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次の日の約束②『だって……わたしと唯ちゃんは』

 再びジト目になった由希ゆきからのプレッシャーに、背中を冷や汗が伝った。

『そっち』――そう言われて、せっかく由希と一緒にいるんだし、と意識的に考えないようにしていたことが脳裏に浮かんでくる。


「うん、昨日のあの子のこと」


 ――やっぱり。

 そうだよね、由希的にはそっちの方が心配だよね、と一人納得してしまう。


 言われるまでもなく、未果みかのことは、このまま放っておくわけにはいかない問題だった。だって――


「っていうか、昨日、目の前であんなことしちゃったけど……今日は大丈夫だった?」

「あー……うん……今日、学校に来なかったんだよね……」


 ――未果は今日、欠席していたから。


 昨日の今日だ、自惚うぬぼれになるからあまりそんなことを思いたくはないのだけど、原因があたしにあると思ってしまうのはしょうがないことだった。もしかしたら、風邪かもしれないけど。

 未果に、由希のこととかあたしの気持ちを伝えよう――そう決意して学校に行ったのに、肩透かしを喰らってしまった。

 明日は来るのかな……いや、来てほしい、ちゃんと話したいから。


「でも、ちゃんとするから。もう抱きつかせたりしないし、由希っていう彼女がいることもちゃんと言う」

「……絶対?」


 言葉だけではまだ信じられないのか、由希があたしを確かめるようにじーっと目を見てくる。


「うん、絶対」

「じゃあ今すぐ電話して」

「へ?」


 そうきたかー、と思わず天をあおぐ。

 こういう話は、直接顔を見て話した方がいい気がするんだけどなぁ、と思いつつも、由希がそれを望むなら、とあたしは通学鞄のサイドポケットに突っ込んであるスマホを取り出した。


 ロックを解除して、メッセ―ジアプリから未果を呼び出す。

 その間、由希からの視線を顔の半分で受け止めていた。


 未果はなかなか出なかった。


『――……はい』


 ようやく応答した未果の声は、いつもの明るい声からは想像できないほど、暗く沈んでいて、さらにはかすれていた。

 もしかしたら、ただ体調を崩しただけかもしれない、という淡い期待は、その声で打ち砕かれた。

 そして、そんな声をさせているのがあたしだと――未果にはっきりしない態度を取り続けてしまったあたしのせいだと思うと、胸がちくり、とした。


「未果? ゆいだけど……今日学校来なかったけど、大丈夫?」

『…………大丈夫なわけ、ないじゃん……』


 だよね、と思わず返事しそうになって、慌てて口をつぐんだ。つい、普段の未果のように応対しそうになってしまう。

 それくらい、お互い軽口を叩けるような間柄だった。未果からグイグイ来て、押し切られるように始まった関係だったけど、それでも間違いなく友達だった。


「ごめ――」

『謝ったら、唯ちゃんのこと、わたしは二度と許さないから』


 謝罪しようとしたあたしをさえぎって放たれた、強い口調のその言葉に、ぞっとした。

 普段の、明るくのんびりとした、空気を読まず能天気そうに見える、そんな未果は今はどこにもいなかった。


『……それで、なんの用? わたしのこと心配して、電話かけてきてくれたの? ……それとも……昨日の『あの女』のこと?』


『あの女』――その呼び方に、未果が由希に向けている感情の鋭さと、あたしへの想いの重さを改めて思い知らされる。由希ですら『あの子』呼びだったのに。


『…………ねぇ、唯ちゃん……わたしじゃダメだった? ……わたしじゃ、唯ちゃんの彼女になれなかった……?』

「――……うん。未果のことは仲の良い友達とは思ってるけど……あたしには由希がいるから……だから……未果の気持ちは受け取れない。抱きつくのも、もうやめてほしい」

『……っ、……あ、はは……ちゃんと……っ、……フラれ、ちゃった…………っ』


 かすれた未果の声に、湿しめっぽさが戻る。鼻をすする音が聞こえる。


 これ以上、あたしからはもう何も言うべきではないと思った。


「じゃあ……それだけだから。ばいばい、未果――」

「――唯、ちょっと代わって」


 ――通話終了のボタンをタップしようとした寸前、横から由希の手が伸びて来た。

 小声で、けれど鋭く「代わって」とうながされた通り、手のひらを上にして、あたしに向けて差し出してきている。


「え? 由希……?」

「……貸して」


 有無を言わさぬ強い目と雰囲気にされ、言われた通りにスマホを手渡してしまう。

 スマホを地面と平行に持った由希は、底面にあるマイクへと口を近付けた。

 スピーカーモードにしてくれたのか、スマホからは未果の湿った声や音が未だに聞こえてくる。


「もしもし? 私、唯の彼女の由希だけど」

『――っ、…………は?』


 由希が喋りかけると音がピタリと止んで、その代わりに、困惑したような未果の低い声が返ってきた。

 同時に、あたしも困惑する。由希は、未果に一体何を言うつもりなんだろうか。


「未果、だっけ。ごめんね、落ち込んでるところ。どうしても言いたいことがあってさ」

『……なによ……たった今、失恋したような女に……追い打ちでもするつもり? ……いい性格してるね、アンタ……』

「はぁ? いい性格してるのはあなたの方でしょ。昨日とキャラ違いすぎじゃない?」


 未果を挑発するかのような、由希の口調とその物言い。さっきまであたしに向けられていた、静かにキレてるときと似たような圧を感じた。


「昨日のあの能天気なキャラは、演技だったわけ?」

『……そうだけど、悪い? 好きな人の前で、好まれそうなキャラを演じるのは当然でしょ……昨日のアンタだってそうだったじゃん……彼女が他の女に抱きつかれてもへらへらしちゃってさ……』

「……そうだね。私も確かに、唯には自分の見せたくないところを見せないようにしてきた。だから、あなたの気持ちもわかる」


 由希の声のトーンがふっと優しくなる。

 過去、あたしが落ち込んでたときになぐさめてくれたときのような、その声の調子。


 ――もしかして由希は、未果を慰めようとしているんだろうか。


「……でも、だからといって、唯に抱きつくことは許せない」

『……ちっ……へーへー……アンタに言われなくても、唯ちゃんにやめて、ってマジに言われちゃったし、もう抱きつかないよ……これでいい? アンタともう話したくないんだけど』

「待って。それも言いたかったけど、もう一つ。あなたにお礼が言いたくってさ……あなたのおかげで、私と唯は一歩踏み出せたから。だから……ありがとう」

『…………ちっ、本当にいい性格してるよ、アンタ……なんで唯ちゃんはこんな奴と……』


 確かに、昨日未果があたしたちの間に現れなかったら、由希がヤキモチをいてくることもなく、そして、それが原因でお互いの気持ちをさらし出すこともなく、未だに由希とはうわべだけの関係だった。

 だから、由希がそれについて感謝するのも理解できる。

 でも、それをわざわざ未果に伝えなくてもいいんじゃ……?


 なんだか、また会話の雲行きが怪しくなってきて、ハラハラする。

 でも、あたしには由希の思惑がいまいちつかめなくて、会話を止められない。


『……はぁ……ほんとムカつく……あ、ねぇ。どうせこの会話、唯ちゃんにも聞かせてるんでしょ?』

「うん、スピーカーにしてるけど」

『おーい、唯ちゃん。この女、相当性格悪いから、だまされないようにね。なんなら、今すぐわたしに乗り換えてもいいよ?』

「それ、あなたが言わないでくれる? 昨日、空気読めない振りして、わざわざ割り込んできたくせに」

「えっと、あたしは……たとえ性格が悪くても、由希一筋だから」

『っ、ちょっと唯ちゃん、この短時間で二回も振らないでよ』

「っていうか、二人とも、人のことを性格悪い前提で話さないでくれる?」

『いや、性格悪いでしょ、どう考えても。どこの世界に、失恋した人間に「あなたのおかげです、ありがとう」なんて言う奴がいるのよ」


 未果の言葉に苦笑しつつも、あれ? と思う。

 その声がいつの間にか、元気になってきているような。

『振らないでよ』と言いつつも、その言い方には暗い影がなかった。


『はーあ、アンタと話してたら、なんかあほらしくなってきた』

「それはなにより。明日は学校行きなよ」

『言われなくても行くわよ。でもいいの? わたしが学校行ったら唯ちゃんとまたベタベタされちゃうかもよ?』

「唯のこと信じてるし……あと、あなたのこともね」

『――あーもうっ、ほんっと腹立つなぁ、この女! もう切るから!』


 未果の荒げた声を聞いて、目が点になる。

 さっきまで泣いて落ち込んでいたはずの未果は一体どこへ。

 そう思うと同時に、この流れを作り出した由希に若干の恐怖を覚える。たぶん、由希はこうなることを狙っていた。


「あ、待って。最後に一つ、きたいことがあるんだけど」

『ちっ、まだあんの……なによ』

「これはただの興味なんだけど……なんで、唯と接するのに、あんな能天気そうなキャラを選んだの?」

『はぁ、そんなこと? そんなの――……ほら、唯ちゃんってさ、押しまくったらなびいてくれそうな感じするじゃん。だからアホな振りして気持ちを押し付けたらイケると思ったの』

「……わかる」


 わかるな。

 ……えっ、あたしってそんなチョロそうに未果から思われてたの? っていうか「わかる」って、由希もそう思ってるってことだよね? ちょっと? 由希さん?


『はーあ、イケると思ったんだけどなぁ。唯ちゃんも唯ちゃんだよ。彼女いるならいるって言ってよ』

「……ごめん」

『あっ、謝った。もう許さない。罰として、明日からも唯ちゃんの隣にいてやるから、覚悟してね』


 未果の言葉に、罪悪感が刺激されて思わず謝ってしまう。

 それをしっかり聞きとがめた未果が、普段の笑顔が想像できるような、人懐っこい声で、あたしとの通話で宣言した通りのことを口にした。


「隣にいてやる、って、未果……」

『……正直、まだ唯ちゃんのことは好きだよ。フラれたからって、彼女がいるからって、そんな簡単に割り切れるわけない。今だって、本当は泣きたいよ……』


 再び、未果の声が沈む。


『……振られたことは本当に辛いけど……でも、このまま唯ちゃんと気まずくなって話せなくなる方がもっと辛くて、嫌だから』


 その言葉に、出会ってまだ日は浅いけど、未果と学校で過ごした日々がよみがえる。

 確かに、空気は読まないし、抱きついてくるし、困ったところがある友達だった。

 でも、それだけじゃない。明るくて人懐っこい未果と一緒にいるのは楽しかったし、元気をもらえた。たとえ、それが演技だったとしても、あたしはそこに友情を感じていた。


『だって……わたしと唯ちゃんは『親友』だからねっ』


 少し震えていて、でも、無理矢理明るくしたような声で、未果がそう口にして――『親友』という言葉にはっとした。昨日、未果が言った言葉。


 あのときは由希をあおっているように聞こえたそれを、今こうしてあたしに言ってくれる意味――あたしとの関係をこんな形で終わらせたくない、と言ってくれている。

 未果の人好きのする笑顔が思い浮かぶ。胸の奥が熱くなり、唇が震えそうになって慌てて奥歯をみ締めた。


「……未果……」

『……じゃーね、お幸せに。あ、そこのクソ女ー、別れたらわたしが唯ちゃんのこともらってあげるから、安心してねっ!』


 明らかにそれが空元気だとわかってしまうほどの明るい声で、未果が最後にそんなことを言った。

 聞いていた由希が、それに対して鼻で笑う。


「ないから。私が唯と別れるなんて、ありえないから」

『ふんっ、どうだか。じゃ、また明日ね、唯ちゃん』

「……うん、またね、未果」


『また明日』――最後にそう言って、未果が通話を終了させた。

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