第22話:再調整の双子、静止する銀世界
略奪されたナギの角を探しに、まずは帝都へと向かうことにしたアラタたち一行。
帝都には、荒野を走る巨大武装列車の屋根の上に隠れて紛れ込む作戦にした。一行は列車に紛れ込めるポイントを探しながら線路を目指していた。
廃棄都市の残骸を飲み込んだ『錆びの荒野』。夜明けの木漏れ日の粒子のような柔らかな光が差し込む中、焚き火の温もりの中で結ばれた家族のような絆。だが、その平穏を切り裂くのは、かつてこの森で聴いた「不協和音」とは決定的に異なる、意思を欠いた「無」の響きだった。
「……アラタ、気をつけよ。またあの、冷たくて不快な『銀の音』が迫っておるぞ」
アラタの膝の上で微睡んでいたワラシが、弾かれたように顔を上げた。ミラの猫耳もまた、不自然に「遮断」された風の音を捉え、激しく痙攣を始める。ナギが即座に透き通る水の色の魔力を展開しようとするが、その瞬間に視界を覆ったのは、蜘蛛の糸ではない。
空から降り注いだのは、光を反射し、凍り付くような輝きを放つ「銀色の微細なワイヤー」だった。
「「見ーつけた。……お母様の秩序を乱す、不快なノイズの種」」
頭上の枯れ木に降り立ったのは、かつてアラタがその魂を救い、安らかな眠りへと誘ったはずの少女たち――シオンとシトリンだった。
だが、その姿は一変していた。かつてのゴシック風の軍服の上には、心臓部を直接貫くような「機鋼拘束具」が装着され、背中からは数本の「人工神経腕」が不気味に蠢いている。
「シオン……シトリン……!? どうして、君たちが……!」
アラタが驚愕に声を上げる。彼女たちの瞳には、解呪された瞬間の晴れやかさは微塵もなく、ただ規則的な歯車の回転のような冷徹な計算のみが宿っていた。
「……お母様が直してくれたの。失敗した脳も、震える心も。……全部、捨ててくれたのよ」
シオンが無機質なユニゾンで語る。
「……蜘蛛の神様なんて、もういらない。今の私たちは、帝国の『完璧な和音』そのものなんだから」
イザベラは、解呪によって一度死にかけた彼女たちの肉体を、神の力に頼らない「純粋な機械化」によって強制再起動させたのだ。二人が指先を弾くと、空間に金属が擦れる不快な音が響き、張り巡らされた銀糸が一斉に「共振」を始めた。
それは、アラタの『調律』を正面から否定する「静止の共鳴波」。あらゆる物理的な音を打ち消し、思考さえも凍り付かせる絶対的な沈黙の檻。
「ぐっ……! 音が……世界の音が、消えていく……!」
アラタは耳を塞いで膝をついた。修理槌『桜雷』から放とうとした調和の波長が、双子が奏でる高周波の「無」に次々と飲み込まれていく。ミラが翠色の閃光となって肉薄しようとするが、銀糸に触れた瞬間、彼女の筋肉に直接電子的命令が流れ込み、操り人形のように動きを止められた。
「無駄よ。今の私たちの糸は、魂ではなく『電気信号』で動いている。……あなたの甘い調律なんて、一文字も届かない」
シオンとシトリンが、まるで優雅な舞踏を踊るように指を動かす。銀糸がアラタの四肢に絡みつき、凍り付くような鋼鉄の冷たさが彼の皮膚を焼く。神様を救うことで勝利を収めてきたアラタにとって、最初から「神が不在の、純粋な殺戮機械」へと作り変えられた双子は、最悪の天敵だった。
「……アラタ、諦めるな! どんな機械にも、必ず『歪み』はあるはずじゃ!」
ワラシの叫びが、沈黙の檻を辛うじて突破する。アラタは血が滲むほど強く修理槌を握りしめた。神様がいないなら、機械そのものの鼓動を聴く。心がないなら、その冷たい歯車の隙間に、無理やり「生命の拍動」を叩き込む。
「……聴こえる。君たちの、奥底に隠された……悲鳴が……!」
アラタの瞳に、烈火のような決意が宿った。帝都ゼノフィアという巨大な不協和音が、今、かつて救ったはずの少女たちの姿を借りて、アラタの命を飲み込もうとしていた。




