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神鳴の共鳴(シンクロニシティ) ―機鋼帝国ゼノフィアと八百万の祈り―  作者: amya
5章

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第26話:鉄公爵の鼓動、荒野を裂く調律


 アラタの身体には、自らの血液を『桜雷』に流し込み、機械の「静止」をこじ開けた際の代償が深く刻まれていた。四肢を苛む鈍い痛みと、絶え間なく続く立ち眩み。


 身体の状態は万全ではなかったが、アラタたちは改めて略奪されたナギの角を探しに、まずは帝都へと向かうことにした。

帝都には、荒野を走る巨大武装列車の屋根の上に隠れて紛れ込む作戦にした。一行は列車に紛れ込めるポイントを探しながら、引き続き線路を目指していた。



 その鉄の怪物は、大地の静寂を貪り食いながら、漆黒の地平線を切り裂いていた。機鋼帝国の技術の粋を集めた巨大武装列車『鉄公爵アイアン・デューク』。全長数百メートルに及ぶその巨躯が荒野を爆走するたび、地殻は悲鳴を上げ、後方には重油の鼻を突く匂いを孕んだ黒煙の尾が、死の刻印のように引きずられていく。


 時速百キロを超える烈風が、鋭い刃となって吹き抜ける列車の屋根の上。アラタは指先に力を込め、鋼鉄の装甲板を掴んでいた。


「……ミラ、離れるなよ!風に飛ばされたら終わりだ!」

アラタの叫びは、猛烈な風切り音と、十数本の排気管から吐き出される蒸気の噴射音(プシューッ!)にかき消されそうになる。巻き上がる鉄粉が頬を打ち、視界を赤茶色に染めていく。


「分かってるわ!でも……この『音』、もう耐えられない……っ!」


 隣で身を伏せているミラの表情は苦痛に歪んでいた。野生の感覚を鋭敏に持つ彼女にとって、この列車全体が奏でる不規則な振動と、金属が擦れる不快な音の奔流は、精神を直接ヤスリで削られるような拷問だった。


 かつて帝国の研究所で「被検体04」と呼ばれ、見えない鎖に繋がれていた日々。その時の記憶を呼び覚ますような無機質な暴力性が、列車の重厚な足音となって彼女の鼓動を圧迫していた。


 ミラの耳がピクリと跳ねる。

「……アラタ、上!何か来るわ!」


 煤煙に煙る空の向こうから、赤く光る単眼のセンサーを明滅させた監視機が数機、こちらを捕捉しようと降下してきた。


「アラタ、私が沈めるか?これ以上の接近を許せば、屋根の上の異物に気づかれる」


 背後でナギが静かに腰を上げた。その指先には、バルバトス将軍の「静止」を打ち破った時と同じ、透き通る水の色の魔力が凝縮されている。だが、その額に刻まれた折れた角の痕は、今もなお疼いているようだった。かつての龍の王子としての誇りを奪われ、絶望の底にいた彼が、今こうして少年の背を守っている。


「待って、ナギ。力を使えば、帝都の検知網に引っかかる。……ここは僕に任せて」


 アラタは懐から、新兵器、共鳴砕槌『桜雷サクラライ』を取り出した。それは単なる破壊の槌ではない。アラタの調律師としての魂と、ドワーフの少女フレアの情熱、そして神木の乙女サクヤの祈りが一つになった、世界を直すための旋律の器だ。


 アラタは列車の装甲の「節」にあたる部分、最も激しく火花を散らしている接続部に掌を当てた。(……聴こえる。この列車は、ただの機械じゃない)アラタの聴覚は、装甲の下で磨り潰されている「大地と火の神」の残滓たちの断末魔を捉えていた。


 帝国は、神の魂を燃料として燃やし、その無慮な力を動力に変えてこの巨体を動かしている。(君も……苦しいんだね。無理やり心臓を回されて、怒りに燃えながら走らされて……)


 アラタは『桜雷』を、打撃ではなく「共鳴」の媒体として、震える装甲へと押し当てた。


「……静かに。僕たちの足音を、君の鼓動に混ぜてくれ。不協和音の中に、僕たちの旋律を隠してほしいんだ」


 アラタが精神を研ぎ澄ませると、槌の紋様から木漏れ日の粒子のような淡い桃色の光が漏れ出し、冷酷な鉄の表面へと浸透していった。それは破壊ではなく、和解。支配ではなく、同調。


 かつて地下神殿の奥で、岩盤を噛み砕きながら迫ってきた、機鋼帝国ゼノフィアの対神域殲滅兵器『機鋼大蜈蚣きこうおおむかで・グラ』を沈静化させた時と同じ、慈愛に満ちた「調律」の波動だ。


 瞬間、奇跡が起きた。周囲に響き渡っていた規則的な歯車の回転音と、アラタたちの存在が完全に同調し始めた。物理的な音が消えたわけではない。だが、列車の駆動波長の中に彼らの生体反応が溶け込み、監視機のセンサーからは「屋根の上には何もない」という偽の信号が送られ始めたのだ。


「……すごい。本当に音が消えたみたい……」


 ミラが目を見開く。彼女を苦しめていた金属が擦れる不快な音が、不思議とアラタの持つ槌から発せられる清らかな鈴の音のような波長に包み込まれ、穏やかなリズムへと書き換えられていた。


「……調律、か。不確定な情緒が、帝国の完璧な秩序を欺くとはな。貴殿の音は、やはり不気味なほどに優しい」


 ナギが感嘆を含んだ溜息をつき、魔力を収める。


 一行を乗せた黒煙の巨竜は、最高速度を保ったまま、ついに地平線の向こうに聳える巨大な影へと近づいていく。そこは、すべてが鋼鉄で管理され、神々の声が沈黙した魔都、ゼノフィア。天を突く煙突群からは、さらに濃厚な重油の鼻を突く匂いが漂い、街全体が巨大な「静止」の墓標のように立ち尽くしている。


 アラタは、朝日に照らされた帝都の城壁を見据えた。その最上層の司令室では、将軍イザベラが、自身の「秩序システム」を乱す小さなノイズの接近を、冷酷な悦びと共に待ち構えていることも知らずに。





「行こう。……ナギの誇りを取り戻し、すべての悲鳴を止めるために」


アラタの力強い言葉に、ミラとナギが力強く頷く。三人と一柱ワラシを乗せた鉄の巨竜は、轟音を響かせながら、運命の地へと滑り込んでいった。





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