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神鳴の共鳴(シンクロニシティ) ―機鋼帝国ゼノフィアと八百万の祈り―  作者: amya
6章

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第30話:揺籃(ようらん)の深淵、静寂を裂く桜雷


 視界が白銀色の光に塗り潰され、アラタの意識は底のない深淵へと堕ちていった。そこは凍り付くような鋼鉄の冷たさが支配する、音のない世界。将軍イザベラが起動した『最終調律装置・アポカリプス』の内部は、あらゆる生命の拍動を「負の周波数」で打ち消す、絶望の揺籃ようらんであった。


「……がはっ……」


 アラタの傍らで、ミラが苦悶の声を漏らす。彼女の全身を覆っていた『翠輝神緑鎧エメラルド・ガーディアン・アーマー』の翠光が、装置の放つ「負の旋律」に吸い取られ、砂のように崩れていく。ナギもまた、自らの生命力そのものである透き通る水の色の魔力を強制的に排出させられ、虚ろな瞳で虚空を彷徨っていた。


 その時、アラタの脳裏に「不協和音」が流れ込んできた。それは物理的な音ではなく、装置の核を通じて流れ込む、他者の記憶の残滓。視界に映し出されたのは、かつての美しい、しかしあまりにも残酷な光景であった。


 燃え盛る小さな村。祈りを捧げる一人の少女。若き日のイザベラは、かつて敬虔な「神の信徒」であった 。彼女は村を襲う病魔を払うため、土地の神に涙ながらに救いを求めた。しかし、神は沈黙を貫いた。神の沈黙が続く中、村は滅び、彼女の愛した人々は重油の鼻を突く匂いに混じった絶望の中で息絶えていった。


(……だから、彼女は……)

アラタは視た。神の無慈悲な沈黙を、自らの手で「完璧な管理システム」へと書き換えようとした彼女の深い絶望を。イザベラの瞳に宿る憎悪は、かつて神を信じていた者だけが抱きうる、凍てついた祈りの成れの果てであった。


「神は資源であり、我らはその支配者。その理を説くだけです」


 かつてバルバトスが語ったその言葉は、イザベラの魂が導き出した、血を吐くような「解答」だったのだ。


「……そんな、悲しい音……僕は、認めない……!」


 アラタが叫ぶが、アポカリプスの「負の出力」が極限に達し、アラタの存在そのものを消し去ろうとする。


「――おのれ、鉄クズが!わらわを、そしてアラタを舐めるなぁぁッ!!」


 その時、アラタの懐でワラシが咆哮した。ワラシはアラタの肩から飛び出すと、自らの小さな霊体をアポカリプスの巨大な歯車の隙間へと強引に滑り込ませた。


「わらわの幸運、全部持っていけ!――因果転換・瑞兆ずいちょう!!」


 ワラシの体から眩いばかりの黄金の光が溢れ出した。彼女は自らを依り代にし、装置の完璧な「負の周波数」の中に、計算不可能な幸運の『ノイズ』を発生させたのである。  規則的な歯車の回転音が不自然に乱れ、金属が擦れる不快な音が装置の内部で激化する。


「アラタ、今じゃ!サクヤに……あの娘に声を届けるのじゃ!!」


 ワラシの命を削るような叫びが、アポカリプスの沈黙を一時的にこじ開けた。アラタは懐にある『桜の種』を強く握りしめた。種の奥底で眠っていたサクヤの魂が、装置の膨大なエネルギーに呼応するように、静かに目を開ける 。


『……アラタさま。聴こえます……。この絶望を、春の旋律へ……!』


 瞬間、逆流が起きた。アポカリプスが地脈から吸い上げていた膨大な「負のエネルギー」を、アラタの調律とサクヤの祈りが、正の「共鳴」へと一気に反転させたのだ。


 アラタの心臓の鼓動と、槌の拍動、そしてサクヤの祈りが完璧にシンクロした。


「……バルバトスも、イザベラも聴け!これが、僕たちの……『本当の音』だぁぁぁッ!!」


 アポカリプスの中心、絶望の揺籃の中で、一輪の桜が咲き誇った。それは瞬く間に増殖し、冷酷な鋼鉄の十字架を内部から食い破るように、桃色の花弁が吹き荒れた。重油の鼻を突く匂いは春の嵐のような花の甘い香りへと上書きされ、装置全体が清らかな鈴の音と共に崩壊を始めた。


「な……馬鹿な!我が秩序を上書きするというのか!?たった一人の人間の、情緒などという不確かなもので!」


 虚空から響くイザベラの驚愕の声。


 爆鳴と共にアポカリプスが弾け飛び、アラタたちは桜吹雪の中に舞い降りた。足元には、力を使い果たしてスースーと寝息を立てるワラシ。そして、意識を取り戻し、清々しい笑顔でアラタを見上げるミラとナギの姿があった。


「……やったのね、アラタ」

「……史上最高に、騒々しい音だったぞ」



 煤煙に煙る空はいつの間にか、サクヤの森から溢れ出した桃色の霊子によって、美しい夜明けの色に塗り替えられていた。だが、アラタは知っていた。これはまだ、帝都という巨大な不協和音を正すための、序曲に過ぎないことを。





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