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次の日の約束①「唯にずっと訊きたかったことがあるんだけど」

ゆいにずっときたかったことがあるんだけど」


 ――色々あった、次の日。


 放課後、あたしは由希ゆきと会っていた。

 昨日の夜約束した、ポテトを食べに行くためだ。


 お互いの知り合いに割り込まれた昨日の反省を生かし、今日は店内で食べるのはやめて、テイクアウトを選んだ。

 今は、昨日逃げ込んだ公園、その同じベンチに座っている。

 公園は今日も人が少なく、静かで落ち着いた雰囲気だった。陽気な天候も相まって、居心地がいい。


 オニオンソルトフレーバーのポテト、その容器を持つ由希が、昨日のあたしみたいにそう切り出した。

 ちなみにあたしはレモンソルトを手にしている。ダイエットのことはもう考えないことにした。


「……んぐ……っ、なにー? なんでも訊いてよ、今のあたしにはもう怖いものなんてないし……ふっ、ふへへ……」

「思い出して壊れないでよ……じゃあ遠慮なく訊くけど。中学の文化祭、男子と一緒にいたけど、あれ、なに?」

「……へ?」


 唐突に、由希から鋭い視線が向けられる。声までとがっていた。

 しくも昨日、ファストフード店で向けてきたような視線だった。つまり、由希がまたヤキモチを妬いている――いや、なんで?


『中学の文化祭』『男子と一緒』という言葉に、首をかしげつつ記憶を引っ張り出す。

 確か、うちのクラスは喫茶店をやることになってて、でも運悪く由希と同じシフトになれなくて。

 空き時間に一人でぼーっとしてたら、声をかけられて――あ、思い出した。


「あれは、あいつが声をかけてきて――……って、なんで由希がそのこと知ってるの? 確かシフト入ってた時間だったよね?」


 由希がいなかったからこそ、あたしは一人でいたわけで。

 あたしが質問を返すと、由希は気まずそうに目を背けたあと、小さな声でぼそっと、


「……調理室行く途中で見ちゃったの」

「え? あ、あー……」


 確か、教室では調理が禁止だったから、喫茶店で出すお菓子は調理室で作って、シフトに入ってた子が取りにいくことになっていたっけ。

 なるほど、教室にいると思っていた由希に、まさか見られていたなんて――


「なんなのあれ。二人でチョコバナナ食べてかき氷食べて焼きそば食べて美術室で展示見て、挙句あげくにはお化け屋敷まで一緒に入ってさぁ。完全にデートじゃん。私のこと好きだったくせに、あんなの浮気でしょ」


 あたしにじとっとした視線を向けながら、由希が淡々とした口調で静かにキレる。

 昨日もそうだったけど、由希ってこういうとき静かにキレるタイプなんだなぁ、と呑気のんきにもそんな発見をする。怒っている内容がかわいいからまだそれほどでもないけど、本気で怒らせたら相当怖そう。気を付けよ……。

 あと、イライラすると食べ物を乱暴に食べる癖もあるらしい。怒りながらも、もっしゃもっしゃと口を動かしていて、ポテトがどんどん減っていく。


 由希がそんな一面を見せてくれるようになったことに、関係がまた一歩、深くなった気がして、胸が温かくなる――まぁ、今の由希から圧も感じてるんだけど。


 ――でも、そんな由希を前にしても、あたしにあせりはなかった。


 由希が向けてくるどろどろした視線を真正面から受け止めながらも、ツッコまずにはいられなかった。


「すごい見てたんだね……」

「うっ」


 だいぶ長いこと見ている。クラスの仕事そっちのけで。

 そのことを指摘されて、由希が口にポテトを含んだまま固まった。みるみるうちに、顔と耳が赤く染まっていく。

 固まってしまった由希を見ながら、あたしはポテトをかじる。レモンソルトのさわやかなっぱさが、口の中に広がった。


 由希の挙げた内容がほぼ最初から最後までだったことに、思わず苦笑が漏れる。

 お化け屋敷から出た後は、あいつが当番の時間だったからそのまま別れた。

 一緒にいる間はずっと素っ気なく振る舞っていたから、狙い通り、特に変な雰囲気にもならずに済んだ。


「……なんで笑ってるの」


 あたしが笑ったのを見咎みとがめて、ポテトをようやく飲み込んだ由希がねたように言った。

 その様子に、さらに笑みがこぼれるのをこらえきれない。由希が心配するようなことなんて何もなかったのに。


「んー? そんな長々と見ちゃうほど、その頃からあたしのこと気にしてたんだなーって思って」


 由希があたしのことを、少なくとも文化祭の時点ではもう意識していたことがわかって、ついにやけてしまう。


「……まだそのときは好きじゃなかったもん……気付いたのはもうちょっと後だし……」


 ――いや「もん」って。かわいすぎか。


 照れ隠しなのか、顔を伏せてしまった由希が、言い訳のようにぼそぼそと口にする。髪から覗く耳は真っ赤だ。

 言わなくてもいいことを、正直に話してくれる。そんな由希のことが、たまらなく愛おしかった。


「……って、私のことよりも。あの男子は一体誰だったの。なんで唯と一緒にいたの」


 話がれたことに気付いた由希が、勢いよく顔を上げて、また険しい表情を向けてくる。

 顔は怖いんだけど、顔とか耳が赤いから、いまいち迫力が足りてなかった。


 そして、その必死な由希の様子が、あたしの中の悪魔を呼び覚ましてしまった。


「…………ごめんね、由希にはずっと黙ってたんだけど」

「え……」


 何か深い理由があるかのように、おごそかにそう切り出す。

 騒いでいた由希が、ぴたりと動きを止めた。


 笑いを噛み殺しながら、あたしは真実を告げる。


「…………実はあいつ……従弟いとこ、なんだよね」

「……………………」


 ――あ、完全に固まった。


 由希のポテトの容器が傾いて落ちそうになったのを、さっと手で止めた。ついでに、このすきに一本頂戴する。


「むぐむぐ……うん、オニオンソルトもおいし――」

「――っ!」


 呑気にポテトを食べていたあたしの肩に、無言の由希の右ストレートが突き刺さる。


ったぁ⁉」


 唐突な拳に、実はそこまで痛くなかったけど、思わず声を上げてしまう。

 さすがに由希に殴られるのは初めてで、普段の穏やかな由希からは考えられないその行動に、あたしは自分がやらかしたことを知る。


 怒りが収まらないのか、由希から連続パンチをぽこぽこと頂戴する。その顔はでタコのように真っ赤だった。


「痛い痛い、痛いって由希」

「~~っ、もうっ! もうっ!」


 あたしを殴る度に、手に持ったポテトの容器からポテトが飛び散っていく。もったいないなぁ、と思いつつも、それを見ていることしかできない。 


「なんでこのタイミングでそういうことするかなぁ!」

「ごめんごめん! あたしが悪かったから、殴るのやめて」


 あたしの言葉に、ようやく拳の嵐が治まる。

 怒りで我を忘れてた由希はたぶん気付いてないだろうけど、やみくもに振り回される手があたしの胸に何度か当たって、ちょっとドキドキした。


「……まったく、もうっ」


 頬を膨らませた由希がポテトを食べようとして――容器の中に残ったわずかなポテトと、辺りに散らばるポテトに気付いて、哀しそうな顔をする。

 その様子に、さすがに胸が痛んで、あたしはまだ十分な量が残っているレモンソルトを差し出した。


「ごめんね、由希がかわいくってつい」

「……許す……けど、許さないから」


 受け取った由希が、何本ものポテトを一気に口に突っ込む。

 さすがにからかいすぎたと反省したあたしは、由希の頭をなでた。つやつやとした髪の、さらさらとした感触が手に伝わって、触っていて心地いい。

「ん……」とポテトを食べながらも、由希が気持ちよさそうに喉を鳴らした。


 由希のかわいい不安を取り除こうと、頭をなでる手はそのままに、今度こそ真面目なトーンで話し出す。


「あいつは二個下の従弟でさ。だから別に、由希が心配することなんて、何もないよ」

「――んぐっ……、でも、あの子絶対、唯に気があったし……」


 ポテトを食べる手を止めて、由希があたしに、眉を下げた不安そうな視線を向けてくる。


「あー……うん、それはまぁ……でも、知っての通り、そもそもあたしにその気がないし」


 あいつとは、男女の垣根かきねが低かった小学生の頃はそれなりに交流があった。

 会う度に「おねーちゃん好き」なんて言ってきていて、あたしはそれを子供が言うことだと受け流していた……というか、その頃にはもうあたしは女の子が好きだと自覚していたし。


 あたしが中学に上がってからは、年に数回会うか会わないか、というくらいになった。

 けれど、そうなってからも、あいつは子供の頃の気持ちをいだき続けていたらしく――文化祭で、あたしが一人でいたところに「おねーちゃん」と緊張した面持おももちで声をかけてきた。

 今までも話しかけたかったけど、いつも由希と一緒にいたから無理だった、とかなんとか言ってたっけ。あいつビビりだったし。


 由希がいなくて暇を持て余していたし、暇つぶしにはなるかな、とその誘いに乗った。

 ついでに、素っ気なくして、あたしのことを諦めさせよう、なんていう魂胆こんたんもあった。叶わない気持ちを持たせ続けるのも、あいつに悪い気がして。


 狙い通りにうまくいって、あいつが告白してくることも、それ以降、あたしに話しかけてくることもなかった。元々、連絡先も教えてなかったから、今では精々、親戚の集まりで挨拶を交わす程度の関係だ。


 ――ただ、あいつが素っ気なくされただけであっさり諦めたことが、当時のあたしには不思議だったんだけど……昨日、由希から聞かされた話を思い出すと、冷や汗が浮かんでくる。あいつ、もしかして噂を知ってたんじゃ……?


 あいつとのことはそうして一件落着だと思っていたのに――まさか、その場面を由希に見られていて、なおかつ、ずっともやもやを抱え続けさせていたなんて。


「文化祭であいつと一緒にいたのは、あいつにあたしを諦めさせるためだったの。あれっきりもう何もないし、あいつも諦めたみたいだからさ、安心してよ、由希」

「うん……」


 渋々、といった様子で、由希がうなずく。まだ飲み込めてはいないみたいだけど、これ以上あたしからできることはない――目の前で連絡をブロックとか電話帳から消去とか、わかりやすいことができればいいんだけど、あいつの連絡先知らないし。


「……わかった『そっち』は信じる」

「うん、よかった。信じてくれて――」


 なんか不穏ふおんな言葉が聞こえてきて、安堵あんどしかけたあたしは、途中で首をかしげることになった。


「――うん? 『そっち』って?」

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