第23話:感情の再点火、虚無を穿つ三重奏
荒野の静寂を圧殺する「静止の共鳴波」が、アラタたちの精神を摩耗させていた。かつて蜘蛛の神から解放され、安らかな眠りについたはずのシオンとシトリン。だが、目の前に立つ彼女たちは、心臓部を直接貫く機鋼拘束具によって、帝国の非道な「秩序」を強要される操り人形へと零落していた。
「……くっ、あああああッ!!」
無数に張り巡らされた銀糸が、ミラの四肢に食い込む。かつての「糸」が神の魂を宿した柔軟な調べだったのに対し、再調整された今の糸は、生命の体温を拒絶する凍り付くような鋼鉄の冷たさを湛え、直接神経を侵食する電気信号を送り込んでいた。
ミラの頬からは赤らみが消え、その瞳が虚空を見つめる。だが、彼女の内側で眠っていた「森の守護神」としての本能が、帝国の冷酷な支配に激しく反発した。
「……私の、心まで……おもちゃにしないでぇぇぇッ!!」
咆哮と共に、ミラの全身から目も眩むような翠色の霊子が吹き出した。それは木漏れ日の粒子を何万倍にも凝縮したような、狂暴なまでの生命の奔流。無意識のうちに発現した『翠輝神緑鎧』の一部が、彼女の腕を鋼よりも硬い樹皮で覆い、絡みついていた銀糸を内側から爆砕した。
「なっ……!?被検体04が、再調整された糸を自力で……!」
シオンが無機質な驚愕を漏らす。その瞬間、ナギの鋭い眼光が双子の背後、宙に浮く小さな「機械の塊」を射抜いた。
「……見えたぞ。あれがイザベラの目であり、指先か」
ナギは折れた角の痕に魔力を集中させ、透き通る水の色の魔力を極限まで圧縮した。双子の動きは、背後に浮かぶ小型の「遠隔操作装置」から発信される規則的な信号と同期している。
「我が誇りを奪った帝国の鎖……まずはその一端を、断ち切らせてもらう!『水禍・一点突破』!」
ナギが放った超高圧の水弾が、音速を超えて空間を穿ち、双子の背後の装置を掠めた。衝撃で信号が乱れ、双子の動きに一瞬の停滞が生じる。
「今だ、アラタ!」
ナギの叫びが響くが、アラタもまた極限の状態にいた。双子が奏でる「無」の共鳴が、彼の聴覚を、そして『桜雷』の波長を完全に遮断している。
(聴こえない……世界の音が、あの子たちの悲鳴さえも、この機械の沈黙に塗り潰されて……!)
アラタの手の中で、修理槌が冷たく沈黙している。神様が不在の「純粋な殺戮機械」に対し、心を繋ぐ調律は無力なのか。
「……いいえ、まだじゃ!アラタよ、機械に心がないなら、お主の『命』を叩き込んでやるのじゃ!」
肩に乗ったワラシが、自身の霊体をアラタの腕に同調させた。アラタは意を決し、銀糸に裂かれた自らの掌を、『桜雷』の核である「共鳴晶」へと力任せに押し当てた。生暖かい自身の血液が、槌の紋様に吸い込まれていく。
「――目覚めろ、桜雷!僕の血を、想いを、音に変えてくれぇぇぇッ!!」
アラタの鮮血を媒介にして、槌がこれまでにない烈火のような赤熱を帯びた。重油の鼻を突く匂いを焼き切り、広場に花の甘い香りが爆発的に広がる。アラタは自身の命を削るようにして、修理槌を虚空へと振り下ろした。
――カァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
それは物理的な打撃音ではなく、帝国の「静止」という名の沈黙を力ずくでこじ開ける、生命の再点火。清らかな鈴の音が大気を震わせ、双子の機鋼拘束具から火花が噴き出した。規則的な歯車の回転が、アラタの不器用で、しかし熱い鼓動によって強制的に上書きされる。
「あ……が、ああ……お母、様……?」
シオンとシトリンの瞳に、一瞬だけ「人」としての光が戻った。アラタの奏でた不協和音を正す調べが、彼女たちを縛る帝国のシステムを一時的に麻痺させたのだ。だが、その背後の司令塔では、イザベラが冷酷にティーカップを置き、次なる「調律」のボタンへと指を伸ばしていた。
「……まだ、終わらせない。あの子たちを、本当の意味で取り戻すまで……!」
アラタは血に濡れた槌を握り直し、倒れゆく双子を抱きとめるべく、駆け出した。 煤煙に煙る空の下、二度目の救済を懸けた戦いは、さらに過酷な次なる楽章へと突入する。




