動が伝わってくる!」
ミラの叫びと共に、砂漠の表面が激しく波打った。潜水艦の側面から展開された超振動発振器が、大気を、そして砂の粒子そのものを震わせ、目に見えない衝撃波「超振動波」を放ったのである。
「――グハッ……!?」
衝撃波が直撃した砂地が瞬時に液状化し、一行の足元を奪う。同時に、摩擦によって発生した異常な熱が、重油の鼻を突く匂いを伴って立ち昇り、肺を焼くような熱気へと変わる。
「……おのれ、鉄の獣め。この熱気ごと、我が深淵へ沈めてくれる!」
ナギが前に出た。彼は折れた角の痕に左手を添え、内なる龍の血を沸騰させる。
「秘剣……『昇龍・水禍断絶』!」
本来ならば、あらゆるものを断ち切る水の刃。だが、ナギはその水流を鋭利な牙として放つのではなく、自分たちを包み込む「冷却の盾」へと変質させた。透き通る水の色の魔力が円環を描き、潜水艦が放つ殺人的な熱量を、蒸発しながらも強引に奪い取っていく。水と熱がぶつかり合い、周囲には視界を遮るほどの白い蒸気が噴き出した。
「……ナギ、無理をしないで!水が、どんどんお湯に変わってるわ!」
ミラが叫び、翠色の霊子を纏って『デザート・シャーク』の装甲へと肉薄しようとする。だが、砂を泳ぐ潜水艦の速度は驚異的であり、彼女の『翠輝神緑鎧』さえも、超振動の障壁に弾き返されてしまう。
その時だった。アラタの膝の上で、ワラシの瞳がかつてないほど神聖な光を放った。
「……思い出した。わらわは、ただ家を守るだけの存在ではなかったはずじゃ」
ワラシの脳裏を過るのは、砂漠がまだ豊かな緑に包まれ、風の精霊たちが舞っていた太古の旋律。
「この熱、この不快な音……すべてはわらわの『遊具』に過ぎぬ!因果転換・陽炎の悪戯!」
ワラシがパチンと指を鳴らした瞬間、戦場を支配していた灼熱が、一転して「幸運のノイズ」へと書き換えられた。潜水艦の超振動によって発生した熱エネルギーが、突如として帝国の駆動系へと逆流し始めたのである。
「――ギギギギギッ!?出力が、制御不能に……っ!」
潜水艦の中から、機鋼兵の悲鳴が漏れる。規則的な歯車の回転音は異常な高周波へと跳ね上がり、内部で神を燃料としていた動力炉が、ワラシの呼び寄せた「熱の奇跡」によってオーバーヒートを起こした。
「今だ、アラタ!あいつの音を、君の旋律で黙らせて!」
ミラの声を受け、アラタが血に濡れた『桜雷』を天高く掲げた。砂漠の熱気を吸い込み、槌の紋様が黄金色から桃色へと激しく明滅する。
「……聴こえるよ。砂の下で泣いている、風の神様の音が……!壊れろ、帝国の鎖!」
――カァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
清らかな鈴の音が砂漠を駆け抜け、実体化した衝撃波が『デザート・シャーク』の中枢を貫いた。爆鳴と共に鋼鉄のサメが砂上へと打ち上げられ、蒸気の噴射音(プシューッ!)を空しく上げながら沈黙した。
死闘が終わり、辺りに静寂が戻った。沈黙した潜水艦の背後、陽炎が揺れる砂丘の向こう側から、布で全身を覆った幾つもの人影が音もなく現れた。
「……今の音は、帝国の不協和音ではないな」
人影の一人がフードを脱ぐ。そこにあったのは、砂漠の過酷な環境に適応し、風を聴くために発達した長い耳を持つ『風の民』の少女の姿だった。
「……救世の調律師か、それとも新たな略奪者か。……いずれにせよ、我らの王がお呼びだ」
少女に導かれ、アラタたちは砂漠の地中に隠された、巨大な石造りの空洞へと足を踏み入れた。そこには、帝国の搾取から逃れ、失われた風の歌を守り続ける『風の民の隠れ里』が広がっていた。
煤煙に煙る空からは決して見ることのできない、地下に眠る幻想的な緑の聖域。アラタの耳には、そこかしこから聴こえる、微かな、しかし確かな「風の囁き」が届いていた。
「……ここなら、みんなを直せるかもしれない」
アラタは、まだ微かに震える手で『桜雷』を握り直し、新たな希望の地へと踏み出した。




