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第5話「ベタベタしてた自覚はあったんだね……」

 ――すれ違っていた想いを重ね合わせようとするように、何度も、何度も、口づけを交わした。


 空が夕焼けに染まっても、あたしたちはまだベンチに座っていた。由希ゆきの頭が、あたしの肩に載っている。

 手はまた、指を絡めて繋がっていた。

 繋いだ手に力を込めると、由希も同じように握り返してきて、それがなんだかくすぐったい。


「……そういえば、由希にずっときたかったことがあるんだけど」

「うん、なに?」

「修学旅行の夜にさ『好きな人』がいるって言ってたけど、あれって――」

ゆいのことに決まってるでしょ」


 即答。

 驚きのあまり「ひぇっ」と喉が変な音を鳴らして、一瞬、呼吸が止まった。


「――……えっ? えっ?」

「あー、やっぱり気付いてなかったんだ。唯の顔見ながら言ったのに。まっ、あのときうつむいてたもんね」


 肩口の由希がそう言って苦笑いする。


 あのときからすでに、由希があたしのことを好きだったと聞かされて、頭の中がぐちゃちゃになる。

 うれしさとか、なんでもっと早く気付けなかったんだという後悔とか、男の子のことだと思ってたのは勘違いだったのかとか。そんな思いがぐるぐる回った。


「だ、だって、みんなが男の子の話してるときに言うから、あたしはてっきり……」

「うん、ちょっとタイミングが悪かったかなぁ、って言ってから私も気付いた。唯が誤解したかも、って」


 あのとき、顔を上げていれば。

 あたしたち二人の関係は、もっと簡単だったのかもしれない。

 もう過ぎたことだし、今はこうして一緒にいられるからいいけど……でも、ちょっともにょる。


「……こっそり手握ってくれたりとか、もうちょっとわかりやすくしてくれたらよかったのに……」

「他の子もいたんだし、さすがにそんなことまでできないって」


 恨みがましくそう言うと、やれやれ、と言わんばかりに由希がため息を吐いた。


「……あのね、たぶん唯は知らないと思うんだけど……」

「えっ、なに、その言い方。なんか怖いんだけど」

「中学のとき、私と唯の間に、変な噂流れてたんだよ? 知ってた?」


 変な噂――何それ、初めて聞いたんだけど。

 由希の言葉に「知らない」と首を横に振る。


「やっぱ知らないか。えっとね、私と唯がデキてる、って噂が流れてたんだよね、実は」

「へ?」


 なんだその噂。本当に知らない。

 噂の当事者だから、知らなくて当然なのかもしれないけど。


「ほら、唯って付き合う前から私と手を繋いだりとか、抱きついてきたりしてたでしょ? それが周りから見たらガチっぽく見えてたらしくてさ――いやまぁ、実際ガチだったんだけど……」

「うっ」


 友達っぽく、冗談めかしてたけど、周りから見たらバレバレだったんだ……。

 穴があったら入りたくなるような恥ずかしさを今になって味わう。

 確かに、由希に触れるときはいつもドキドキしてたから、もしかしたらそれが顔とか態度とかに出てたかもしれないけど……――って待って、周りからもそう見えてた、ってことは……やっぱり……?


「あ、あの、由希さん……? ちょーっとお伺いしたいのですが……」

「なんで敬語なの……? うん、なに?」

「周りからそう見えてた、ってことは、当の由希さんご本人は……」

「え、唯の気持ちなんて気付いてたに決まってるじゃん、もちろん」


 今度こそ穴に頭から突っ込みたくなった。よし、掘ろう、今すぐ穴を掘って埋まろう。


「死にます」

「死なないで」

「はい」


 恥ずかしくて、由希の視線から逃れたくて、あたしは火照りを感じる顔を手で隠す。片手しか空いてないから、完全には隠せない。手より腕の方が隠れられそうな気がして、やっぱり肘の内側に潜り込んだ。あ゙ーーーー、と口からうめき声が漏れる。


「今さらなんだし、それに今は付き合ってるんだし、そんなに恥ずかしがらないでよ。なんか、私まで恥ずかしくなってくるし」

「……いやぁ……でもぉ……だってぇ……」


 それ以上先が繋がらない言葉を発しながら、中学のときの行動が次から次へとフラッシュバックする。

 教室移動のときにふざけて手を繋いだり。休み時間に後ろから抱きついたり。あたしより背が低い由希の頭をなでたり。軽い由希を膝の上に載せてそのままぎゅーってしたり――いや、今より全然恋人っぽいことしてるなぁ⁉


「……ふ、ふへっ……ふへへ……」

「うわぁ……こわ……」


 羞恥心がピークに達して、変な笑いが漏れてしまう。

 由希にドン引かれているけど、笑いは収まらない。


 由希に気付かれていた。行動の裏に隠せていたと思い込んでいた、あたしの本心を。

 なんて滑稽こっけい。気付かれてない、バレてないと思っていたのは、あたしだけ。

 ……あれ? でも、じゃあなんで由希は――


 バッ! と肘から顔を引き上げて勢いよく由希を見た。

 壊れて笑ってる場合じゃなかった。確認したいことがある。


「うわっ、びっくりした」

「由希は、あたしの気持ちに気付いてたんだよね?」

「え、うん。そりゃあ、あんなにベタベタ触って来てたら、ね。なんか手付きもやらしかったし」

「うっ」


 由希の言葉に、少々ダメージを負う。ぐさっ、と。

 あたしとしては万が一にでもそう思わせないように、気を付けていたはずだったのに――いや、今はそんなことはいい。


「じゃあ、なんでいっつも優しく笑ってたの? しょうがないなぁ、とも言ってた記憶あるし!」


 あたしがそういったことをしたとき。

 由希はいつも穏やかに笑って、その愚行ぐこうを許してくれていた。

 もっとも、その笑顔に、態度に、友達としか見られてないような気がして、一人勝手に切なくなっていたわけだけど。


「いや、なんか……微笑ましいなぁ、って思って。気持ちを隠そうとしてるところがかわいいなー、って」

「――よし、やっぱり死のう。今までありがとう、由希」

「だから、死なないでってば。唯がそういうことしてきてくれて、心の中ではうれしく思ってたよ?」

「思ってたんだったら、もっとそれを表に出してよばかー!」


 真っ赤になっている顔と耳を自覚しながら、やつあたりのように叫ぶ。

 好きだったことを教えてくれなかったこともそうだけど、由希がもっとわかりやすく、そういう感情を出してくれていたら、あんなに悩まなかったかもしれないのに。

 他責思考たせきしこうだなぁ、と頭の片隅で思いつつも、そう思うのを止められない。


 あたしのその子供っぽい言い草に、由希が苦笑する。


「ごめんごめん。でも、あの頃の私は別に、唯と付き合いたい、とか思ってたわけじゃないからさ」

「……なにそれ」


 由希の唐突な告白に、返す声が思わず一段低くなった。

 好きって言ったのに、うれしく思ってたのに、付き合いたいと思ってなかった、ってどういうこと?


 強張こわばったあたしをあやすように、由希が空いている手を伸ばして、頭をなでてくる。


「も~、違うって、ねないで。そう思ってたのはね、唯との関係がそのままで十分幸せだったからなんだよ」

「……幸せ?」

「うん。あの頃は学校に行ったら唯がいて、いっぱい話せて……たまに唯に触れられて。それだけで幸せだったんだ」


 あたしの肩から顔を上げた由希が、過去に思いをせているのか、夕暮れの空を見上げる。


「その頃の私は、それ以上を求めるのが怖かった。唯の気持ちには気が付いてたけど、でももし踏み込んで唯との関係が壊れちゃったらどうしよう、って」


 きゅっ、と由希が繋いでる手に力を込めてくる。何かを確かめるようなその力加減に、あたしも優しく握り返す。


「だから、告白もしなかったし、付き合いたいとも思わなかった。そのままでよかった。唯が触れてくるのはうれしかったけど、それを表には出さないようにしてた。あ、もちろん、唯から告白してきたら受けるつもりではあったけどね?」


 由希があたしの顔を下からのぞき込んで、からかうようににんまりと笑う。

 当時のあたしの葛藤かっとうをわかっているかのような笑みだった――いや、きっと由希のことだから、そこまで見抜いていたんだろう。


「でも唯は告白してこなくて……このまま黙ってるつもりなんだな、って思ってたから、卒業式の日に唯から呼び出されたときはびっくりしたんだよ? ……まぁ、唯の気持ちもわかるけどね。女の子が好きってカミングアウトするのって、勇気が必要だったと思うし」

「あたしは……」


 あの頃のあたしは、由希ともっと深い関係になりたいと願っていたものの、勇気が出ずに、結局、踏み出すことができなかった。由希に受け入れてもらえるとは到底思えなかったから。

 せめて気持ちだけでも伝えよう、と思えたのは、受験が終わって由希と離ればなれになることが決まってしまったからだ。

 これで最後だから――その思いが、背中を押した。


「まっ、唯が呼び出してこなかったら、私から呼び出すつもりだったんだけどね。さすがにやっぱり、好きな人と――唯とそのままお別れするのは寂しかったから」


 これで話はおしまい、とばかりに、由希がベンチに座ったまま伸びをする。手を絡めて繋いだままだから、あたしまで引っ張られて高く持ち上がった。

 由希の晴れ晴れとした笑顔に釣られて、あたしも笑顔になる。紆余曲折うよききょくせつ、色々あったけど、最後はこうして一緒に笑い合えて本当によかった。


 由希の笑顔と手の温もりに幸せを感じていると、ふと、新たな疑問が浮かんできた。


「……ところで、なんで由希は噂を知ってたの?」

「別のクラスの男子に告白されたとき、お断りしたら『やっぱり噂は本当だったんだ』って言われたんだよね。意味わからなくて『なにそれ?』って聞いたら、そんな噂があるって教えてくれたの」


 他のクラスまで噂が広まっているのは相当だ。由希は学年問わず人気があったし、もしかしたら学校中――とそこまで考えて、思考を放棄した。卒業したし、今はもう関係ないし!

 でも、由希と一緒にいるときは中学校に近寄らないようにしよう、うん。また穴を掘りたくなるかもしれないから。

 

「教えてくれたら、あたしだってもうちょっとベタベタするの控えたのに……」

「ベタベタしてた自覚はあったんだね……」

「うっ」


 またもダメージ。ぐささっ、と。

 なんだろう、さっきから由希の言葉でよみがえる過去の自分が、ぐさぐさと今のあたしを刺してくる。


「……やめて……もうこれ以上、あたしの羞恥心を刺激しないで……」

「唯が勝手に自爆してるだけなような気もするけど……うん、わかった」


 また火照ってしまった頬を、冷ややかな風がなでていく。

 いつのまにやら夕暮れは深く、風も冷たくなってきていた。そのせいで、この時期は日が暮れるとまだ少し肌寒く感じる。

 迫る夜の気配に、そろそろ帰らなきゃなぁ……、と思っていると、由希も同じことを思ったのか、


「――遅くなっちゃったね、そろそろ帰ろっか」

「……うん」


 あたしにそううながして、由希が立ち上がった。繋いだままの手を引っ張られるようにして、あたしも腰を上げる。


 手は恋人繋ぎのまま、駅に向かって歩いていく。

 夕闇の、ふと泣きたくなるような雰囲気に当てられたのか、会話はなかった。


 昨日までだったら、由希との間にこんな静寂せいじゃくが訪れれば、不安になっていたかもしれない。

 でも、今は――視線を落とせば、そこには。


 指を深く絡めて繋いだ手。

 そこから、由希の確かな温もりが伝わってくるから。


 だから、きっと大丈夫。

 この温もりを、あたしは信じていこう――そう、思った。

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