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side由希②『改めて、これからよろしくお願いします』

 それから、ゆいへの恋心を自覚するまではあっという間だった。

 そのとき感じたうれしさが優越感ゆうえつかんで、暗いもやもやが嫉妬心しっとしんだったことに、私は気付いてしまったから。

 友達の話を聞いて憧れていた恋心は、ただ綺麗なだけじゃなかった。


 唯を好きだと自覚してからも、私はそれを表に出さないように努めた。

 唯との心地いい関係が崩れてしまうのが怖かったから。

 踏み込んで、良くも悪くも、関係が変化してしまうことが怖かった。

 だから、唯に、一緒にいた男子のこともけなかった。


 唯の行動からは私を『好き』だと伝わってくるのに、本人はそれを言葉にするつもりはないみたいだった。

 その気持ちはわからないでもなかった。だって、女の子が好きだと告白するのって、すごく勇気が要るだろうから。

 それに、唯は私への行動から大胆な性格のように見えて、でも実は自分の本当の気持ちを隠しちゃうような臆病な女の子だって、それまでの付き合いでわかっていたから。

 唯から告白してきたら応えよう、とは思っていたけど、きっとそんなことはないんだろうな、とも感じていた。


 だから、それをいいことに、私はそのぬるま湯のような関係にひたり続けた。


 受験もあったし、学力の差から唯とは違う高校になるだろうな、と薄々感じていたので「付き合いたい」とも思わなかった。だって、別れが辛くなるから。

 それよりも今の関係のまま、唯との残された時間を楽しみたかった。

 ――まぁ、結局は唯への気持ちが大きくなりすぎて、卒業式のときに告白された返しで「付き合おうよ」って言ってしまったわけだけど。


 でも一度だけ、気持ちを表に出してしまったことがある。

 修学旅行の夜、唯を含めた同じ部屋の子たちと恋バナをすることになり、周りの浮かれた雰囲気に流されるように「私も好きな人がいる」と唯の顔を見ながら言ってしまった。

 幸い、唯はうつむいていたから私の視線には気付かなかったし、視線を向ける以外の行動を取らなかったおかげで、他の子たちに気持ちがバレることもなかった。私と唯の噂もあったから、バレなくて本当によかったと思う。


 けど、言ってしまってから、唯に誤解されたかも、と思った。

 何しろ、他の子たちが好きな男の子の話をしていたタイミングだったから。


 そう思うと辛かった。

 けれど、言ってしまったことをその場で訂正するのも変だし、唯の誤解を解こうとすると気持ちを白状するしかない。だから、結局そのままにするしかなかった。

 ただ、それからも、唯から私への行動が変化することがなかったのが、不幸中の幸いだった。むしろ、前以上にベタベタしてくるようになった。まるで誰かに見せつけるみたいに。


 ――このとき、ちゃんと唯に伝えられていれば、唯が私のことを信じていない、なんて泣きたくなるようなことにはならずに済んだかもしれないのに。


 クリスマスだって二人きりで過ごしたし、合格祈願の初詣だって二人で行った。

 どちらも唯からのお誘いで、まるで恋人のようなことをしておいて当人は気持ちがバレてない、と思っているのだから、唯を微笑ましく思う気持ちが一層強まった年末年始だった。


 バレンタインもチョコレートをおくり合った。友チョコってお互いに言い張って。

 私はまだ本命の高校の入試が残っていたから、さすがにお店で買ったチョコだったけど、一足先に進路が決まっていた唯は手作りだった。

 意外なことに(っていうと唯に失礼かもしれないけど)唯はお菓子作りが趣味で、それまでにちょくちょく色々と食べさせてもらっていたから、その綺麗に作られた、想いがいっぱい詰まったチョコレートがおいしいことなんて、食べなくてもわかった。


 ――そして、私にとって忘れられない一番大切な思い出は、受験のとき唯に怒られたこと。


 本命の高校の受験目前に、緊張のあまり弱気になり「もう唯と一緒の高校に行こっかな」って冗談めかして弱音を吐いてしまった。私も滑り止めでその高校を受験して合格してたから。

 唯なら喜んでくれるだろうなぁ、と思ったその言葉に、けれど、唯は「そういうのはダメ」って怒ってくれた。

「あたしと違って、これまで頑張ってきたのに、そんな理由であきらめるのは許さない」って。

「あたしのせいにしないで」って。


 それで、私は唯のことがもっと好きになった。大好きになった。

 唯だって本当は寂しいはずなのに。自分の気持ちを押し殺してまで、私を応援してくれた。

 そのことが私は本当にうれしくて、胸がいっぱいになった。


 唯の想いを無駄にしないために、私は気持ちを立て直して頑張った。

 結果、私は合格して――唯と離ればなれになることが決まった。


 卒業式のあと、唯に呼び出されたのにはびっくりした。あ、伝えてくるんだ、って意外に思った。

 唯の性格を考えれば、そのまま黙って卒業しても不思議ではなかったから。

 もっともその場合、私から迫るつもりだったけど――その覚悟は唯のおかげで無駄になった。


 唯の告白の内容は予想通りすぎて、私は特に驚いたような反応はできなかった。

 驚いたのは一つだけ――唯が「付き合いたい」とは言わなかったこと。

 唯は気持ちを伝えるだけで、その決定的な言葉を言わずに去ろうとした。


 だから私から言うことになって――でも、予想外の展開にあせってしまって、私の気持ちをちゃんと伝えきれなかった。

 覚悟はしていた――いや、きっと覚悟が足りなかった。好きな人へ、実際に「好き」だと伝えることがあんなに難しいだなんて、思わなかった。


 そして、そのせいで、唯は私の「好き」という言葉と気持ちを信じられなかったみたいだった。

 その証拠のように、付き合ってからは中学の頃のように唯が私に触れてくることはなくなった。

 加えて「あたしたちの関係は、内緒にしておかない?」と言われて、もしかしたら唯は付き合うのが嫌だったんじゃないかな、って思ってしまった。だから告白のときにも言わなかったんだ、って。


 せっかく恋人になれたのに。

 別に、私は唯になら、何をされたってよかったのに。


 そのことを伝えなかった私にも、唯とすれ違ってしまった原因はあるんだろう。


 何度も伝えようと思った。

 でも、踏み込んで関係が壊れてしまったら――そう思ったら怖くて、もう言い出せなかった。

 私から唯に触れようと思ったことも、何度もあった。

 でも、もし触れて、拒絶されたら――唯に限ってそんなことはないと頭ではわかっていても、関係を内緒にされたことがどうしても引っ掛かって、勇気が出せなかった。


 そうしているうちにどんどんと時間は経っていき、私は言い出すタイミングを完全に失った。

 放課後に会うとき。休日にデートをするとき。触れてこなくなったけれど、それでも唯が楽しそうに笑っていることを免罪符めんざいふにして、私も唯の隣で笑顔を浮かべていた。

 けれど、唯のその笑みは文化祭のときに見せたような、私が恋心を自覚するきっかけとなった輝くような笑顔じゃなくて、どこかかげりのあるもので、そんな笑顔を見る度に、私は胸が締め付けられた。


 表面上は仲良くできているつもりでも、その実、心はぎくしゃくしていた。

 中学のときの方が親密だった――幸せだったと思うほどに、唯との関係はおかしくなっていた。

 このままの関係を続けたらきっと壊れる。そんな予感さえしていた。


 だから今日、唯が高校の友達に抱きつかれているのを見て、感情が抑え切れなくなった。壊される、と思った。


 唯には見せたくなかった、私のどろどろとした部分があふれてこぼれた。

 覆水盆ふくすいぼんに返らず――一度出してしまったものは、もう戻せなかった。

 水が流れるように、私は秘めていたものを全て吐き出すことになった。


 本当は唯に私の汚い面なんて見せたくなかった。

 唯は私のことを、どこか綺麗な人間かのように見ていたから。唯が望むままの私でいたかった。


 でもきっと、そういう部分を見せることが大事だったんだ。

 もちろん、何もかも見せる必要はない。けれど、見せるべきものを、見せるべきときに見せること――それがきっと恋人になるってことなんだと思う。

 私も唯も、相手のことを一人勝手におもんぱかって、本当の気持ちを後ろ手に隠してしまったから、おかしなことになっていた。


 そうして、隠していたものを見せ合って、仲直り……とはちょっと違うけど、お互いの気持ちをちゃんと繋ぎ合わせて。

 私と唯は間違いなく、ようやく一歩先に進めたと思う。

 ……一歩どころか、十歩くらい先に進んだ気がしなくもないけれど――唇に唯の感触がよみがえる。


 ――なんて、頭の中は色んなことでいっぱいだったけど、身体は無意識にでもちゃんと動いていてくれたらしい。

 気付けば家に辿たどり着いていた。


 置き場所になっているカーポートの下に自転車をめ、カゴに入れていた通学鞄から鍵を取り出そうとして――スマホがメッセージの着信を知らせる光を放っていることに気が付いた。

 手に取って画面をけると唯からで、私は家の中に入ることも忘れて、スマホをのぞき込んだ。


『改めて、これからよろしくお願いします』


 と、ぺこぺこお辞儀をするクマのスタンプと共に、そんなメッセージが送られてきていた。

 くすぐったくて、頬が緩む。それは付き合いたての頃に味わった感覚だった。


『こちらこそ、よろしくお願いします』


『よろしくにゃー』と猫のスタンプをえて、送信。

 既読はすぐ付いた。待ち構えていたような速さ。いやきっと、唯のことだから実際にスマホを手に待っていたに違いない。その様子が頭に思い浮かんで「ふふっ」と微笑ましくなる。


『明日、もう一回ポテト食べに行かない? ほら、由希が全部食べてないのにあたし捨てちゃったし……おびに奢るからさ』

『じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな。でも唯、ダイエットはいいの?』

『うっ』


 唯の反応が目に浮かぶようなその短い返信に、声を上げて笑う。


 不審ふしんに思ったお母さんが玄関を開けるまで、私はそこで唯と繋がっていた。

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