第27話:蒸気の墓標、鼠たちの歌と蒼き残響
巨大武装列車『鉄公爵』が帝都ゼノフィアに鉄の擦れる轟音を響かせながら入っていくなかで、アラタたちは巨大な排気口へと身を隠しながら滑り込むことに成功した。
辿り着いたのは、帝都の繁栄を支える巨大な心臓の「裏側」――地下スラム『蒸気の墓標』である。上層階級から排出される汚水と熱気が滞留し、重油の鼻を突く匂いが死臭のように立ち昇るこの場所は、かつてアラタたちが暮らした廃棄都市『スクラップ・バレー』以上に、生命の尊厳が剥奪された空間だった。
「……ひどい。ここ、息をするだけで喉が焼けるみたい」
ミラが鼻をしかめ、自身の長い尻尾を不安げに抱きしめた。彼女の敏感な耳には、錆びたパイプを流れる汚水が奏でる金属が擦れる不快な音が、帝国の犠牲になった神々の断末魔のように響いていた。
「……フン。これこそが帝国の真の姿だ。表層の秩序を保つために、底辺に不潔な犠牲を押し込める。龍の都の歴史にはなかった醜悪さだな」
ナギは凍り付くような鋼鉄の冷たさを湛えた瞳で、周囲の廃材に身を寄せる孤児たちを眺めていた。彼の額にある折れた角の痕は、この街に満ちる不自然な波長に反応し、火傷のような熱を帯びて疼いている。
三人が入り組んだ路地の奥へ進むと、不意に不規則なリズムが鼓膜を打った。――カチャ、トン、カチリ。それは、帝国の規則的な歯車の回転音とは決定的に異なる、意思を持った「音」だった。
「――おっと、そこの旦那方。そんな綺麗な靴でここを歩くと、一分で底が抜けるぜ?」
天井の錆びついたパイプから、一人の少年が身軽に飛び降りてきた。ゴーグルを額にかけ、全身が煤で汚れた少年、カイトだ。彼は手に持ったスパナでパイプを叩き、即興の旋律を奏でている。
「俺はこの街の『不協和音』を聴いてる男さ。……あんた、背中のそれ……いい音させてるな」
カイトの視線が、アラタの『桜雷』に止まった。
「君は……僕の槌が分かるのか?」
「分かるさ。この街の機械はみんな、神様を磨り潰して泣いてる音しか出さない。でも、あんたの槌からは、誰かを助けようとする『調和』の音が聞こえる。……ついてきな、面白いもんを見せてやるよ」
カイトに導かれ、三人はスラムのさらに奥、中央大聖堂の真下へと繋がる排水路に辿り着いた。そこでアラタが目にしたのは、神殿の怪物『グラ』や『ガルフ』を動かしていたものと同質の、おぞましい魔導回路の集積体だった。巨大な霊力吸引管が、地脈から無理やり命を吸い上げ、上層へと運び続けている。
「……見てな。あの大聖堂の地下には、帝都の防壁を支える『究極の心臓』が隠されてるんだ」
カイトが指差した先。霊力計の針が振り切れるほどの高密度な魔力が一点に集中し、清らかな鈴の音を歪ませたような、悲痛な高周波を放っていた。
「――っ!? この波長、まさか……!」
ナギが激しく呻き、胸を押さえて跪いた。彼の周囲に、透き通る水の色の魔力が狂暴に渦巻き始める。
「……間違いない。私の『蒼き角』だ。奴らは……私の誇りを、あんな冷酷な防壁のバッテリーに変えやがった……!」
ナギの絶叫が、地下水路の壁に反響する。帝国が神を資源として扱うその極致。かつて自らの民を救うために差し出した王子の魂の片割れは、今や帝都という巨大な檻を守るための、部品へと零落させられていたのだ。
「ナギ……」
アラタは震える手で『桜雷』を握りしめた。かつて『瑞の翁』が奪われた時、そしてバルバトスの静止に立ち向かった時と同じ、静かな、しかし決して消えない怒りの炎が彼の胸に灯った。
「……取り戻そう、ナギ。君の誇りも、この街で泣いている全ての音も。……僕が、この最悪な旋律を書き換えてやる」
煤煙に煙る空のさらに下、地の底で交わされた三人と一柱の誓い。帝都ゼノフィアという巨大な不協和音を正すための、孤独で、しかし希望に満ちた調律の旅が、今、本格的な幕を開けた。




