19.俺とかどう?
即興試合を終えた次の日。
朝早くから、クレアのスマホが通知を受け取った音を鳴らした。
既に目を覚ましていたクレアは身支度を整えていたので、その手を止めて確認する。
「うん? 今日はお休み?」
アクトリンクに送られてきたメッセージは、今日は大事を取って一日お休みにしよう、といった内容のものだった。差出人はポルクスで、そこから連続的に了承する連絡が飛んでくる。
現在四人しかいないグループチャットで、三人が了承した時点でクレアが何を言ってもお休みになるのは確定だろう。クレアも肯定のスタンプを送っておいた。
「気を遣わせちゃったなあ……」
クレアは昨日、家に帰ってから自室で一人になった後も特に何かを感じることはなかった。
不安になるとか、怖いといったものはなく、どちらかと言えばグランドアクトの楽しさへの興奮が蘇ってきて、眠れなかった方が大変だった。
それから、クレアは自分のことよりローガンのことについての方が、よっぽど気になっていた。
一体、あの人に何があったのか。
スマホで調べているうちに空が白んできていて、クレアは完全に徹夜をしてしまった。実をいうと、朝は起きたのではなく、起きていたというのが正しい。
クレアはグループチャットに並ぶ言葉を見て、少しだけ罪悪感を覚えた。でも、その気遣いに甘えることはできなかった。
「今は、休んでる場合じゃない。私がもっと、強くならなきゃ」
その思いが、彼女をある場所へと向かわせた。
♢
準備を済ませてクレアが一人で来た場所は、グランドアクトスタジオだった。今日は入口でアクシィを借りず、ルールベースへ向かう。
朝が早いこともあり、人はまばらだ。共有スペースもガラガラで、すぐに席を確保できた。
クレアは鞄からノートとペンを取り出し、スマホでアクトリンクを立ち上げる。そこから、いつも利用しているチャットの吹き出しアイコンではなく、アクシィの顔がアイコンになっている方をタップする。
別ページに移動したことで、液晶画面には『観戦記録』『ステータス推測』『公式採録戦』と三つのボタンが出ている。ここから観戦記録を選択すると、自分が今まで戦った記録の他にも、相手チームのデータを探せるよう検索欄もある。
クレアは見るものをもう決めているので、迷うことなく昨日の観戦記録を開いた。
観戦記録には、自身が行った試合が最大三つまで記録されている。それ以降は古いものから削除されていく。ちなみに、公式採録戦は公式大会限定になるものの、一年間まで遡れるようになっている。
また、相手メイカーのアカウントを調べれば、その人がこれまで行ってきた最新の試合記録が三つまで確認でき、戦績も見ることが出来る。
初めての対戦相手となったイレーラはこの機能を使い、クレアの戦績を調べていたということだ。
昨日の試合中、ポルクスに反省会をすると言われたことをクレアは覚えていた。色々あったためにそれは流れてしまったが、バラムにも指摘されたとおり、ミスが多かった試合だった。
これを見直し、どこがいけなかったのかをきちんと見つけられれば、それを次に活かせる。
どこがいけなかったのかを見つけられない時は、覚えたルールに抜けなどがある可能性が高い。だから、もう一度ルールの見直しを行う。
きちんと指針を立てた上で、クレアは少しでも効率よくなるよう、試合を見直し始めた。
画面の中には、昨日の試合の記録が並んでいる。クレアはこれらを見て、自分の指示の正確さを確認していく。
「ここで間違えちゃったのは、私が大事なルールを忘れていたから……」
彼女の視線はデータとノートの間を行き来するばかりで、昨日の仲間の表情や声は、記憶の中からすっかり抜け落ちていた。
♢
勉強を始めてからどれほど経ったか。
クレアは、自分がぼんやりとした意識の中にいることを不思議に思った。それから、どうして不思議に思ったのかをゆっくりと考えだす。
「…………ほぁっ」
「うお」
完全に寝落ちしていたクレアが変な声と一緒に勢いよく起き上がると、すぐ近くで男の人の驚き声が聞こえた。
「だ、だれぇ?」
「第一声がそれってどうなの?」
自分の体重でしわしわになったノートを伸ばしながら、クレアは何故か隣に座っている男の人をよく見てみた。
まず目につくのは、丸みを帯びた三角の耳だ。縁は黒く、どこか可愛らしい印象を与える。彼が一回座り直した時に見えた小さな尻尾も、先端が黒かった。このことから、クレアは男の人をタヌキ族だと見た。
髪は紺色をしていて、短く切り揃えられている。身長は多分、ポルクスよりちょっと高いぐらい。
顔つきはさわやかなお兄さんといった感じで、初対面ながら気を許せてしまう、そんな緩さがある。
「え……本当に、誰ですか?」
「俺? 俺はハルマサ。今日はいつも君と一緒にいるメンバーがいないなって思って見てたら、君が寝ちゃうからさぁ。流石に女の子一人でいるのに、そのままはまずいかなって」
「あっ、見守ってくれていたんですか? それはどうもご丁寧に、ありがとうございます」
ニコニコと人懐こい顔で言われ、クレアはすんなりと納得してお礼を告げた。
「うーん、なんと言うポジティブシンキング……」
「そういえば、どうして私のことを知ってるんですか?」
「ああ、知ってるって程じゃないよ。たまたま、この間ゲームブースでやってた試合を見てたってだけ」
「ということは、私の初試合を見ていたんですね。あ、私はクレアと言います」
名乗ってもらったのに、こちらは名乗っていないことに気づいたクレアが名前を伝えておいた。
「クレアちゃんね。それで、今日は何で一人なの? いつもはほら、カラス族の男の子とかと一緒だったじゃない?」
「今日のチーム活動はお休みなんです。でも、私はまだまだ初心者なので」
「なるほど、一人でも勉強をってことね。ってことは、アマチュアってことでいいのかな?」
「これでも、プロを目指して頑張ってます!」
やる気はありますと、クレアは両手で握りこぶしを作ってハルマサにアピールする。これに対し、彼はうんうんと頷いて、こう返してきた。
「いいねぇ。実はさ、俺もプロを目指してみたいって思ってたとこなの。でさ、もしクレアちゃんのチームに空きがあったら、俺も入れてくんない?」
「えっ、私のチームに入りたいんですか? な、なんで?」
今の流れでチーム加入を望んでくる要素がどこにあったのかが分からず、クレアは何度も頭を捻っている。
「理由はいろいろあるけど、一番は入りやすそうだなってところが決め手かな?」
ハルマサにウィンクまでされたわけだが、クレアにはそれの何が重要なのか分からず、ますます頭を捻ることになった。
「本気でプロを目指してるタイプのアマチュアで、今時期になってまだ六人揃ってないところってまずないからさぁ。素人みたいな俺が入れる場所なんて限られてるわけよ」
「あ、ハルマサさんも初心者なんですね」
「そうなのよ。だから、クレアちゃんみたいな新人メイカーさんかつ、メンバー募集中なチームが、俺としてもすごく狙い目なわけ。実際、人数足りてなくて困ってるでしょ?」
「それはまあ、はい……。でも、勝手にメンバーを増やすのはどうかなって」
早く六人揃えないといけないことは重々承知だが、そろそろメンバーの得意不得意に目を向け始めないといけない時期でもある。どうにか揃ったけど、全員がアシスト向きの能力をしてました、みたいな事態が起こっては非常にまずいことは、昨日の試合で学んだことだ。
「ええ? クレアちゃんがメイカーなんだよね? だったら、決定権はクレアちゃんが持ってるもんでしょ? それとも、他の誰かがリーダーをしてるチームだったりするの?」
「そんなことはありません! 私がメイカーなので、私がリーダーです!」
ハルマサの言葉にムッとしたクレアは、胸を張って自分がリーダーだと言い切る。
実情を見るとポルクスがリーダーなのか、バラムがリーダーなのか分からないのだが、メイカーであるという矜持はクレアにもある。
「じゃあ、俺のこともチームに入れてくれるよね?」
「いいですよ! そこまで言うなら、私のチームで頑張ってもらいます!」
「おっ、いいの? じゃ、ささっと登録しちゃおっか」
あれよあれよと流されるまま、クレアはハルマサへ招待を送る。すぐ隣で承認のボタンをハルマサが押してから数秒後、新しいメンバーがチームへ加入した旨の連絡がグループに表示された。
♢
【名前】ハルマサ ♂
【種族】タヌキ族
【スタイル】「アンノウン」「トリックスター」「スティグマ」
【役割】なし
【ステータス】
生命力:E
攻撃力:D
防御力:D
魔法力:D
精神力:D
素早さ:D
【アクティブスキル】
痕跡残響
リカルシェット
苦呪縛
アウトレイ
【パッシブスキル】
沈黙の引導
リミックスマーキング
♢
「見てのとおり、俺のデータはこんな感じ。ま、これからよろしく」
「ハルマサさんはトリプルスタイルなんですね。……わわっ、すごい! スタイルアクティブスキルをいっぱい覚えてるんですね!」
「あ、なんかそれ、すごいらしいんだって? 俺ってば、なんか才能あったっぽいんだよねえ。まあ、そこそこに頑張るからよろしく」
「はい! 一緒に頑張りましょう!」
「あ、敬語とかいいよ。いつものメンツにしてたノリでいいから」
その方がチームに早く馴染めそうだから、とのことなので、クレアはハルマサの言葉に甘えることにした。
「それはそれとして、早く残り二人も見つけないとだね」
「メンバーを揃えるのも大切だけど、そろそろ今のメンバーをどういう方向性に伸ばしていくか、じっくり考えてもいいかなあって、私は思ってるの」
プロになる条件の一つに、チームメンバーが六人以上いること、というのがある。これはポルクスと出会い、メイカーになった時に聞いていることなので、まだアクターを集めないといけないことはクレアも重々承知している。
とはいえ、この短期間で四人も集めたのは快挙ではないかとも、クレアは考え始めている。今のメンバーの方向性を決め、そこから足りないものを見つけ、残りのメンバーでその穴を埋める。
こうすれば、弱点の少ないチームに出来るのではないかと、クレアはクレアなりに考えていた。
「じゃあ、もうすぐ始まるシーズンワンへの参加は見送る予定?」
「シーズンワン?」
「新年から始まる、シーズンワンのオープンエントリー――あ、もしかして、これも知らない?」
「なんの、話でしょう……?」
これを知らないなんて言えば、お説教コースに間違いない。今この場にいつものメンバーがいなくてよかったと、クレアは胸を撫でおろす。
「お願いします! シーズンワンとオープンエントリーなるものについて、どうぞご教授、ご鞭撻のほどを……!」
そして、ハルマサに助けを求めた。
「そんな必死にならないでも、ちゃあんと教えるって。俺も最近知ったぐらいだし、興味を持ってなかった人は知らなくて普通だよ」
大丈夫だと言いながら、ハルマサは説明してくれた。
シーズンとは、G.A.Cが定めた基準で年間で三つに区切られた期間を指す言葉だ。
一月、五月、九月から始まり、それぞれがシーズンワン、シーズンツー、シーズンスリーと呼び分けられている。
各シーズンは原則三か月間とし、残りの四月、八月、十二月を休息期としている。
この期間内に行われるのは主にスキルの調整で、既存スキルのバランスを見直すことが多い。
新しい要素の追加など、大きくバランスが変わるような調整については滅多に起こらないが、零ではないらしい。
「クレアちゃんはプロになることを目標にしてるってことだけど、実際のところ、どうやってプロになろうとしてたの?」
「うっ。その、実はそこがよく分かってなくて。今はルールを覚えたりするので、精一杯だったり。売り込みとかすればいいのかな? みたいなことは、漠然と考えてるんだけど……。でも、誰にどうやって売り込めばいいのか……。私、ほんとにプロになれるのかな……」
我ながら酷い言い訳をしていると思い、クレアはしょんぼりする。プロになると豪語しておきながら、実際どうすればいいのかを今になってもまだ知らないというのは、とんだお笑い草である。
「なるほどねえ。このシーズンっていうのは、アマチュアがプロになるための切符売り場なんだよ。もちろん、簡単な道じゃないんだけどさ」
アマチュアからプロへ昇格する方法。
それは、シーズンで行われるオープンエントリー予選に出場して、ここで結果を残すことがプロへ昇格するための、唯一の方法だ。
「プロになるのって、そういう方法だったんだ! え、でもシーズンワンって、一月からだよね? 今日が十二月の下旬だから……もう一週間もないんですけど!」
「うん。だから、アクターをじっくり育てる前に、これに間に合わせるつもりなら早くアクターを揃えた方が良いよ?」
このことを、ポルクスやバラムが知らないとは思えない。
クレアはなんでこんな大事なことをもっと早く教えてくれなかったんだという気持ちと、もっと早くから調べておかない自分の大馬鹿者という気持ちでぐちゃぐちゃだ。
「なんっ、ど、え、どうしよう! シーズンワンを逃したら、次はシーズンツーまで参加権がないってことだよね? つまり、四か月間の空白……?」
「本当に初心者なんだねえ。クレアちゃんはメイカーになって日が浅そうだし、次に回してもいいんじゃない?」
二人もそのつもりで、何も言ってこなかったのだろうか。
しかし、バラムは何かを急いでいた印象がある。もしかすると、このシーズンワンで行われるオープンエントリーに間に合わせるつもりだったのかもしれない。
「あの、オープンエントリー予選に出場するためには、何がいるんですか?」
「参加する条件は確か、チームに加入しているアクター数が六人以上ってことと、3vs3以上の観戦記録が三つ以上登録されていること、だったかな」
以上の条件を満たしていれば、オープンエントリー予選の参加申請期間中に、誰でも登録できるようになっている。
参加締め切り後は各都市別にブロック分けが行われ、最終チームが四十組になるまで公式によって振り分けられた相手と試合を行っていく。
最終選考に残った四十チームは、シーズン終盤に開かれるアマチュア公式大会への出場権を得られる。ここで、各ブロック毎に優勝を果たした合計十組のチームが、晴れてCランクプロへ昇格できる、というわけだ。
「じゃあ、今の私に足りていないのはアクター二人と、観戦記録に残る3vs3以上の試合が二回分ってことだね。どうにかして、間に合わせないと……」
オープンエントリー予選は、参加回数の上限制限は設けられていない。そのため、毎年三回全部に参加することも出来る。
それもあってか、毎シーズンの一都市における平均参加チーム数は二百前後と言われている。この内プロになれるのは十組だけなので当然、プロへの道は簡単ではない。
クレアとしては、たとえ一回戦敗退になったとしても、参加して感覚をつかむのは早い方が良いと思った。
だからこそ、年に三回しかないうちの一回を逃してしまうのは、あまりにも大きい。
「あー……うん。オープンエントリーの参加条件について心配するのもいいんだけどさ。今は多分、自分の身の危険を心配するタイミングじゃないかなあ……なんて」
「身の危険?」
「よお」
ハルマサは何を言っているんだろう。そんな疑問を抱く前に、答えの方からやってきた。
「ハ、ハルマサさん……。私、振り向いたらどうなっちゃうかな……?」
「振り向かなかったらお説教で、振り向いたらお説教じゃないかな」
これが袋の鼠なのかと、クレアは泣く泣く振り向くことを選んだ。
「こ、こんにちは。ここで会うなんて奇遇だね、ポルクス君。あは、あはは……」
「今日は休みだって、グループチャットに送ってあったろ。しかも、今どこにいるって聞いても何にも返事してこねえし。ったく……お前が無事だったからいいけど、心配したんだぞ」
昨日はあんなことがあったから大事を取れ、ということで休みにしたというのに、クレアと言えば何事もなかったかのようにグランドアクトスタジオに来ているのだから、ポルクスは大変なおかんむりだ。
もっとも、それだけならクレアの行動はバレなかったのだが、ハルマサを勧誘したことでチームメンバー全員にその通知がいったため、今日の行動が筒抜けになったわけだ。
「わぁ……いっぱい連絡が来てる」
アクトリンクのグループチャット欄は、すごいことになっていた。
♢
【ハルマサがチームに加わりました】
『あんた何やってんだ』
『迎えに行くから場所教えろ』
『今どこだ』
『早く返事しろ』
『メリーベルにあるグランドアクトスタジオに、俺と一緒にいます』
『絶対逃がすなよ。迎えに行く』
♢
居場所を答えている連絡以外、全てポルクスからである。流石に心配が過ぎないかと、クレアは他人事のように考えることで現実逃避していた。
「いやあ、オープンエントリーの話をしてる間にすんごい勢いでスマホから通知が来てるのに、クレアちゃん気づかないからさあ」
「教えてくれてもよくない!?」
「真剣に聞いてるし、俺が場所教えたからいいかなって」
「さらっと私を売ってるところがなおひどい!」
「ひどいのはあんたの方だっつってんだろ。休みの意味、分かってんのか?」
「ひぃぃん……」
この後、めちゃくちゃポルクスから説教された。クレアは半べそをかいていた。




