8.二人のおかげ
ポルクスの後輩、イレーラとの練習試合に勝ったクレアは、勝利したという事実を実感し始めていた。
「私、グランドアクトで勝ったんだ……!」
クレアは、じわじわと自分の顔に熱が集まってくるのを感じる。いつの間にか止まっていた手の震えが、また戻ってきた。
「クレアさん!」
「ティル君! お疲れ様!」
少し離れた場所に移動していた二人が、クレアの元へ駆け足でやってくる。
「良い指示だったぞ」
「ポルクス君が最初に、難しいことは考えるなってアドバイスしてくれたおかげだよ! 本当にありがとう!」
何より、クレアの勝利は二人の力あってのものだ。もう一度、ありがとうと感謝を伝えた。
「認めないわ!」
勝利の余韻に浸っていると、鋭い声がクレアにかけられた。
「認めないって、負けたのは事実じゃないか……」
ティルが思わずそう言えば、イレーラに思いきり睨み返されていた。
「わたくしが負けたのは、ポルクス先輩によ! それに『役割』もない試合なんて、ただのままごとですわ!」
「ままごと……」
「この勝利を思う存分、噛みしめていなさい。次はこうはいきませんからね!」
フンッと大きく顔を逸らしたイレーラは、自分のアクターたちに行くわよと声をかけ、大股でゲームブースを去っていった。
その後をすぐについていったのは、今回試合に出ていなかった女の子だ。ネコ族のリィナは、明らかにティルに敵対心を向けたまま、何度も後ろを振り返りながらイレーラについていった。
そんな中、フクロウ族のドゥバイルは何か言いたいことがあるようで、この場に留まっていた。
「……ポルクス先輩」
「なんだ?」
どうやらポルクスに用があるようで、ドゥバイルの視線はそれ以外を映していない。
「今日はイレーラが、失礼しました。ただ、彼女が貴方に憧れているということは、知っていてほしい」
「俺に……? 世辞はいい。素直にあいつのことを尊敬していると言え。その程度のことで、俺が怒ったり――」
「違います。イレーラは本当に、貴方を尊敬しているのです。天才と呼ばれるカストル先輩ではなく、努力を続けておられる秀才の貴方を。だというのに、今回はこのようなことをしてしまい……俺から、謝らせてください」
「…………そうか。あんたからの謝罪は良い。気持ちだけで十分だ」
「分かりました。では、俺はこれで」
最後に、ドゥバイルはクレアとティルにも頭を下げ、先に行ってしまったイレーラのことを小走りで追いかけていった。
「後輩に尊敬されるなんて、ポルクス君すごいね!」
「そのせいであんたはやっかみを受けたんだが……気にしてないなら助かる」
クレアのマイペースな発言に毒気を抜かれたのか、ポルクスは険しかった表情をすぐに崩した。
「それで、今日の試合を見てあんたはどう思った?」
ポルクスが振り返り、誰かに話しかけた。これにつられてクレアとティルもそちらを見れば、太ももに頬杖をついている、如何にも不機嫌ですと言いたげな顔をしているバラムが、観客席に座っていた。
そんな彼の姿を認めたクレアは、今日は彼がチームに入るかどうかのテスト中だったことを今思い出したのだった。
「あの、決して、バラム君のことを忘れていたわけでは……あ、いや! その、私のチームに入ったら、こんな感じの試合になります! はい!」
「……はあ」
下手なことを言っては印象が悪くなると思い、色々と取り繕ってみるが時すでに遅し。
バラムに盛大なため息をつかれてしまった。
「ひえぇ……その、勝手に練習試合をして、ごめんなさい……」
「僕に許可を取ることじゃないから、別に。それより、さっきの試合について、君なりの感想を聞きたいんだけど」
感想と聞かれ、クレアはなんて答えるべきか迷った。
勝てて嬉しかった? 目まぐるしく変わる状況の把握が大変だった? ミスが怖かった?
どれも事実だが、まず伝えたいことと言えば、これしかない。
「ポルクス君とティル君。二人のおかげで勝てたんだというのが、率直な感想です」
「ふうん。私が勝てたのは、アクターたちのおかげです……って、やつね」
「お気に召さない答えだったかな? でも……うん。今回はやっぱり、二人のおかげだよ。私、今日の試合中に大事なことを見落としたし……」
「見落とし?」
ミスがあったこと言えば、バラムはそこに対して興味を持ったようだった。なのでクレアは隠すことなく、赤裸々に語った。
「私が2ターン目でポルクス君に出した指示って、実はただ単にダメージを大きく与えられるっていう、それだけの理由だけで選んだの。だから、あの時にポルクス君がドゥバイル君を倒せていなかったら、多分負けてたんじゃないかな」
ポルクスから、フクロウ族はカラス族よりも素早さが高いという情報をもらっていた。そうなると、ヘビ族のティルは間違いなく後攻だっただろう。
しかも、交代技によってシフトゾーンへ下がった後の相手の攻撃は、ティルが受ける形になる。こうなると、ティルは3ターン目でドゥバイルの攻撃を受けてやられていた。
「じゃあ、あの交代は偶然の産物だったと」
「うん。もちろん、ダメージ量の計算とかもきっちり出来た上での指示だったなら、私も胸を張って言うけど……今回は本当に、偶然選んだ技が最適だっただけ」
結果論を否定するわけではないが、一歩間違えば大きなミスになっていたかもしれない出来事だ。
これが、リスクを承知で取った行動ならまだしも、ほとんど何も考えていない一手だったというのは、まさにクレアが初心者であるが故の詰めの甘さだろう。
「へえ……。そういう考えは、いいんじゃない?」
「そうかな?」
「自分のミスを素直に受け入れるのは、なかなかできることじゃない。それをちゃんと言語化して、チーム全体に共有できるのは大事なことだよ」
バラムから好意的な意見をもらったことに、クレアはなんだか照れくさくなった。
なんというか、初心者なりに大事にしたい姿勢を、肯定されたような気がしたのだ。
「じゃあ、アクター側の二人からは? 試合への感想でも、メイカーの指示への感想でもいいよ」
バラムに話を振られるとは思っていなかったらしく、ティルは困っていた。
「俺は……ちゃんと指示通りに動けて良かったってことぐらいしか……」
「初めてならそんなもんか。ポルクスは?」
ティルの抱いた感想について、バラムから特にいうことはないらしい。毒にも薬にもならない無難な返答でしかないので、早々にポルクスへ意識を向けていた。
「クレアは何もかも足りていないが、メイカーとして一番大事なものは持っている。少なくとも、俺はそう感じた」
「そう。あれだけのことがあった君が言うなら、否定はしないでおくよ」
同級生ということだけあって、バラムはポルクスのことをある程度把握しているらしい。むしろ、クレアより彼の事情を知っているのではないだろうか。
そう思うと、メイカーなのに彼らのことをよく知らない、自分が情けなかった。
「今度はバラムが答える番だ。俺はあんたに、クレアのチームに入ってほしいと思ってる」
「うん。それは学校でも聞いた。でもさ、それはあくまでポルクスの考えでしょ。メイカーとしての彼女は、どう考えてるの?」
「私? 私は……」
ポルクスからは、アクター集めが急務であることを聞いている。プロになるためには最低六人必要なのだから、この考えに異論はない。
ただ、今日試合をしてみて思ったのは、チームに入ってくれれば誰でも良いとは言えない、ということだ。
誰もが得意不得意を持っている中で、誰が何をカバーし合っていくか。これを考えることが、グランドアクトでメイカーの手腕が問われるところなのだと、クレアは感じていた。
「今、私のチームには攻撃力が高いメンバーが足りていないと思うの。だから、バラム君が攻撃力の高いアクターなら、是が非でも入ってほしいです!」
「なるほどね。残念ながら、ヒツジ族が一番苦手としているのは攻撃力だよ」
「あ……い、いやでも、人が足りていないのは事実で……! だからその、入ってもらえるだけでもありがたいって言うか……!」
自分なりの考えを伝えた結果、完全にバラムは要らないという流れになってしまったことに大焦りのクレアが、言い訳を必死に重ねる。
これが恥ずかしいことなのは誰よりもクレアが自覚していたが、背に腹は代えられないのである。
「必死すぎ……。そんなことしなくても、君の考えは大体分かるよ。ポルクスに、急いでメンバーを集めないといけないって言われてるけど、何も考えてないわけじゃないってところをアピールでもしたかったんでしょ?」
「実際に口に出さないでぇ……!」
簡単に言い当てられたことで、余計に自分の考えが浅かったもののように感じ、クレアは穴があったら入りたかった。
「はあ…………まあ、いいよ。君のチームに入ってあげても」
「へぇぁっ!? いいの!?」
クレアの声は、思った以上に大きくなっていた。それから、意味不明な声も出ていた。
今の流れで了承が取れたことに、それはもう吃驚仰天である。
同時に、バラムの加入はクレアにとって、初めて誰かが自分を選んでくれた瞬間だった。
これだけの醜態を晒したというのに、それでも入っていいと言ってくれたバラムに後光が差している。ように見えた。
「本当か?」
「どちらかと言えば、ポルクスが学校で僕に頭を下げたことの方が、要因としてはでかいけどね。いくら人手が足りないからって、嫌いな奴に頭を下げるのは苦痛だったと思うし。まあ、クレアを見たら、そこまでしてでもある程度完成してるアクターが欲しいって感じる心理に至った理由は分かったけど」
「決して嫌いなわけでは……だが、恩に着る」
「良いこと言ってる風だけど、それって私が出しにされているだけでは?」
新しいアクターの加入に喜ぶタイミングのはずなのに、何故か素直に喜べないことにクレアは心の中で泣いた。
「僕のデータを見ても、まだ嫌いじゃないって言えるなら、大したもんだよ」
なんてことを言いながら、バラムがアクトリンクのアカウントを教えてくれる。クレアが検索をかけて申請を送ると、承認がされ、バラムがチームに加入した。
♢
【名前】バラム ♂
【種族】ヒツジ族
【スタイル】「リバイヴ」
【役割】なし
【ステータス】
生命力:B
攻撃力:E
防御力:C
魔法力:E
精神力:C
素早さ:E
【アクティブスキル】
命織りの環
聖火の指針
再起の幕
リジェネコード
傷つけること勿れ
希望が再び芽生えますように
【パッシブスキル】
コンスタントリリース
傷の灯
生者の責務
♢
「はっ?」
データを見た瞬間、ポルクスがドスの利いた声を出すので、クレアはビクッと肩を震わせた。
原因を作ったであろうバラムはというと、やっぱりと言わんばかりに肩をすくめている。
「ポルクス、くん……?」
「ああ――いや、悪い。何でもないんだ。……強い奴がチームに入ってくれたんだ、歓迎する」
ポルクスの言葉に、恐らく偽りはない。ただそれ以上に、彼の中で何か飲み込めないことがある。
それが、バラムのデータと関係しているというのは分かる。ただ、その肝心な部分が、知識のないクレアには理解してあげられなかった。
「見ての通り、僕のデータはほぼ完成してるから、訓練なんかはティルを優先してあげて」
「あ、はい……」
これが完成形の一つなのかと、クレアはもう一度バラムのデータを見てみる。が、やっぱり何がすごいのかは、きちんと知識を付けないと分かりそうにない。
「なんだか、俺ってすごい場違いだな……」
「だ、大丈夫だよ。私も本当に初心者だから! 一緒に頑張ろう! ね?」
「うん……」
短い時間とはいえ、共に試合をしてポルクスの凄さをティルはその身で感じたはず。
そんな彼でさえ嫉妬を覚えるバラムのデータは、ティルにとっても何かしら思わせるものがあったらしい。
もしかすると、バラムの加入はチームにとって、劇薬だったのかもしれない――。
なんて、嫌なことを考えてしまう程度には、クレアもお気楽ではいられない空気が漂っていた。
Tips.
スキルの詳細は設定資料「スタイルアクティブスキル」「パッシブスキル」にそれぞれ載っています。
スタイル別にまとめてありますので、興味があればお読みください。
また、ステータスランク表は設定資料「ステータス上下限、ランク表」に載っています。




