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【短編】猫の恩返し「恩返しに来ました!」

作者: 粋斗
掲載日:2025/12/03

4年ほど前に書いていたが、連載途中で忙しくなり書くのをやめてしまった物を短編にしました。

 

「優斗ーこの後のサークルの飲み会行く?」


 今日もくだらない講義が終わると、同じサークルの人から声をかけられた。


「ごめん、バイトあるんだよね」


「そっか、じゃあまた明日!」


 そう言って帰路につく。


 最近面倒くさがりに拍車がかかっている。飲み会も、移動も、誰かに合わせるのも。


 ふと思う“なんかいいことないかなぁ”。


 電車に揺られながら、子供のころの妄想を思い出す。

 他の人とは違うことに憧れ、魔法学校への招待、空から落ちてくる女の子、特別な運命を信じた。

 自分が変われば何か変わったことが自分に起こると思い、いい人を演じた。結果特に大きく変わることもなかった。


 1人暮らしを始めたのも何か変わらないかと思ってのことだった。


 大学に入って2ヶ月が経ち現在、“宝くじ当たらないかな”そんなことばかり考えて日々を過ごしている。 



       ✽ ✽ ✽



 自宅の少し硬めのソファに心を沈み込ませて「疲れた」と呟いたその時、インターホンが鳴った。

「え、何か頼んでたっけ…」

 ドアを開けると、まず最初に目を奪われたのは髪色だった。明るすぎない白っぽい色。

 瞳は明るめで青く透き通っている。ハーフなのだろうか?

 身長は145㎝前後でたぶん中学生くらい。華奢なのもあるだろうが、幼く見える。


「恩返しに来ました!」


「はい?」


「恩返しに来ました!」


「いや、聞こえてないとかじゃないんですけど・・・・・・」



 彼女は、じゃあ何がわからないんだ?とでも言いたそうな顔で首をかしげていた。


 何かのいたずらだろうか。鶴の恩返しじゃあるまいし。


 開けた時よりも大きな音を立ててドアを閉めた。


「ちょっと、なんで閉めるんですか!?」


 こもった声が聞こえてくる。


「見覚えないのですが、何処かで会いましたっけ?」


「今からお話するので開けてもらえませんか?」


「・・・・・・」


 怖すぎるのでチェーンをかけて開ける。


「っ!なんでチェーンかけてるんですか?傷つきました。傷物にされました!」


「おい、最後のは語弊があるだろ!それに恐怖体験で心が傷ついたのは俺の方だ!」


 チェーンをかけたことによって、ドアの間から覗かせる彼女の顔が近い。ついタメ口になってしまったが、敬意も無いのに敬語で話す必要もないだろう。


「それでどちら様?」


「3ヶ月前に助けてもらった猫です!」


 確か高校3年生の3月に、道端で弱っていた猫を助けたことがある。それを見られていたのだろうか。


「そんなに前からストーカーだったのか」


「ストっ・・・違いますよ!」


「それにそんなことを聞いてるんじゃない!まず名前は?」


「吾輩は猫である。名前はまだない」


 彼女は鼻高々とそう言った。


 鼻息がフンフンと聞こえてきそうだ。なんでこんなに得意げなのだろうか?確かに昔から非日常を望んではいたが、ストーカーされることを望んでいた訳では無い。


「お前、滑ってるぞ」


 呆れてドアをしめようとしたその瞬間だった。足を差し込んできて阻止された。


 怖い。


「ちゃんと最後まで話を聞いてください!」


「吠えるな!聞いてやろうとしたのにお前がふざけだしたんだろ? 猫ならにゃーにゃー言ってろ」


「それはちょっとアニメの見すぎじゃないですかニャ? それともこういうプレイがお好きですかニャ?」


「お前は人を怒らす天才みたいだな」


 サンダルから靴へと履き替えながら思い出す。小学生の頃に姉と喧嘩して蹴飛ばしたら、お父さんに怒られたことを。“女の子を足蹴にするんじゃない、蹴っていいのはボールと誰かを守る時だけだ”と言っていた。


「靴に履き替えて聞いてくれる気になってくれましたか? 私は全然家の中でもいいんですけどね」


 ドアを閉める必死さによってか、耳からの情報が入ってこない。外国語で喋っているかのように。


「ちょっと聞いてます?」


 お父さん、ごめんなさい。

 俺には守る人なんていないけれど自分の身を守ります。

 流石に脛を蹴るのははばかられるので、つま先をつま先で蹴り押し出すことにする。


「あっちょっ・・・」


「もう聞くことは無いから帰れ!帰らないなら通報するぞ」


 そんなに大きな声は出していないのだが、彼女の身体が震えた気がする。


「・・・・・・帰るとこなんてないんです!」


「知るか! 2度とうちに来るな!」


 やっとの思いでドアが閉まる。


 閉まる直前になんだか悲しそうな目をしたように感じたが、そんなことは知ったこっちゃない。通報されなかっただけでありがたいと思え。


 ドアスコープで家の前から猫モドキがいなくなるのを確認してリビングに戻った。


 大きいため息をつきながら、ソファに倒れ込む。



 布団で寝たいな。でもベッドまで行くのは面倒くさいな。

 そんな葛藤をしながら通販サイトをみているうちに、いつの間にか眠っていた。



       ✽ ✽ ✽



 雨のにおいがしてくる。

 何かで見たのだが雨のにおいにはペトリコールという名前がついているらしい。植物の出す油と雨が反応して独特なにおいがするそうだ。その独特なにおいにアスファルトのにおいやオゾン層など、色々な物が混ざって雨のにおいになる。


「雨・・・やっべ」


 洗濯物を干していたのを思い出し飛び起きた。

 急いでベランダに出る。風は強くないようで洗濯物は濡れていなかった。


 傘を持って家を出る。

 ドアを開けた瞬間まだ少し肌寒い風と共に外のにおいが入ってきた。

 ペトリコール。植物が少ない都会だからか、そこまで強くは感じなかった。




 コンビニについたのだが、自然に駐車場に目がいく。

 白い髪の少女が雨に濡れたまま体育座りしていた。


 夕方の自称猫だ。絡まれないように傘で顔を隠して前を通った。


 とりあえず大好きな正午のミルクティー。身長180の大男が甘党だと言うと驚かれることが多い。好物のみかんゼリーも買おう。こうして買う予定のなかった甘いものが増える。


 ついコンビニの外に目をやる。雑誌と被って見えない。

 ちゃっちゃと夜ご飯を買って家に帰ろう。




 コンビニを出て駐車場を確認すると彼女の姿はまだそこにあった。


「何してんだ?」


「・・・・・・」


 その猫もどきは水滴を垂らしながら、少しつり気味の青い瞳でこちらを見上げた。


「なんでこんなところにいるんだ?」


 目を大きくしてこちらを見ている。


「2度と来るなと言われたので・・・」


「・・・そうじゃなくて、家出してきたのか?」


「・・・・・・」


「まあどうでもいいけど、ほれ」

 そういってビニール袋の中からポタージュを彼女の前に出した。


「・・・・・・」


 彼女はポタージュの缶を手にしたものの、

 状況が読み込めていないのか黙ってこちらを見つめている。



「こんな時間に危ないし風邪ひくからそれ飲んだら帰るんだぞ」


「・・・しないで」


「え?」


 彼女は缶を受け取ると、小さく震えながら言った。


「優しくしないで・・・優しくするんだったらちゃんと最後まで面倒見てよ・・・!」


 何て答えたらいいかわからない。というか言っていることの理解ができなかった。


 彼女は雨に打たれて寒いのか震えている。そして目の端に涙を溜めていた。

 そんな顔をしないでほしい。まるで俺が悪いことしたみたいじゃないか。


 心臓をぎゅっと掴まれたような気がしたけど、首を振る。

 傘を彼女の肩にかけ背を向けた。


「それ返さなくていいから、ちゃんと帰るんだぞ」


 お弁当が冷めないように、そして自分が濡れないように家へと走った。



       ✽ ✽ ✽



 電子音が頭に響く。白い天井・・・。

 鼻から空気を放出する。電話がかかってきていることを理解するのに3秒かかった。

 すぐには起きれずダンゴムシみたいに丸まって電話に出る。


「ふぁい・・・はい。はい。ほんとですか?」


 ああ、警察か。


「いえ、行く際に連絡して今日伺います」


 ダンゴムシではいられない用事が出来たので立ち上がることにした。


 “以前あなたが届けた猫の飼い主が現れなかったので、所有権を取得できます”


 あの時は実家で飼えなかったから、3ヶ月待った。

 迎えに行こう。そう思い、キャリーバッグを買いにショッピングモールへ向かった。




 しゃがみ込んでガラス越しに猫と見つめ合う。


 アメショーもいいな。アメショーとはアメリカン・ショートヘアの略で、猫の種類である。マンチカンやスコティッシュ・フォールドも人気だが、確か日本で一番飼育されている猫がアメショーだった気がする。俺の推しはノルウェージャン・フォレスト・キャットという長毛種だ。


 そう、そこというのはペットショップでここに寄るためにショッピングモールに入ったのだ。


 エプロンをした女性が近寄ってきた。


「いらっしゃいませ。よければ抱っこもできますので」


「あ、はい。ありがとうございます」


 ペットショップに来たのは猫のお迎えに来たわけではないので、見つめ合いも程々にしてそこを離れた。


 落とし物を警察に届けると、3ヶ月以内に落とし主が判明しない場合拾った人が所有権を取得できるという法律がある。そしてこの法律は猫や犬などのペットにも当てはまるのだが。


 今朝警察から電話があったのは、以前助けた猫の飼い主が現れなかったからだ。なのでその猫を引き取るためのキャリーバッグを買いに来た。


 飼い主が現れるまでの間預かることもできるのだが、当時はまだ実家に住んでいたので両親の許可が得られなかった。それと引き取って一緒に暮らしてから飼い主が現れた場合、別れが悲しくなると思い3ヶ月待つことにしたのだ。そして今日動物愛護センターに引き取りに行く。


 キャリーバックにも色々種類があるんだな。そんなふうに感心して見ていると変わった形のものを見つけた。宇宙服の顔の部分のような半球のクリアカバーのついたリュック型のバッグだ。こんなに中が丸見えで、道行く人の視線が猫のストレスにならないのだろうか?サイズもボストンバッグ型の半分程で狭くないだろうかと心配になってしまう。



 すぐ買い物は終わると思ったが、気がつけば1時間半経っていた。G◯◯gle先生に聞かずに店員さんに聞いていれば、もっとスムーズに買い物できたかもしれない。


 何故か帰り道に昨日の少女の顔を思い出し、道中頭に残って離れなかった。



       ✽ ✽ ✽



「今日からここがお前の家だぞー」


 そう言ってキャリーバッグのチャックを開ける。バッグの中の彼女は返事をするかのようなタイミングで「ミャン」と鳴いた。よく猫の鳴き声はニャンと表現されるが、俺にはニャンとワンを同時に発音したように聞こえる。


 家に帰ってくるまでは警戒心が強いのではと考えていた。しかしバッグから出てくる姿には警戒心は感じられず、まるでランウェイでも歩いてるかのように見えた。


 彼女は顔を上げて青い瞳でこちらを見上げた。


「お前毛並みが綺麗だな」


 そう言いながら猫としては長めの毛を撫でると、気持ちよさそうに目を瞑っている。


 彼女はラグドールという猫の種類で、その名の通り抱っこしても大人しく“ぬいぐるみみたい”ということでラグドールと名付けられたらしい。体重が他の猫と比べて重く世界一重い猫と言われたりする。3年ほどで成猫になり、メスは6kgオスは大きいと10kgにもなるそうだ。愛護センターの方が言うには、体の大きさから考えるに生後一年前後だそうだ。


 ラグドール自体性格は穏やかで人懐っこく、引っ掻いたりも少ないとG◯◯gle先生に教えてもらった。ゲーマーの俺は配線を噛まれたり引っ掻かれたりしないかと考えていたが、無駄な心配だったようだ。一応対策はしておこう。


「ふぁあ」


 大きなあくびが出る。昨日夕方に寝てしまったせいか生活リズムが狂った。まだ20時過ぎだが眠い。ご飯をあげて早めに寝ることにしよう。


 買った物を諸々セットする。今どきは便利なもので、午前中に注文すれば夜には届く。猫用の布団とトイレは置き配で頼んでおいたので、帰りに大荷物にならずに済んだ。


 布団を置くと興味津々に彼女が寄ってきた。恐る恐る右前足でつついている。そして前足でふみふみと足踏みをし柔らかさを確認した後、そこに寝転がった。どうやら気に入ってもらえたようだ。


「よーし寝るぞー」


 そう言って彼女の頭を撫でてから布団に入った。


 これからの猫がいる生活を想像するだけで楽しい。


 名前はどうしよう。全体的に白いからシロとか安直すぎるだろうか。春とかも可愛くていい。

 候補を何個か考えていると何かを引っ掻いているような音がした。ベッドの横を見ると、名前のない彼女が後ろ足で立ちよじ登ろうとしていた。大型種のラグドールはあまり高いところに登らないと聞いていたが、50cm程の高さでも登れないのだろうか。


「一緒に寝るか?」


「わうわうわうわー」


 これが猫撫で声というのだろうか。喉を鳴らしているような声だった。


 コロコロも買えばよかったなと思いながら、抱き上げて布団の上に連れてくる。この子どんくさそうだし下敷きになってしまわないか少し心配だが、俺は寝相は悪くないし大丈夫だろう。


 横になりながらモフモフな毛を堪能する。


 2分ほど撫でていると彼女は涙を1粒流した。すぐにスマホを手に取り“猫”と“涙”でG◯◯gle先生にきいてみた。一番上に出てきた言葉が埃だった。自分では綺麗にしていたつもりだったが、埃っぽかっただろうか?他の原因も考えられるが明日掃除をすることにしよう。


 昨日のストーカー少女が、雨の中泣きそうになっている顔がフラッシュバックする。


「そういえばお前を助けたあの日も雨が降ってたな」


 ペトリコール・・・語源の「ペトラ」とかでもいいな。

 名前を考えつつ綺麗な毛を撫でていたら、いつの間にか眠っていた。



       ✽ ✽ ✽



 翌朝、目を覚ますと、

 腕の中で眠っていたのは――白い髪の少女だった。


作品の励みになりますので、評価・リアクション等をいただけると幸いです。

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