20.もう一度、あの舞台へ
ポルクスに半ば引きずられる形でグランドアクトを後にしたクレアは、新しくチームに加入したハルマサも入れた三人で帰路についていた。
「ポルクス君はちょーっと過保護気味だなあって思ってたけど、撤回するよ。そんなことがあった次の日なら、そりゃあ心配するって」
「大事にはなってないから! それに、私自身が昨日のことは気にしてないから!」
「気にしろよ……」
ポルクスに事のあらましを聞いたハルマサは、最初に持っていた意見を完全に逆転させていた。
亜人同士の喧嘩ならいざ知らず、人間と亜人の喧嘩は大抵の場合、人間側がかなりひどい傷を負ってしまう。そうなるというのは小さな子どもでもない限り、社会全体において認知されていることだ。
なんだか、クレアはそれすらも理解していないんだろうな、みたいなことをポルクスが考えている気配を感じたので、クレアは自分がポンコツではないことを主張しておいた。
そうしたら、鼻で笑われた。
「で、ハルマサは俺たちの練習試合を見て気になってたって話だが、本当にそれだけなのか?」
「あー、やっぱそこらへん、気になっちゃう?」
「私への扱いがジェットコースター!!」
完全に話が切り替わったことにクレアは納得がいかなかったが、やっぱりスルーされた。解せない。
さておき、ハルマサは自分が初心者だから、同じく初心者のメイカーを探していたと言っていた。クレアはこれをまるまる信じ切っていたので、他にも理由があるなんてことはちっとも考えていなかった。
「言うのは全然構わないんだけど、笑わない?」
「クレアを騙したんじゃない限りは許すぞ」
「やだ、ポルクス君かっこいい」
さっきまであんな雑な扱いをしていたくせに、こうしてクレアのことを一番に考えてくれているような発言をしてくれる。だから、彼のことは憎めないのだ。
「大丈夫? ポルクス君の上げ下げで風邪引かない?」
「バカは風邪引かねえから大丈夫だ。いいから、さっさと本当の理由を言え」
「ポルクス君のせいで風邪引いたっ!」
やっぱりポルクスはひどい奴だ。クレアは一瞬で意見を曲げた。
「んやね、最近彼女が出来たんだよ。ただ、その彼女がCランクのプロチームにいるって知ってさ。ほら、ね? 男の子なら、分かるでしょ?」
さらっと言っているつもりのようだが、ハルマサの耳の中がほんのり赤みを帯びていた。
「見栄が張りたいのか」
「ストレート!」
もっとオブラートに包んでと、ハルマサの顔が赤くなった。
「彼女の隣に並んでも恥ずかしくないようにってこと? かっこいいね!」
どんな動機であれ、それが本人にとって大切なものならクレアは笑ったりしない。むしろ、素直にすごいと思っている。
すると、ハルマサは少しだけ眉を下げた。
「クレアちゃんはもうちょっと自分のこと、大事にしよっか?」
「うん?」
褒めたはずなのに、心配されてしまった。何故なのか、クレアはよくわからなかった。
「おや」
「あ、昨日のお巡りさん!」
わいわいしながら歩いていると昨日お世話になった警官、ミヤジと偶然出会った。
「あれから何か、困ったこととか起きてない?」
「はい! おかげさまで! 昨日は本当に、お世話になりました」
クレアが頭を下げると、ミヤジに大袈裟だと言われてしまった。なので、早めに頭を上げて、もう一度口頭でお礼を伝えた。
「あ、少しお聞きしたいことが」
「うん? なんだい?」
クレアは、ミヤジならローガンの居場所を知っているのではないかと思い、聞いてみることにした。
「ローガンさんがどこにいるか、ご存じだったりしませんか?」
「彼の? 知ってどうするのかな」
「もう一度、ちゃんとお礼をしたいんです。あの人は見ず知らずの私を、ただ近くにいたからって理由だけで、助けてくれようとしてくれました」
これは、嘘じゃない。
ちゃんとお礼を言いたいという気持ちはある。ただ、それ以上にもう一度、きちんとローガンと話したいというのが一番の理由だ。
人を騙しているようでいたたまれなくなったクレアは、すぐに視線を地面に落としてしまった。
「ふむ。……後ろの二人は、この後どちらへ?」
「クレアが家に帰るまで監視するのが仕事です」
「俺は、もう帰りたいなあって……冗談! ちゃんとついてくって!」
ポルクスがハルマサのことを思いっきり睨み付けたので、すぐに言いなおす。
これは、警官の前でやっても大丈夫なやり取りなのだろうか? クレアは心配になった。
「ローガンさんなら、この先にある河川敷にいた気がしたなあ。おっと、もうこんな時間だ。すまないけど、仕事に戻らせてもらうよ。気を付けて帰るんだよ」
「あ、はい! お仕事、頑張ってください!」
長々と引き留めてしまったことにクレアはまた頭を下げ、ミヤジを見送った。
「すんごい大根役者だったね」
「独り言の声がでかい人だったな」
「ちょっとだけ、川を見に行っていい?」
「付き合うぞ」
ミヤジはあくまで独り言を言っていただけで、個人の居場所を漏らしたわけではない。
ということにして、クレアたちは河川敷にやってきた。
ここには犬の散歩をさせている人や、ランニングに励んでいる人とすれ違った。
そんな中、川の直ぐ近くに座り込んでいるオオカミ族の男性がいた。
クレアは二人に目配せをしてから、ローガンに近づきながら声をかけた。
「こんにちは、ローガンさん」
「あ? 誰かと思えば、昨日の嬢ちゃんじゃねえか」
「えっと、偶然ですね! お隣、いいですか?」
「白々しい……」
「嘘つくの下手くそ過ぎだろ」
「なんで私の敵になるかな!?」
自分でも苦しい言い訳をしている自覚はあるが、それを実際に指摘されるのは納得がいかない。
というか、すぐにばらさないでほしいとクレアは怒った。
「さっさと用件だけ言って帰れよ」
おふざけに付き合う気分じゃないと、ローガンはすぐに視線を前に固定してしまった。
「改めて、お礼を言わせてください。昨日は、ありがとうございました」
「んなこと言うためだけに、俺を探してたのか? 律儀なことだ。で、本題は? どうせ、俺のことでなんかあるから来たんだろ」
「はい。私……ローガンさんのことを少しだけ知りました。十五年前に、何があったのか」
エンブレイズ暴行事件──暴力の連鎖と制度の限界。
永久追放の衝撃! プロ舞台から消えたエンブレイズのエースとメイカー。
女を巡る争いか? エンブレイズ暴行事件の真相とG.A.Cの処分。
昨日の夜、クレアがスマホで少し調べただけで、このような記事が大量に見つかった。
特色を出したいろんな記事を読んでみたが、大筋はどこも違いがなかった。
今から十五年前。
G.A.C公式戦を控えたBランクチーム内で発生した暴力事件が、競技界に激震を与えた。
発端はBランクプロとして名を馳せていたチーム、エンブレイズのメイカーが同チームの女性アクターに対し、暴力を振るったことだった。
事件はそれだけに留まらず、エンブレイズのエースだった男性アクターがこれを目撃し、メイカーに対して報復的な暴力を加えたことで公式戦は中止。
一部メディアやネットでは、痴情のもつれや女を巡る争いといった憶測が飛び交い、被害女性アクターに対する二次的な誹謗中傷も発生。
これに対し、G.A.Cが事実無根の憶測による誹謗は許されないと声明を発表する事態にまで発展した。
この事件を受け、G.A.Cは調査を行い、以下の処分を行った。
直接暴力を振るったメイカーとエースアクターは永久追放となり、グランドアクトでプロになる機会を永遠に剥奪された。
残留メンバーは、他のプロチームからの勧誘があれば移籍を許可。なければプロ資格を剥奪とした。ただし、アマチュアから再挑戦する道は残された。
また、G.A.Cはチーム内暴力に対する即時調査と処分を明文化。加えて、今回の調査によって浮上した過剰な血統主義に対する現状を変えるため、大幅なルール改定を行う旨を発表。
この、グランドアクトの大きなルール改定というのが、能力の上下限は維持しつつ、訓練による伸びを緩やかにする、というものだった。
これにより、改定前に起きていた、大体の者が能力上限値に達しているという状況が大きく変わり、努力が必要な環境に変化した。
同時に、今までは血統主義とも言える、強いとされる組み合わせのアクターたちより、きちんと訓練を積んで能力値を伸ばせるアクターたちが上へ上がっていくことが増えた。
以上が、十五年前に起きた出来事と、エンブレイズでデュアルエースを務めていたローガンに降りかかった悲劇だ。
「でも、ローガンさんはG.A.Cが行ったルール改定に納得が行かなかった。それは、どうしてですか?」
ローガンが目指したのは、能力上限の撤廃だ。
しかし、実際に行われたのは、上限までに行きつくための負荷が上がるという、擬似的な上限引き上げだった。
これらは一見して矛盾しているように見えるが、実際はどちらも努力を重ねた者がより上にいけるものになっている。
形は違えど、目指していた場所は近いと言える。
「さあな。なんで、納得いかなかったんだか……」
クレアに問われても、ローガンは答えられなかった。
何故、あんなにも上限撤廃に拘っていたのか。最早、そこさえ分からなくなっていた。
「多分、血統主義を否定したかったんだよ、俺は。上限が無くなれば、努力した分だけ力がつく。そうすれば、誰だって天辺を目指せる。若い頃は、本気でそう考えてた」
この考え方は間違いだと、クレアは思わなかった。だから、黙って頷いた。
「だが、俺は……俺たちエンブレイズは負けが込んだ。負け続け、誰もが焦っていた。負けるのは、自分が弱いからか? チームの問題か? メイカーのせいか? 俺は、制度が悪いと思った」
負け続けるという苦しい状況の中、ローガンは制度に問題があるのではないかと考えた。
だが、他のメンバーたちはそうじゃなかった。
「最初に不満を爆発させたのは、メイカーだった。負けるのはお前たちのせいだと。もっと強いアクターと交代させてやると。これを聞いたアクターたちは、みんな怒った」
「当然だな」
「俺もそれ言われて怒らないってのは、ちょっと自信ないなあ」
ポルクスとハルマサも、自分がそれを言われた時の想像をしたらしい。もちろん、ローガンに同情していた。
メイカーの立場であるクレアも、思いっきり首を縦に振って同情していた。
今のメンバーは、みんな縁があって集まった大切な人たちだ。それを道具のように思っているローガンの元メイカーの発言は、到底許せるものじゃなかった。
「ここで、メイカー対アクターになったなら、まだマシだった。だが、そうはならなかった」
メイカーが不満を爆発させたことで、アクターたちも次々と不満を爆発させた。
そこで上がった声は、主に二つだった。
「このチームの敗因は、種族とスタイルが噛み合ってない、いわゆる雑種と呼ばれるアクターのせいって主張する奴が、意外といたんだよ。もう一つは、メイカーの指示が甘いせいだとか、チームの連携が悪いだとか、ありきたりな理由だ」
血統主義と同じく、雑種もグランドアクトにおける業界用語の一つだ。意味としては、まさに血統の反対語として使われている。
「同じチームのアクター同士ですら、意見が割れていたのか」
「じゃあ、メイカー対アクター対アクター、みたいな形になっちゃったわけだ」
「そういうこった。……最悪だったぜ、あの時の空気はよ」
それはもう、想像するまでもない地獄だろう。クレアだってそんなのは絶対にごめんしたいし、絶対に引き起こしたくない事態だ。
「んで、内輪で揉めてるところにトドメを刺したのが、メイカーの暴力事件だ。そっから、エースアクターの報復による過剰なまでの暴力。当然、事件は明るみになった。チーム解散って言われた時は正直、もうこいつらと一緒に戦わなくていいって、ホッとした自分がいた」
ここらは、記事にあったとおりだろう。
ローガンがこの出来事に巻き込まれたことを思うと、あまりにも不憫だ。
「経緯は分かったが、それがどう血統主義の否定に繋がる?」
「俺たちは何故、負け続けたのか? この話は、最後まで決着がつかなかった。というか、その前にチームが解散しちまったからな。永遠に解決出来なくなっちまった」
チームが残っていたとしても、答えはでなかったかもしれない。だが、チーム解散により、一欠片の可能性すらもが砕かれてしまった。
これが、ローガンの胸の中にくすぶり続けてしまった。
「俺は、制度云々を抜きにするなら連携が悪いと思ってた。今まで勝ててた実績はあるが、だからこそ、対策され始めたんだと」
「一理あるな。強いとされる戦法も、分かっていれば対策できる。そうすれば、意外と簡単に突破できたりする」
ポルクスの意見にローガンは頷き、続ける。
「俺たちエンブレイズは、器用な方じゃなかった。対策をされ、苦しかった場面なんていくらでもあった。だからこそ、新しい戦法が必要だと俺は思い、提案した」
だが、チームメンバーたちから返ってきた言葉は、ローガンへの呪いとなった。
「優れた血統の塊がそれを言うって、なんかの皮肉か? ってよ。……俺は、今までずっとそういう目で見られてたんだなって、そのときになってようやく気づいた。馬鹿みたいだろ?」
彼の種族とスタイルは、グランドアクトの中でも理想的な組み合わせとされている。だからこそ、努力も苦悩も、周囲には当然の結果としか映っていなかった。
それがまさか、仲間たちからさえもそうとしか思われていなかったことに、ローガンはひどく打ちのめされた。
「そんなこと……。ローガンさんは、何も悪くないのに……」
「じゃあ、あんたはそれを否定したくて上限撤廃に拘ったのか。上限がある限り、行きつく先は血統主義になるから」
「実際そうだろ? 上限値いっぱいまでいける奴がグッと減ったとはいえ、元の能力が噛み合ってる奴はそれだけで強い」
「否定はしない。だが、それなら何故、もういいとなった?」
ローガンの言っていることは正しい。
頭打ちがある以上は、そこまで行ったもの同士の間で最後に優劣を分けるのは、種族とスタイルの組み合わせだ。
これを無くすには、上限を撤廃するしかない。
「昨日、嬢ちゃんを助けたプロの動きを見たか? あれは、アクトフィールド内で発現できる上限を優に越えていた。つまり、上限を撤廃すれば、あいつはもっと上にいけるだろう」
「バラムのお兄さんって、そんなに凄かったんだ……」
クレアは驚いた。昨日、自分を守ってくれたあの動きが、実は命を削るほどのものだったなんて。それを知って、感謝の気持ちがさらに強くなった。
「だが、あれは危険だ。能力が過剰すぎて、体への負荷が馬鹿みてえに高い。もし上限を撤廃なんかしたら、選手生命が今の十分の一、下手すれば一年も持たない選手が続出する」
「なるほどね。上限は足枷だと思ってたけど、実際は選手の命を守る大事なリミッターだったってことか。G.A.Cがここまで分かって当時の判断を下したなら、大したもんだね」
「それに、グランドアクトは老若男女問わず、誰でも出来るのが売りだ。上限を撤廃すれば、選手層は一番体が成熟する時期の亜人だけになっちまう。俺はなんで、こんな簡単なことに十五年も気付かなかったんだろうな」
このことにようやっと気付いたローガンは、自分の行いに終止符を打った。
そうして、彼に残ったものはグランドアクトによって全てを壊された人生だけとなった。
「ローガンさんは自分で気づいて、自分の意志で終止符を打った。それって、本当にすごいことです。何かを決断して動くのって凄く怖くて、勇気がいることだって、私は思うから……」
たとえ、動機が自分のためだったとしても。十五年もの月日を、正当な方法で訴え続けることは、簡単にできることではない。
そして、自分の考えが間違っていたのだと感じる出来事に出会い、このことを自分の中で消化させるなんてことが、そう簡単にできるわけがない。
「終止符か。そうだな、終止符を打ったんだ。制度を変える理由がなくなったからな。……一体、俺の人生はなんだったんだろうな」
ローガンはグランドアクトによって人生を壊されたと言っているが、それでもグランドアクトを忘れられないのは、それだけ深い思い入れがあるからだ。
楽しかった記憶も、苦しかった記憶も。これら全部を含めて、グランドアクトに関わってきたことの全てが、ローガンの人生なのだ。
ローガンは何も言わない。ただ、遠くを見るような目で、過去に思いを馳せているように見える。
そんなローガンの真正面に立ち、クレアは言った。
「グランドアクトが忘れられないなら、私と続けましょう」
「あ?」
クレアがグランドアクトを始めたのは、半ば現実逃避だった。うまくいかない現実から逃げるように、口ではプロを目指すなんて言いながらも、心のどこかで素人の自分がなれるはずがないと思っていた。
でも、今は違う。
ポルクスの本気に触れて。ティルと一緒に前に進んで。バラムの知識に助けられて。
クレアはもう迷っていない。
本気でプロになることを目指し、自分の意志でこの舞台に立っている。
「今度はBランクなんかじゃなく、今の制度に変わったグランドアクトでチャンピオンまで上り詰めて、俺は帰ってきたぞって見せつけてやりましょう! そのために必要なメイカーは、私がやります。まだ未熟だけど……絶対に、諦めません」
クレアははっきりと言い切り、ローガンに手を差し出す。その手はとても小さなものだったが、確かな覚悟が宿っていた。
彼はそれをじっと見つめていたが、ふと視線を落とした。
その目にはほんの一瞬だけ、迷いが宿っていたように見えた。
「帰れ。もう、俺に関わるな」
声は低く、どこか苦しげだった。
それは拒絶というより、過去に縛られた男の、最後の防衛線のようだった。
「でも……!」
「クレア。これ以上はやめとけ」
「ローガンさんにも、考える時間が必要なんじゃない?」
なおも食い下がろうとするクレアを止めたのは、ポルクスとハルマサだった。二人に止められたことで、クレアも自分が熱くなりすぎていることに気づき、頭を下げた。
「もし、考えが変わったら。ここに連絡してください。私はいつでも待っています」
クレアは鞄からノートを取り出し、自分のスマホの連絡先を書いたページを破って渡す。ローガンは何も言わず、それを静かに受け取った。
こうして、ローガンとの再会は幕を閉じた。




