第24話:残響の代償、揺籃(ようらん)の祈り
「――不快なノイズね。秩序を乱す、不完全な熱情など」
荒野の静寂を切り裂いたのは、シオンとシトリンの声ではなかった。ナギが放った一点突破の水弾によって半壊した遠隔操作装置から、イザベラの冷徹な声が物理的な重圧を伴って響き渡ったのである。
瞬間、空気が規則的な歯車の回転音に似た高周波で埋め尽くされ、再起不能に陥っていた双子の機鋼拘束具が、断末魔のような火花を噴き上げた。彼女たちの四肢は、意思を無視した強制駆動によって奇怪な角度で跳ね起き、その背中からは銀色の細い糸が、月光を吸い込んで鈍く光る刃となって無数に奔った。
「「……お母様。……壊して、連れていく」」
情緒を剥奪された双子のユニゾンが重なる。だが、その背後に浮かび上がったのは、巨大なホログラムとして現れた将軍イザベラの虚像だった。彼女が指先を僅かに動かすと、空間そのものが凍り付くような鋼鉄の冷たさに支配され、アラタたちの周囲にある物質の分子運動さえもが「静止」の理によってせき止められていく。
「……っ、このプレッシャー、バルバトスの時以上だわ……!」
ミラが翠色の霊子を纏って抗うが、イザベラの放つ圧倒的な「管理」の波動の前に、膝が屈辱に震える。ナギもまた、透き通る水の色の魔力を霧散させられ、血の気の引いた顔で空を仰いだ。
イザベラの虚像が、軽蔑を込めてアラタを見下ろす。
「鼠一匹、私の庭でこれ以上騒ぐのは許さないわ。……双子よ、ひとまず退きなさい。この不協和音の始末は、より完璧な舞台で執り行います」
双子の巨体は銀糸によって吊り上げられるようにして、夜の闇へと消えていった。残されたのは、イザベラの残酷な嘲笑の残響と、限界を超えたアラタの崩壊だけだった。
「……あ、が……っ」
アラタの喉から、押し殺した悲鳴が漏れた。自らの血液を媒介にして『桜雷』に強制的な「調律」を強いた代償は、あまりにも重かった。彼の掌からは絶え間なく血が溢れ、意識の糸がプツリと断たれる。花の甘い香りを放っていた槌は、今はただの冷たい鉄の塊となって地面に転がり、アラタの体もまた、糸の切れた人形のように焚き火の傍らへと崩れ落ちた。
次にアラタが意識の端を捉えた時、鼻腔をくすぐったのは帝都の重油の鼻を突く匂いではなく、遠い日の記憶にあるような、柔らかな草の香りと清らかな鈴の音だった。
「……アラタ? アラタ、しっかりして!」
ミラの沈痛な、しかし慈愛に満ちた声が耳に届く。薄氷を踏むような意識の中で、アラタは自分の頭が誰かの膝の上にあることを感じた。ミラの温かな手が、震えながらも彼の煤けた頬を拭っている。彼女の瞳には、かつての孤独な「被検体04」の影はなく、ただ一人の少年を案じる切実な祈りが宿っていた。
「……無茶をしたな、調律師よ」
少し離れた場所で、ナギが背中を向けて立っている。彼の声は平坦を装っていたが、その指先が透き通る水の色の小さな雫を生成し、アラタの乾いた唇を潤しているのが分かった。
そして、アラタの胸元で、微かな、しかし神聖な光が明滅した。旅立つ前にサクヤから託された、あの「桜の種」だ。種から溢れ出した木漏れ日の粒子が、アラタの裂けた血管を優しく紡ぎ直し、サクヤの穏やかな声が頭の中に直接響いてくる。
『……アラタさま。聴こえますか……。どうか、ご自分を壊さないで。……あなたの音は、多くの命を救うためのものであって、あなた自身を焼くためのものではないのですから』
サクヤの精神的な看護が、アラタの魂の不協和音を静かに整えていく。ミラはアラタの手を握りしめ、その繋いだ手の温もりを絶やさないように、一晩中、彼の名を呼び続けた。
「……ごめん、みんな。……少し、眠らせて……」
アラタの掠れた声に、ミラが涙を零しながら
「ええ、いいわよ。……私が、あんたの音を守るから」
と答えた。ワラシもまた、アラタの枕元で自身の霊力を注ぎ込み、不運という名の病魔を必死に追い払っている。
煤煙に煙る空の下、傷ついた一行は寄り添い合い、夜を凌いだ。帝都という巨大な不協和音を前に、アラタたちは一時の敗北を喫したのかもしれない。だが、この夜の沈痛な静寂の中で、彼らの「共鳴」は、皮肉にも帝国が最も恐れる「絆」という名の強固な旋律へと、変質しようとしていた。




