12.アルフィの用事
バラムは、兄のスマホを使って電話をかけてきた、アルフィという女性の呼び出しに応じるため、目的地へ急ぐ。
選択肢のないものであったが、とにかく応じたのである。
彼のスマホに送られてきた位置情報を元に、四人がたどり着いたのは、郊外にある小さな公園だった。
指定された公園の入り口からやや離れたところに、男女で誰かを待っている人物たちを発見した。
「バラム! 来てくれたのね!」
こちらに気づいた女性が、バラムの名を呼ぶ。周りが静かなこともあり、女性の声が一際大きく聞こえた。声のした方にクレアたちが向かうと、待っていたもう一人の男性は、見た目がバラムによく似ていた。
「来てくれたのね、じゃないんだけど」
「まあそう怒らないでよ。実はね、私の大切なものが、ガラの悪い連中に盗まれたの」
バラムに話しかけている女性が、アルフィと見て間違いないだろう。彼女はこちらには目もくれず、バラムを見ながら、呼びだした事情を話し始めた。
「人の物を盗っていく奴に、返せー! って言ったところで、返すわけないじゃない? だからね、グランドアクトで取り返そうと思ってるの」
「賭け事を仕掛けるってこと?」
「そう! 確か、グランドアクトには即席チームを作る機能があったじゃない? ほら、ドリームマッチなんかで使われてるやつ」
グランドアクトには即興試合というものがあり、その場で集まったメンバーだけでグランドアクトが行えるよう、即席チームというものが作れるようになっている。
アクトフィールドを展開したアクシィに、その場にいる亜人同士が仮チームの登録をすることで、グランドアクトを遊べるようにする機能だ。
これを利用するのは主に学生が多く、アクターになる気はないけどちょっとした遊びで……といった感じらしい。
公式でもこの機能を利用した、ドリームマッチと呼ばれる大会が毎年開催されている。公式でありながら戦績には残らない、まさにお祭りのような催しだ。かなり人気らしい。
公式大会でのドリームチーム結成は、特殊な方法でここにメイカーを付随させるそうだ。
一方で、一般の方ではアクターさえ揃えば、メイカーがいなくてもチーム結成が可能という仕様なため、まずメイカーがつくことはない。
ただし、メイカーが不在ということは指示系統がないということなので、どうしても戦術面では劣りやすく、正式な戦績として扱われることもない。
これらのことが、グランドアクトの公式サイトに載っていた。
「即席チームは手軽さが売りになってるけど、メイカーがいない分、揉め事も多いんだから止めときなよ」
「殴って奪い返すより穏当でしょ?」
(そうかな……そうかも……)
クレアはアルフィの言い分に、理解を示し始めた。
「プロに在籍してるアクターが、即席チーム作って蹂躙してくるのは穏当じゃないんだよ」
(すごい詐欺だった!)
バラムの方がごもっともだと、クレアは心の中で手の平を返していた。
「大体、物を盗まれたんなら警察呼びなよ。僕、忙しいんだけど」
「警察なんか呼んだら大事になっちゃうじゃない! ただでさえマリシアちゃんは忙しいのに、こんなことで迷惑かけられないよ!」
「僕には迷惑かけていいって発想、いい加減止めてくれる? 僕ももうチームに入ったんだよ。それがどういうことか、プロなら分かるでしょ?」
「――えっ? チームに、入ったの? どこの、え、なんで?」
先ほどまでの勢いが嘘だったかのように、アルフィが狼狽え始める。バラムの口から聞かされた言葉を一語一句、理解したくない言わんばかりの拒みようだ。
「彼女が僕のメイカー、クレアだよ」
「あ、初めまして。クレアです……」
この流れで紹介するのーっ!?
そう叫ばなかっただけいっぱい褒めてほしいと、クレアは思った。
「だ、だれっ!? いつからいたのっ!?」
「最初からいましたよ!?」
「気づいてなかったのか……」
「気づいていなかったのか」
バラムと一緒に突っ込むのは、アルフィと一緒にいた男性だ。やはり、彼がバラムの兄に違いない。
「気づいてたなら早く教えてよ! バエルのバカ!」
「む……すまない」
「口を挟むタイミング、あったか?」
平然と謝っているバエルを見て、思わずポルクスが口を挟んだ。
「なかったでしょ。ああ、クレアに妙な既視感を覚えてたけど、今分かった。アルフィとダブって見えてたんだ」
「今ポンコツって言った?」
「言った」
「ひどいっ!」
二人して地団太を踏んで抗議するところなんて、まさにそっくりさんである。彼女たちが姉妹でないという現実に、摩訶不思議さを覚えた者たちがいるとか、いないとか。
「話を戻すけど、そういうわけだから。こんな野良試合、僕はやらないよ」
「そ、そんな……。このままじゃ、マリシアちゃんにもらった手作りミサンガが……」
「俺のでは、ダメか?」
両目に涙を浮かべ、今にも泣きだしそうなアルフィに、バエルがミサンガを懐から取り出す。
水色を多めに使い、アクセントに紫色の糸が混ぜられて作られたそれは、ところどころ糸のほつれが見て取れる。
「これはマリシアちゃんが、お揃いにってチームメンバー全員にくれたものじゃない。バエルからもらったところで、何の解決にもなってないぃ……」
アルフィは、とうとう泣き出してしまった。それでも、唇を噛んで何かを飲み込み、これ以上バラムに縋ってくることはなかった。彼女なりに、バラムが別のチームに入ったことの意味をきちんと理解しているようだった。
「バラム、すまなかったな」
「僕も言ってなかったから」
「構わない。元より、俺は二人で解決するつもりだった」
「ちょっ――それはダメだって! 相手は何人いるか、分からないんだよ?」
人の物を盗んでいくような粗暴な連中に、常識など期待するべきではない。いくら二人がプロアクターとはいえ、二人だけというのは無謀である。
バエルが強硬手段に出ようとしていたことを知ったバラムは、流石に慌てた。
「相手は三人だ。それに、素人なのは間違いない。随分と遅かった。……流石に、飛び掛かるのはプロとして、な」
「ああ、兄さんの脚で余裕だったのか。じゃなくて、それでもダメだって。向こうは多分、それが狙いだ。グランドアクトで勝ったところで、あれこれ文句付けてくるのがオチだよ。むしろ、プロなのに弱い者いじめしてるとかって、難癖付けてくるよ」
「分かってる」
「分かってない。そっちの方が、マリシアさんに迷惑かかるでしょ」
それを言われると弱いらしく、バエルがしょんぼりした。バラムより高いはずの身長が、今だけは低く見える。
このままでは、バエルはバラムに言いくるめられてしまいそうだ。そうなったら、今度はアルフィが一人で行く、なんて言って暴走するかもしれない。
「あのー。私が試合すれば、問題なかったりしないかな? ほら、公式の記録として残っていれば、難癖をつけられても合法的に言い返せるよ!」
「即席チームと対戦した相手が、アクトリンクで正式に登録されているチームの場合、登録チームの方は正式な記録として扱われる、だったな?」
「ああ、あったね。そんなルール。でも、いいの? 相手は作法とかないだろうから、暴言とか吐かれまくるかもよ?」
「暴言程度でイキってるなら、甘っちょろい奴らだな」
ポルクスが鼻で笑い飛ばす。本当にその程度は些事だと思ってるらしい。
思い付きで言ってみたことが思ったより形になりそうで、クレアはぱあっと表情を明るくした。
「暴言は嫌だけど、これもいい経験かな? 公式試合なんかでは、たまに野次も飛んでくるらしいし……」
「意外と肝が座ってんな」
「まあ……本音では、二人がいればそこそこ勝算があるだろうからってのが、一番の理由なんだけど」
「それでいいよ。兄さんが追いつける程度の連中に、後れを取るわけないし」
暗に、負けるわけがないと言い切るバラム。もしかすると、彼はものすごい自信家なのかもしれない。
「……いいの? 私たちの代わりに、戦ってくれるの?」
話がまとまりだしたことで、泣いていたアルフィが顔を上げてこちらを見上げている。
「はい! 任せてください! でも、負けて返ってこなかったらごめんなさい! その時は、警察呼んでください……」
今回のアルフィの行動は、一方的なものであり、褒められたものではない。
しかし、彼女も被害者だ。そもそも、彼女の大事なものを盗んだ連中が、一番悪いのである。クレアは、そんな悪い連中を許しておきたくなかった。
「ふ、ふふっ……。そこは自信をもって、絶対に勝ってきますって言い切るところよ! そういう口八丁も、メイカーには必要なんだから!」
「練習試合を一回しただけのメイカーがそれを言ったら、ただのビックマウスなんだよね」
「え、一回? ちょ、ちょっと、それって大丈夫なの?」
「じゃあ、そういうわけだから。軽く潰してくるよ」
公園の中にたむろしているであろう邪知暴虐な半グレどもを、必ずやグランドアクトでギャフンと言わせてやる。
なんてことをバラムは考えていないだろうが、クレアはそれぐらいの気概を持って、廃れた公園に踏み行った。
この公園は、廃れてしまってから長い時間が経っているようで、遊具は汚れており、雑草なんかも好き放題に伸びてしまっていた。
そんな公園のど真ん中に、如何にもな三人組がいた。
「ちょっといい?」
躊躇いなく声をかけに行くバラムに、クレアはぎょっとした。
彼は、怖いとか思わないのだろうか。ちなみに、クレアはめっちゃびびっている。
「あ? んだよ、お前」
「人のミサンガを奪ったゴミがここにいるって聞いてきたんだけど、君たちの事だよね」
「ああっ!? いきなり来といて随分な口利くじゃねえか! クソガキがぁ!」
「で、盗んだの?」
まさかの煽りにクレアの顔は真っ青である。
「バラムって、面倒くさいことが嫌い系男子じゃなかったの!?」
「面倒くさいことを引き起こされたから、ああやってキレてんだろ」
「だだだ、大丈夫なの!? グランドアクトの前に、リアルファイトが始まっちゃうよ!?」
「そんときはそんときだ。正当防衛になるよう、加減はする」
「まず暴力を止めようね!?」
「俺も暴力はパスだよ!?」
マリシアという人物への配慮はするくせに、クレアへの配慮は一切ないのだから恐ろしい。せめて自分のところのメイカーも大事にしろと、クレアは大泣きだ。
お願いだからどうにか丸く収まってくれと、クレアはティルと並んで天にお祈りした。
「兄貴! あいつの後ろにいる女! あの時の奴だ!」
「あん? ああ、あのなっさけねえシカ女か。一緒にいた男も、オオワシの癖に遅かったなあ?」
鈍重そうなクマの耳を持つ男が、公園のすぐ入り口辺りでこちらの様子を伺っている、アルフィとバエルの姿を見つけたようで、指を指して仲間に教えている。
これを聞き、ミサンガを盗んだときの事を思い出したのか、半グレのリーダーっぽい竜人族の男が、下品な笑みを浮かべてゲラゲラ笑いだした。
大きな尻尾が揺れる度、近くの空気も大きく動いている。
「じゃあ何? このイキったヒツジ君は、彼女に泣きつかれて取り戻しに来た感じー? ギャハハハ! ウケるー! わざわざ仲間連れてきたってことは、そーゆーことだよね?」
ハデハデな衣装に身を包んでいる紅一点の女が、スマホを弄り、画面をバラムに見せる。
彼女のそーゆーことが、クレアの思い描いているとおりなら、あれはアクシィを呼ぶ無料アプリだと思われる。
「話が早いね。頭が足りてるのがいて良かった。そっちは3人だから、3vs3でいいよ」
「ハッ! 子ヒツジごときが竜人族であるこの俺、グレイズ様にイキったこと、後悔させてやる!」
半グレ集団も、グランドアクトで白黒付けることに異論はないらしい。
「お前たちが勝ったら、これは返してやる。だが、お前たちが負けたら……そこの子ヒツジがどうなるか、見物だなあ?」
こうして、クレアたちは半グレ集団と、グランドアクトで3vs3の勝負をすることになった。




