21.危ういチーム体制
来年の一月から始まるシーズンワン。
そこで開催される、アマチュア部門用に開かれるオープンエントリー予選に参加するため、クレアは張り切っていた。
みんなの気遣いで一日しっかり休んだので、体調はもちろんのこと、精神面もばっちりである。
「クレアさん、休んでなさそうだけど大丈夫?」
「そ、そんなことないよぉ?」
グランドアクトスタジオで、昨日加入を果たしたハルマサを加えた四人のアクターとルールベースで集まったクレアは、初っ端からティルに痛いところを突かれた。おかげで、声が思いっきり上擦った。
クレアはわざとらしい咳ばらいをしてから、アクシィを使って個室部屋を利用した。
ローガンとの再会は叶ったが、クレアは彼の悩みを取り除くことは出来なかった。あの後も、特に連絡は来ていない。
「で、今日はどういう用件だ?」
本日も、クレアからの呼び出しで集まったため、ポルクスが用件を聞く。
「今日は、新加入してくれたハルマサさんへの役割任命を行います。それから、3vs3以上の練習試合をしてくれる相手を探します!」
「役割って、グランドアクトで結構大事なやつだよね。俺はどういった役割になるかな?」
ハルマサも初心者らしいが、始めた動機が彼女に見栄を張りたいというものだったからか、自分でも色々と調べているようだ。
今回ももったいぶったりせず、クレアはささっとハルマサに結果を伝えた。
「ハルマサさんには、『トップバッター』を任命したいと思います!」
この間と同じように、クレアは任命した後、全力で拍手をした。
「へえー。俺って器用貧乏な方だし、オーバーライドかなって思ってたや。なんで俺がトップバッター?」
「えっと、トップバッターは素早さが高いタイプか、両刀って呼ばれる、物理も魔法も使えるアクターが任命される傾向が高いんだって。タヌキ族は平均的な能力値で苦手な分野がないから、適性が高いかなって思いました!」
「なるほどね。そういうことなら、頑張ってみるかな」
ハルマサが納得してくれたので、クレアはよろしくお願いしますと頭を下げた。
ポルクスやバラムからの指摘もないので、ハルマサが今日からトップバッターだ。
ただ、何も言ってこないわりには二人からは微妙な視線をもらった。それに気づいたクレアは、何か違ったのかと不安になった。
しかし、これはメイカーの仕事だと思い、クレアは二人の視線を流した。
「今日は練習試合も予定してるんだよね?」
ティルの疑問に、クレアは昨日、ハルマサから教えてもらったことをそのまま伝えた。
現在チームに足りていないものの中に、観戦記録を埋める必要もあることを伝えれば、すぐに納得してくれた。
「アクターがまだ二人足りていないから、厳しいんだけど……。出来るなら、シーズンワンからオープンエントリー予選に出てみたいの」
オープンエントリー予選では、参加チームを各ブロック4チームずつに分かれ、それぞれで総当たり戦を行うことになる。
一度負けたら即リタイア、というわけではないが、良い戦績を上げられなかったら脱落することになるのは変わらない。
ここで、初戦敗退となってしまった場合。敗者復活戦などもないため、その時点でシーズンワンの挑戦は終了する。次のシーズンツーは五月開催なので、それまで四か月間もの空きが出来ることになる。
それなら、訓練は負けた後にしても遅くないのではないかと、クレアは考えた。
もし、一気にCランクプロにまで駆け上がれたなら万々歳だ。
「クレアもメイカーに近づいてきたんだな」
「私はポルクス君とチーム組んだ日から、ずっとメイカーだよ?」
「オープンエントリー予選のことを知って、その上で参加したいなら、いいんじゃない」
「むしろ、二人はこのことを知らないわけなかったと思うんですよ。なんで私に言わなかったのかな?」
クレアが指摘すると、バラムは面倒くさかったと言い切った。そんな理由で大事なことを隠しているんじゃないと、クレアはおかんむりだ。
一方で、ポルクスは視線を逸らしていた。
「ポルクス君からの言い訳も聞いてみようかな。さあ、言って!」
「グランドアクトは、ルールを覚えるだけでも大変だろ。だから、俺はまだ早いと思っていたんだが……勝手に決めつけて、悪かった」
「あ、すごい全うな理由……。その、怒ってごめんなさい」
責める気満々で聞いたら、想像していた以上にきちんとした理由が返ってきたため、思わずクレアも謝った。
あんたはポンコツだからこっちで進めとく、みたいな理由だと思っていたクレアは、内緒にしておくことにした。
「シーズンワンのオープンエントリー予選を狙っているなら、それに向けて準備を進めよう」
頭を切り替えるように、ポルクスは一つ息を吐いてから、クレアの意見を受け入れてくれた。
それじゃあとクレアは張り切って口を開きかけ、誰に何を頼めばいいのか、頭の中がまとまらなかった。
一瞬の沈黙のあと、バラムが代わりに話し始める。
「なら、クレアはルールベースで試合が出来そうな人探しだね。その間に、ティルとハルマサはコンディションリングで訓練かな」
クレアはまた、自分が何も言えなかったことに気づき、唇を噛んだ。これくらいの指示は、リーダーの自分が出来なきゃいけないのにと、つい自分を責める。
「分かりました」
「あー……。俺ってば、あんま訓練とか好きじゃないんだけど……」
「いいから行くぞ。バラムはどうする」
ティルは二つ返事なのに対し、ハルマサは明らかに面倒くさいと言わんばかりだ。そんな彼は、残念ながらポルクスに首根っこを掴まれ、連行されそうになっている。
「僕はクレアの付いてるよ。どうせ頭打ちだし」
「なにそれ、ずるくない?」
「訓練をサボりたいなら、オープンエントリー予選限定で設けられてる、上限400まで上げちゃえばいいよ」
「それなんて無茶――」
残念ながらハルマサの声は個室部屋の扉に阻まれ、最後まで聞こえなかった。
「やっぱり、鍛錬ってつまらない?」
「クレアは学校の勉強、好き?」
「うっ、好きじゃないです……」
そりゃそうだよなと、クレアは申し訳なく思った。
誰だって、地味で辛いだけのことは好きじゃない。勉強せずにテストで満点が取れるなら、それがいいに決まってる。
しかし、そんな甘い話もないわけで。
良い結果を出したいなら、相応の努力は必要だ。クレアだって、グランドアクトのルールを覚えるのは楽しい部分もあれど、やはり難しくて嫌になるときもある。
「鍛錬については、今が踏ん張りどころではあるんだよね。プロになった方が楽っていうか」
「プロになったら、もっと大変になるんじゃないの?」
「内容はきつくなるよ。でも、プロは報酬が出るから」
報酬が出る。それは、すごく大事なことだ。誰だって、無償で働きたくなどない。
というか、クレアだってお金を稼ぐためにこの道を選んだのだ。アクターだって、きっとお金は欲しいはずだ。
「うーん。何かこう、訓練のモチベーションが上がるように、差し入れとかした方が良いかな」
「そういうケアは、確かに必要になってくるかもね」
そんな話をしながら、二人も個室部屋を出る。
共有スペースの長椅子に座り直し、練習試合が出来そうな相手がいないか周りを見渡しながら、クレアは別の話を振る。
「そういえば、さっき言ってたオープンエントリー予選限定で設けられてる上限って、なんであるの? グランドアクトはそもそも、上限値500って決まってるよね?」
「ああ、それか」
面倒くさいと言いながらも、バラムはこのルールが出来た経緯を話してくれた。
現在プロで活躍しているアクターたちも、色々あってチームを脱退することがある。これが、問題を起こしての追放であれば、その亜人は二度とグランドアクトでプロになれない、という措置が取られて終わりだ。
しかし、チームメンバーとの不和であったり、チーム全体としての総意でメンバーを入れ替えることになった場合、チームを抜けたアクターはプロとしての資格は失えど、再びプロを目指す自由は残されている。
ここで、元プロがアマチュアの大会に出場したら、どうなるか?
当然、経験から実力まで全ての差が歴然なので、元プロを入れたチームがCランクプロへすぐに上がっていくだろう。
「実力があるからプロに上がるって、普通じゃないの?」
「それ自体はいいよ。ただ、確実に元プロによる蹂躙で試合が決まるんだよね。簡単に言えば、6-0みたいなことが起こる」
「……あ! この間の即興試合でバエルさんとかが試合に出ていたら、そうなっちゃってたのと同じことが起こるってことか」
「ありていに言えば」
元プロに依存しきったチーム体制は、プロに上がった後が続かないことが多い。
さらに、自尊心を満たしたい一部の者たちが、プロになった後わざとチームを脱退し、再び新人のチームに入ってプロになる、といった大会荒らしが横暴したこともあり、アマチュア用の制限が設けられることになった。
「G.A.Cも色々対策してるんだねえ」
「この問題は、うちも他人事じゃないんだよね」
「えっ」
どこか他人事のように捉えていたクレアは、バラムの言葉にぎょっとした。
「私のチームって、何か規定に触れてるようなことしてた!?」
「そっちじゃなくて、ポルクスに依存しがちなチームになってるところが良くないって話」
バラムの指摘に、クレアは思い当たる節が多すぎて目が泳いだ。
元々、クレアのチームはポルクスから始まった。
ポルクスは、プロになるため昔から努力を続けている。一方のクレアは、つい最近グランドアクトの世界に飛び込んだばかりの、超がつくド素人。
どちらを頼るかと言われれば、答えるまでもない。というか、メイカーであるクレアがポルクスを一番頼っていると言っていい。
これは、先ほどバラムが言っていた、元プロに依存しきったチーム体制によく似ている。
その考えにピンときたクレアは、顔面蒼白になった。
「私が早くポルクス君離れをしないと、チームが崩壊しちゃう……?」
「そこは正直なところ、バランスが難しい。君は、誰の目から見ても初心者だと分かる。だからポルクスに頼るのも仕方ない部分がある。特定のメンツが不仲なのはどうにかした方が良いけど、特別仲のいい相手がいるっていうのは、別におかしなことじゃない。それは、メイカーにだってあるわけで」
「だけどそれって、他のメンバーは嫌じゃない? 先生のお気に入りの生徒、みたいなものだよね?」
「先生のお気に入りの生徒が面白くないのは、自分がないがしろにされているって感じるからだよ。先生と特別仲良くしている生徒がいても、自分も最低限気にかけてもらえてたら、そうは思わないでしょ」
確かに、先生が気に入っている生徒の相談事には乗るのに、自分の相談事に乗ってくれない、なんてことがあれば、クレアだったらその先生に不信感を抱くし、もう相談なんてしないと意固地になりそうだ。
でも、先生と仲良くしている生徒がいたとしても、自分が本当に困っている時に手を差し伸べてくれるなら、別に先生が普段誰と仲良くしていようが気にならない。これは、全くもってそのとおりだと思えた。
「自分が本当に困っている時に、相談に乗ってくれるリーダーであれば、最悪な事態は起こらないってことでいいのかな」
「こういった手合いに正解なんてものはないけど、指標としては悪くないんじゃない」
今は、クレアを含めたみんながポルクスに相談をしている状況だ。こうなってしまっている原因はやはり、クレアが頼りないからだろう。
「バラム君は、私がどうなったら相談したいって思える? やっぱり、知識が大事?」
「僕は別に、相談ごととかないから。強いてあげるなら、ちゃんと自分で考えて試合で指示を出せるようになれば、とは思うよ」
指示を出す。
それは、ただ声を張ることじゃない。状況を見て、その中の最善を選ぶこと。
クレアは、知識があればそれが出来るようになると思っている。
(……でも、それだけで本当にできるようになるのかな)
クレアは、少しだけ不安を覚えた。
「じゃあ、今日の練習試合は私だけで頑張ってみる!」
芽生えた不安を無視するように、クレアは強気な宣言をした。
これに対して、バラムは面倒くさそうに肩をすくめただけだった。
「もうダメそうだけど、まあ頑張ってみれば?」
「失礼すぎるっ!」
このままでは危ういチーム体制だと指摘されたクレアは、今日の練習試合を通して良いところを見せようと張り切る。
それとは別に、絶対バラムを見返してやると固く誓った。




