閑話1.バラム編「面倒でもやるべきこと」
ここは、バラムの自室。
規則正しく胸を上下させて眠っているところへ、枕元に置いてあるスマホが通知を受け取った音を鳴らす。
「…………なに、いま何時……」
朝が弱いバラムにとって、こういった起こされ方は非常に不本意なものだ。
通知を切っておくべきだったと、バラムは昨日の自分に若干苛立ちながら、ゆっくりとスマホを手に取った。
「まだ六時半じゃん……。寝よ」
こんな朝っぱらからアクトリンクのグループチャットを飛ばしてくるなと、バラムはますます不貞腐れながら目を閉じた。
ピロン。
また、スマホが通知音を鳴らした。
「……あー、目が覚めた」
ゆっくりと上体を起こしたバラムはガシガシと頭を掻きながら、スマホを持ち直してアプリを立ち上げる。
最初にメッセージを送ってきたのはポルクスで、今日のチーム活動は休みにしないかという打診だった。続けて、ティルがこれに了承している。
ポルクスの意図をすぐに理解したバラムも、ティルに続いて了解と返信する。最後に、クレアから可愛らしいウサギがOKの文字を持ち上げるスタンプが送られてきたことを確認し、スマホの画面を消した。
「ふあぁ…………」
大きなあくびをした後、バラムはのそのそとベッドから這い出し、ゆったりした足取りで自室を出ていった。
階段を下り、先に顔を洗ってから一階のリビングへ行くと、先に一人朝食をとっているバエルがいた。
「おはよ……」
「ああ、おはよう」
「おはよう。こんな時間にバラムが起きてくるとは、珍しいこともあるものだ」
「あらぁ、おはよう。バラムちゃん」
バラムの家庭はオオワシ族の父とヒツジ族の母、そして三つ歳が上のバエルを入れた四人家族だ。
父はごく普通のサラリーマンで、母は専業主婦。バエルがプロアクターで、バラムが高校三年生なので、バエルだけが少し変則的な生活をしている。
それが、この時間から一人で先に食事をとっている理由だ。
「兄さんはもう家を出るの?」
「ああ。シーズンワンが始まったら、またしばらく帰ってこれない」
「シーズン中は、特にメンバーと連携の調整をしないとだからね。がんばって」
「バラムも、オープンエントリー予選に出る予定なのだろう?」
「うん、間に合えばだけど」
普段口数が少ないバエルだが、彼はその分周りをよく見ている。バラムは自分の弟だということもあってか、彼の行動はよく分かっているようだ。
「活躍、応援しているぞ」
「がんばってねぇ」
「ありがとう。父さんと母さんも、体に気を付けて」
父からは力強く、そして母からはまったりした応援を受け、バエルは食事を終えた後に家を出ていった。
「それで、バラムの方は何かあったのか?」
「いや、たまたま早く目が覚めただけ」
「あら、二度寝はしないの? 今は冬休みよぉ?」
のほほーんと聞いてくる母の反応に、バラムは少し居心地が悪そうにした。
「出掛ける予定があるから、そんだけ。あ、なんか余ってる菓子折りとかない?」
「菓子折り? 何かしたのか?」
普通に出掛けるだけなら、菓子折りなど持って行かないだろう。大体、友達と遊ぶついでに食べるだけなら、市販のお菓子でいいはずだ。
それ以前に、バラムはあまりお菓子を食べる質ではないので、父は余計に訝しんだ。
「別に、ただの賄賂だよ」
「学生の口から出てくる言葉じゃないぞ」
「菓子折り……。貰い物でまだ開けていないのがあったと思うわ」
「待ちなさい。人に渡すのに、横流しを勧めるんじゃない。せめて自分で買ったものにしなさい」
「あるならそれでいいや」
「バラム。こんなところまで面倒くさいを発揮するんじゃない」
父はこのやり取りに頭を痛めた。バラムは間違いなく奥さんの血を強く継いでいると感じたのは、これで何度目のことだったか。
「確か、グランドアクトでチームを作ったんでしょう? きちんとご挨拶してくるのよぉ」
「うん」
「絶対にそれとは別の案件だろう?」
「さあ」
「はあ……。お前は頭がいいから、無茶はしないと思うが……。何かあったら、ちゃんと言いなさい」
「大丈夫だって」
どうしてこうも、兄弟揃って肝心なことは話したがらないのかと、父は朝から疲れ切っていた。
肩を落としている父と、相変わらずぽやんしている母を尻目に、バラムは朝食を取って適当にゆっくりする。その間に出勤していく父を見送り、リビングの椅子でうたた寝をして、十時ごろに母から受け取った菓子折りを持って出かけた。
その裏で、クレアが一人グランドアクトスタジオに行っているなどとは、流石のバラムも考えていなかった。
♢
滅多に出かけないバラムが自主的にやってきたのは、昨日の公園だった。
伸び放題の草を適当に踏みしめて中心らへんに行けば、昨日見た三人組がたむろしていた。彼らは何をしているわけでもなく、それぞれ自分のスマホを見て時間を潰している。
「今いい?」
昨日と同じでバラムは一切怯むことなく、遠慮もなく彼らに声をかけた。
「うわ、出た」
「あ? またお前か、クソヒツジ」
「また来たの? 嫌がらせ?」
声に気づいてバラムの方を向いた三人は、それぞれがものすごく嫌そうな声を出した。
「これ、菓子折り」
「意味わかんないんだけど」
無造作に突き出された菓子折りに、リーンはあからさまに警戒している。他の二人も同じで、受け取ろうとしない。
「今日は、昨日のことを謝りに来た。不必要に煽ったりして、ごめん」
受け取ってもらえない菓子折りを突き出したまま、バラムが雑に頭を下げる。
謝罪し慣れていない彼なりの誠意ではあったが、これで相手の気が落ち着くとはいいがたいものでもあった。
「ケッ。僕は善人だから、嫌な奴にも謝れるんですぅ……ってかあ? おら、よこせ」
グレイズは突き出されていた菓子折りの入った紙袋をひったくるように奪い取り、その場でバリバリと紙包装を破っていく。そして、中身を取り出してその場で食べ始めた。
これに釣られるように、リーンとネズもお菓子を食べ始める。
「あ、これ有名店のバタークッキーじゃないっけ? うまっ」
「菓子折りってのは、なんでこう小さいんだ? もっとがっつり喰いてえんだけど」
「こういうのはな、お高い味をちみちみ楽しむもんなんだよ」
行儀悪く食べ始める三人に、バラムは何も言わない。
三人がこれで満足するなら帰るし、まだ何かあるなら話は聞く。それぐらいの心積もりで相手の出方を待っていた。
「で、本題はなんだよ」
お菓子を触った指を舐めながら、グレイズはバラムを見る。その表情からは、昨日ほどの激情は見えてこない。
「謝ったから、もう終わった。自己満足だって指摘されたら、そのとおりだよ」
「えー? あんた、あの時は言い過ぎちゃったなー、みたいな反省をするタイプに見えないんですけど」
「それは偏見でしょ」
バラムはリーンの言葉を否定したが、本当のところは半分ほどあっている。
あの時の挑発した内容自体には、ぶっちゃけ後悔はない。
では、バラムは何に後悔しているのかと言えば、自分の言動で自分以外の仲間が傷付きそうになったことだ。
このことだけは、あまりに思慮が浅かったと、今でも後悔している。
「ま、どうでもいいけど。グランドアクトはもう止めろとか、そーゆーこと言われると思ってたわ」
バラムの姿を見た時、リーンは真っ先にその考えが頭をよぎっていた。
暴力沙汰を起こすような奴が、グランドアクトをするな。
頭の固い奴が真っ先に言いそうなことだと考えていたので、リーンとしてはこの終わりを呆気ないと感じた。
「なにそれ、フリ? 才能ないから止めとけって言われないと、止められないの?」
「おい、クソヒツジ。お前謝りに来たんじゃなかったのか?」
「ああ、ごめん。つい」
「こいつ反省してねえぞ」
バラムが反射で答えた内容が明らかに一言多いので、案の定なことになった。
「君たちは、なんでグランドアクトに拘るの? 昨日も思ったけど、グランドアクトが好きってわけじゃないよね?」
「いいや、好きだぜ? なんせ、合法的にスタイルの力をぶつけられるんだからな」
「それさ、犯罪者とかに向けるんじゃダメなの?」
「は?」
お高くとまった嫌な奴。
そう思っていた相手が、まさか暴力を肯定するなんて考えもしなかったグレイズは、完全に意表を突かれた。
「あんた、自分が何言ってるか分かってんの?」
「合法的に力を使いたいんでしょ? だったら、警察とかになれば? 昨日も狐の女性警察官が、メメントの力を使ってたじゃん」
ただ暴れたい。自分の力を際限なく振るいたい。
彼らがそういった考えなのであれば、バラムも彼らとは一切関わろうとはしなかった。
だが、彼らには最低限の分別がある。
たとえそれが、自分たちが警察の世話にならないためという保身だとしても。グランドアクトの中で済ませていたのだから十分マシな部類だ。
もっとも、昨日は爆発してしまったが。
「僕は暴力を是としたいわけじゃないよ。でも、自分が持ってる力を十全に発揮して活躍したいって考えは、別におかしいことじゃない」
もちろん、スタイルという強すぎる力は、制御しなければならないものでもある。
だが、どんなものも使い方一つで良いものにも、悪いものにもなる。ただそれだけの話だ。
「んなの、綺麗事だろ。俺たちみたいな半グレが、今更どんな職につけるってんだ」
ネズが、やさぐれたように吐き捨てる。バラムより少しほど年が上だと思われる彼は、もしかすると就職活動がうまく行かなかった反動で、ここにいるのかもしれない。
「それこそ、警官でも目指してみれば? 対亜人犯罪対策の最前線とか。あそこは万年人手不足だから、すぐ採用されると思うよ。まあ、死亡率は三割越えの、ブラック企業も真っ青の超ブラック公務員だけど」
「俺に死ねって言ってんのか……?」
半グレ集団もドン引きな職種を紹介したところで、バラムは一つあくびをした。
「危険だけど、やりがいはあると思う。間違いなく人のためになる仕事だし、確実にスタイルの力も活かせる。というか、スタイルを使って暴れる凶悪犯を相手にする部隊だから、そもそもが戦える亜人しか就職できないけど」
「人のために戦うなんて、ガラじゃねえよ」
「そんなのは副産物でいいんだって。大事なのは、自分がやりたいことが出来る場所はあるってこと」
死と隣り合わせなのはどうなんだという意見が上がるぐらいには、世間でもよく問題視されている職種だ。
そうはいっても、凶悪犯罪者が本気でスタイルの力を使って暴れるのだから、どうにもならないのが実情だ。
さておき、自分がしたいと思う仕事でお金を稼げることのほうが、今の世の中では珍しいだろう。
そういった意味で言えば、自分の力を最大限使える場があるというのは、ある意味で恵まれていると言えるのかもしれない。
……死亡率三割越えという部分に目を瞑れば、ということになるが。
「グランドアクト以外にも、スタイルが使うことが出来る場所はあるっていう、視野があればいいんだよ」
「結局、説教しにきたんじゃん。うざあー」
「君がそう言えって話を振ってきたんじゃん」
「振ってねーし!」
ああだこうだと言い合っていると、バラムのスマホが連続して通知音を鳴らす。誰だと思って見てみると、アクトリンクのグループチャットがすごいことになっていたので、バラムはそっとスマホをポケットにしまい直した。
「じゃあ、僕は行くね」
「二度とくんな!」
「頼まれても来ないよ、面倒くさい」
そうして、バラムは公園から去っていった。
彼の行動は客観的に見て、非常に危険なものだった。だが、何もバラムは保険なしに一人でここへ来たわけではない。
本人は、最悪三人に殴り掛かられたとしても、自身の持つリバイヴの力で傷を治すつもりでいたし、それが出来るだけの根拠と自信があったからここに来ていた。決して、見切り発車などではない。
とはいえ、少しおせっかいを焼きすぎたと、バラムはあくびを噛み殺しながら、今頃ポルクスに捕まって怒られているであろうクレアを思い、本当に懲りないメイカーだと呆れていた。
バラムが去った後、三人は残りのお菓子を食べ終え、また何をするわけでもなくスマホを弄っていた。
『どうしてもグランドアクトで活躍したいなら、メイカーを探してみたら?』
面倒くさいと言いながら最後にバラムが残していった言葉を、三人は心の奥で繰り返しながら、その日は太陽が沈むまで、それぞれがスマホで何かを検索していた。




