23.VSシオン①
約束の時間となったので、ゲームブースへ向かうとユイナの姿があった。
メイカーのシオンは一体どこにいったのか分からず、クレアが少し視線をさまよわせると、ユイナの周りの人口密度が妙に高いことに気づく。
「あ、来た来た! よろしくねー!」
「来ちゃったぁ……」
クレアに気づいたユイナが大きく手を振っている。そのすぐ後ろから、シオンの声が聞こえてきた。
どうやら、シオンは少しでも緊張を和らげるために、自分の四方をアクターたちに囲ませているようだ。……いや、あれはシオンが逃げ出さないようにという、アクター側の意志かもしれない。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
シオンの姿が物理的に見えないので、クレアはユイナに挨拶を返しておいた。
「両メイカーの、承認を、確認! アクトフィールド展開、です!」
いつものように、アクシィがアクトフィールドを展開してくれた。
それぞれがメイカーパネルの前に移動して、選出するアクターと先発を決める。クレアのチームはまだ四人なので、先発を決めるだけで選択は終了した。
選出が終わるとみんながワープ機能でシフトゾーンへ転移していく。流石に三回目ともなれば、クレアももう驚いたりしない。
「全アクターの選出を、確認! 今回行われる練習試合は4vs4、です!」
シオンの方の選出も終わったらしく、グランドサークルの中央にいたアクシィが場外へと移動する。
「それでは! 練習試合、開始、です!」
アクシィの合図とともに、各チームから先発がグランドサークルへ飛び出していく。
「ハルマサさん、お願いします!」
「シグル、行ってくださいぃ!」
♢
▼クレアのアクター「ハルマサ」はグランドサークルに躍り出た!
▼シオンのアクター「シグル」はグランドサークルに躍り出た!
▼ハルマサは『トップバッター』の効果により、自身の技優先度を+1した!
▼シグルは『トップバッター』の効果により、自身の技優先度を+1した!
▼ハルマサは『沈黙の引導』により、自身の技を連続使用することで相手の能力低下を狙っている!
♢
「おおっと。君は情報になかった人だね!」
「俺、今日が初デビューなんだよね。だから、手加減してくれると嬉しいなあって」
「それはちょっと出来ない相談だけど、楽しんでこ!」
相手のトップバッターであるウマ族のシグルは、気さくな態度でハルマサに話しかけている。
こげ茶色の尻尾を高く上げて左右に揺らしているのが見えるので、おそらく喜んでいるはず。それだけ、練習試合を楽しみにしていたようだ。
クレアもこれを見て、少し気持ちが上がった。
♢
自陣:ハルマサ スキル優先度+1
役割:トップバッター
アクティブスキル
『痕跡残響』@2/2
『リカルシェット』@3/3
『苦呪縛』@3/3
『アウトレイ』@3/3
パッシブスキル
『沈黙の引導』@1/1
『リミックスマーキング』@1/1
敵陣:シグル スキル優先度+1
役割:トップバッター
アクティブスキル
『存在の証』@3/3
『ラピッドプリズム』@3/3
『心変わり』@5/5
『???』
パッシブスキル
『観察者の刃』@1/1
『???』
▼Tカウント「1」
♢
「さ、俺の初陣を華々しく飾ってね」
「華々しくなるかは分かんないけど、頑張ろうね!」
試合が始まっても、ハルマサの軽さは変わらない。
緊張しすぎてガチガチになるよりは全然いいかと、クレアは彼の言動に対して特に思うところはなかった。
しかし、そこでクレアの手は止まってしまった。
「……あれ。どの技を選ぶのがいいんだろ」
今まではずっと、先発にポルクスが出ていてくれていた。そして、彼はいつも、どういった行動をすると自分たちが有利を取れるか、教えてくれていた。
だが、今グランドサークルにいるのはハルマサだ。そして彼は、自身がグランドアクトの初心者だということを常々言っている。
そんな彼に、ポルクスのようなアドバイスは期待できない。むしろ、彼よりも経験のあるクレアが、引っ張っていかないといけないのだ。
「クレアちゃん?」
「あ――だ、大丈夫! 指示を出すね!」
ハルマサに声をかけられたことで、クレアは思考の中から帰ってくる。試合中にぼうっとしていてはいけないと、慌ててスキルを選択した。
♢
▼シグルの『存在の証』!
▼ハルマサに「致命的なダメージ」!
▼ハルマサは倒れた!
『存在の証』…物理でダメージを与え、50%の確率で相手に「領域圧」を付与する
♢
「よいしょーっ!」
「え、ちょま――!」
シグルの放った技がハルマサに直撃すると同時に、中央モニターへ戦闘結果が送られてくる。
「えっ?」
一撃。
クレアのチーム内で二番目に防御力のあるハルマサが、一撃でやられてしまった。
「よしよし、よくやりましたね! シグル!」
「この調子でどんどん抜いちゃうぞー!」
相手側は最上の結果を取ったことで、士気も大きく上がっている。
逆に、最悪の結果となったクレアは完全に頭が真っ白になってしまった。何をすればいいのか、何を間違えたのか——何も、思い浮かばない。
「メイカー、クレア。次のアクターを選択、してください、です!」
ハルマサが一撃で落ちるなんて最悪を考えていなかったクレアは、完全に手が止まっていた。
クレアとしてはそんなに時間が経った感覚はない。しかし、アクシィから警告が入った以上、悠長なこともしていられない。
このままでは判定負けになると、クレアは今の状況をただ解決するためだけに次のアクターを決めた。
♢
▼クレアのアクター「ポルクス」はグランドサークルに躍り出た!
♢
「あれ、君は確かエースだよね? まだ正念場じゃないけど、もう出てきていいの?」
「こちらにはこちらの戦術がある。不要な心配だ」
「それもそっか! じゃ、君も遠慮なく抜いちゃうね!」
無邪気に笑うシグルの言葉に、クレアは自分の失態に今更気づく。
4vs4の正念場は、味方が残り二体になった時からだ。今のポルクスは、何の役割も持っていないに等しい。
「あ、ご、ごめんなさ……私、何も考えられなくて、それで……」
「ハルマサが落ちたのは、俺が相手のデータを見誤ったからだ。悪かった」
ポルクスの謝罪が、ひどく耳に残った。
俺が相手のデータを見誤った? 仮にそうだとして、それはポルクスの責任なのか?
グランドアクトの情報開示はわざと読み切らせないよう、抽象的に表示されている。どれだけたくさんの知識を持っていても、間違えることはあるだろう。
何より、彼はあくまでアクターなのだ。アクターに、チームの最終決定の権限はない。
データの読みを外したとしても、それはポルクスの責任ではない。きちんと精査もせず、話を鵜呑みにしてハルマサを先発に選んだのは他の誰でもない、クレアが自分で下した結果だ。
そして、この盤面を作ったのもクレアだ。少し考えれば、この場で出すべきアクターはポルクスではなく、バラムだったはず。
なのに何も考えていなかったなんて言い訳をして、ポルクスを呼んだ。
彼なら知恵を貸してくれて、この局面をどうにかしてくれる。
そんな甘えが頭の中にあったから、本来は呼ぶべきではないポルクスを呼んでしまったのだ。
「違う。ポルクス君は悪くない。だって、選んだのは私だ。考えなかったのも、責任を持たなかったのも、全部……。メイカーの私がちゃんと、考えるだけじゃなくて……責任を持たないと」
滲む視界を払うように、両目を腕で擦る。服が擦れて痛いぐらいだが、クレアは構わなかった。
「ポルクス君!」
クレアの声が、空気を震わせた。その響きに、ポルクスは背中しか見せていなかったことをやめ、ゆっくりと視線をよこす。
「この状況でも、私は勝ちたい! ここからでも勝てるように、私と一緒に戦ってくれる?」
クレアはずっと、自分に足りないものは知識だと思っていた。
だけど、本当はそうじゃない。
ようやく、そのことを理解した。
「負けたら、私の責任です!」
ポルクスは一瞬、言葉を詰まらせる。だが、次の瞬間――。
「……ああ!」
彼は拳を握りしめ、クレアから視線を外し、しっかりを相手を見据える。
「この勝負、勝つぞ! 一緒に!」
クレアの胸の奥で、何かが弾けた。
ポルクスが、自分の覚悟を肯定してくれた。その声が、自分の中に灯った火をさらに強くした。
今、意志がひとつになったことを、クレアは確かに感じた。
♢
自陣:ポルクス
アクティブスキル
『回帰時計』@1/1
『エアライズシフト』@2/2
『マジカルトス』@4/4
『刹那』@3/3
『心変わり』@5/5
パッシブスキル
『タイムバウンド』@1/1
『ループライド』@1/1
敵陣:シグル
役割:トップバッター
アクティブスキル
『存在の証』@2/3
『ラピッドプリズム』@3/3
『心変わり』@5/5
『???』
パッシブスキル
『観察者の刃』@1/1
『???』
▼Tカウント「2」
♢
「とにかく、俺はエアライズシフトでシフトゾーンへ戻るぞ。幸い、素の速度でなら俺の方が上だからな」
「ハルマサさんが耐えられなかったんだから、同じ技を受けてポルクス君が耐えられる可能性は低いよね……」
「まず無理だ」
これは、少し考えれば分かることだ。本来であれば、ポルクスを選択する前の段階で気付いていなければいけなかったことだ。
本当に、さっきの自分は何をしていたんだと、クレアは少し前の自分を罵った。
「警戒したいのは、物理技の優先度がついているスキルを持っているかどうかだ」
「トップバッターの効果は切れたけど、スキルそのものについてる場合もあるもんね。素直に交代した方が安全じゃない?」
「どちらが安全かは、言うまでもない。だが、威力の高い優先度スキルを持っているなら、他の試合でも使用していると考えられる」
観戦記録で集めた情報の中に、シグルが優先度スキルを使った記録は存在しなかった。
グランドアクトにおいて、優先度にプラスの効果がついたスキルは非常に強いとされている。これを持っているのに、使わないというのは考えにくい。
「じゃあ、相手は優先度スキルを持っていない可能性が高い?」
「あったとしても、汎用スキルの『勇敢な疾走』だと考えていい。これぐらいなら、十分耐えられる」
確か、勇敢な疾走はポルクスが覚えている『刹那』の物理版だったはずと、クレアはない知識を必死に絞り出す。
これなら、ハルマサと同じように一撃で落とされる心配はないはずだ。
「ポルクス君、行くよ!」
「ここから巻き返していくぞ」
♢
▼シグルの『勇敢な疾走』!
▼ポルクスに「まずまずのダメージ」!
▼ポルクスの『エアライズシフト』!
▼シグルに「大きなダメージ」!
▼ポルクスは『エアライズシフト』の効果によってシフトゾーンへ戻っていく!
▼クレアのアクター「バラム」はグランドサークルに躍り出た!
▼バラムはポルクスから『エアライズシフト』の効果を受け、速を1段階上昇させた!
▼バラムは『アシスト』の効果により、自身の防を1段階上げた!
▼バラムは『コンスタトリリース』の効果により、自身の技による回復量を高めている!
▼バラムは『傷の灯』の効果により、状態異常に掛かった味方の数だけ、自身の精を上昇させていく!
♢
相手は後続へ攻撃は狙わず、ポルクスにダメージを与えてきた。それだけ、エースである彼のHPを少しでも削っておきたかったのだろう。
クレアも、エースという役割の強さは前回の対戦で嫌というほど味わったので、相手の行動は何となく読めた。
「ハルマサで一撃なら、ここは僕しかいないよね」
「うぐっ。さっきはその、ごめんなさい……。でも、今はちゃんと考えてる。バラム君の力、貸してください」
さっきの行動は考えなしでしたと、クレアは頭を下げるしかない。
「お説教は後で聞く! 今は、目の前に集中! えっと、バラム君で彼を倒したいんだけど、できそう?」
自問自答しているクレアを横目に、バラムはいつもと変わらない態度でクレアに返答する。
「ポルクスで『特大のダメージ』に行かなかったから、多分2ターンはかかるよ。それか、一度交代してくるかもね」
バラムから交代の可能性を指摘され、クレアは考える。
トップバッターには初回の優先度+1だけでなく、一度限りだが交代によって場に出た時、任意の能力値1つを1段階上昇する効果も持っている。
シグルの足は速い。ここでの温存は、十分あり得る選択だ。
「ま、僕がすることなんていつも変わらないから」
「それが強いわけだから、うん」
基本的には命織りの環しか出来ないわけだけど、それが雑に強いわけで。
実は彼のスキル構成はとっても初心者向けなのではないかと、クレアは思い始めた。
♢
自陣:バラム 防/速+1
役割:アシスト
アクティブスキル
『命織りの環』@2/2
『聖火の指針』@3/3
『再起の幕』@1/1
『リジェネコード』@1/1
『傷つけること勿れ』@2/2
『希望が再び芽生えますように』@1/1
パッシブスキル
『コンスタントリリース』
『傷の灯』
『生者の責務』@1/1
敵陣:シグル
役割:トップバッター
アクティブスキル
『存在の証』@2/3
『ラピッドプリズム』@3/3
『心変わり』@5/5
『勇敢な疾走』@2/3
『???』
パッシブスキル
『観察者の刃』@1/1
『???』
▼Tカウント「3」
♢
▼シオンは「シグル」をシフトゾーンへ戻す!
▼シオンは「ノアール」をグランドサークルへ送り出した!
▼ノアールは『アシスト』の効果により、自身の防を1段階上げた!
▼ノアールは『アロイヴェイル』の効果により、自身が状態異常に掛かる度、自身の精を上昇させていく!
▼ノアールは『黄金の血脈』の効果により、状態異常の時、自身の技の威力を高める!
▼バラムの「命織りの環」!
▼ノアールに「かすり傷程度のダメージ」!
▼『命織りの環』の効果により、次に場に出る味方は「再生」になる!
♢
「シグル、ここは一旦戻ってください! 出番ですよ、ノアール!」
「仰せのままに」
「げっ、このパッシブスキルって『エルドラド』じゃん」
バラムのスキルが交代で出てきたノアールに当たる。しかし、全然怯んだ様子はない。
交代で出てきた相手は、今回は時間がなかったためにきちんと情報を集められなかった相手だ。役割が発動したことから、彼がアシストなのは分かった。
それから、にゅるにゅると背中から赤いタコ足が出ているのは、クラーケン族の特徴だ。あれらは見た目ほどぬるぬるしておらず、触り心地はつるつるしている……らしい。
「お相手、よろしくお願いします」
「嫌だよ。君たちエルドラドって、マッチポンプするじゃん」
「それは、お互いさまでは?」
礼儀正しい感じで挨拶をしてきたノアールに対し、バラムは一刀両断する。ただ、その返しがあんまりだったので、ノアールは完全に目を点にしていた。
「なに? マッチポンプって」
「エルドラドは、自分で自分に状態異常をかけて、パッシブで自身を強化するんだよ。……リバイヴも若干その毛があるけど」
「同類じゃん!」
バラムにも同族嫌悪のような感情があったのかと、クレアは意外に思った。それはそれとして、同じことをしているのなら酷い言いがかりだとも思った。
「釣れない態度に涙が止まりませんが、勝負です故、手加減は致しませんよ」
「えー……。これを相手にするの、嫌だなあ」
気だるげにしているバラムを尻目に、クレアはこの対面をどう切り抜けていくのかを考えていた。




