11.役割任命
クレアはポルクスのおかげで無事、短い期間で最低限の知識を身に着けることが出来た。
そうして、クレアたちは学生最後の冬休みに入った。
就職の決まった同級生たちは、問題を起こさない範囲で遊びまわったり、遊ぶためのお金を手に入れるためにバイトをしたりと、充実した毎日を過ごしているだろう。
そんな同級生たちへの引け目がなくなった、とはまだ言えないが、クレアももう昔のように腐ったりはしていない。
というか、メイカーはするべきことが多すぎて、他のことに気をまわしていられないのだ。
「うーん。役割の任命、どうしようかなあ……」
冬休みに入った最初の月曜日の朝。
クレアは自分の部屋で、アクトリンクを立ち上げたスマホと、かれこれ一時間以上睨めっこを続けている。
実は、グループチャットでポルクスから、役割の任命をしておけという連絡が昨日あったのだ。
チームメンバーが三人になったので、これからクレアも最大で3vs3の対戦を行うことが出来るようになった。
そして、3vs3からは一部の『役割』が使用可能となる。この間、学んだとおりだ。
問題は、この役割を誰にどうやって割り振るかである。
どの役割にも、それぞれ強みがある。しかし、これらの役割が最大限発揮される組み合わせというものも、当然存在する。
「バラム君が『エース』は……やっぱり違うよね。強いことは間違いないんだけど、強さのベクトルが違うというか……」
クレアは何度も任命できる役割と、それを誰に任命するかをノートに書き込んでは消すを繰り返している。
ポルクスやバラムに聞けば、任命する基準を教えてくれるだろう。しかし、一から百までお伺いを立てているようでは、クレアの存在意義がない。
それでは、彼らがクレアを一人のメイカーとして認め、頼りたいと思う日が一生来ない。これはチームとして非常に大きな問題だと、クレアは考えている。
G.A.Cは、メイカーこそがチームリーダーであると明言している。
これに倣い、クレアは自分がどこに行っても恥じないメイカーになるため、自分の力で一歩を踏み出そうとしていた。
役割は、グランドアクトという競技の中でもかなり重要な要素となっている。その理由は、様々な強い効果がつくから、ということだけではない。
エースは、チームの切り札として広く認知される。同じように、アシストならチームへの支援に長けているなど、役割に応じた印象がついてくる。
そのため、ほとんどのチームが一度決めた役割を変えることはない。あるとするなら、チームが完成していない時期に、暫定で振り分けられた役割が変更になる程度だ。
「やっぱり、私のチームの『エース』はポルクス君しかいないよね」
エースの任命理由は、大体二通りに分かれる。
チームの中で一番強いからというものと、メイカーが一番信頼を寄せている人物であるというもの。この任命基準に優劣はない。
どちらがチームにとって良い結果となるかは、全てメイカーの手腕にかかっている。
クレアは今回、後者の理由でポルクスをエースに選んだ。
ティルもバラムも、もちろん大切なメンバーだ。それでもやはり、クレアの原点はポルクスにある。
ともに一歩を踏み出した相棒として、チームのエースを担うに相応しいのはポルクスだと、クレアは結論を出した。
「そうすると、ティル君とバラム君は……」
こうして、みんなの役割を考えたクレアは、グループチャットに連絡を入れた。
♢
いつものグランドアクトスタジオに、今日はお昼から四人が集まった。今日呼びだしたのはほかでもない、クレアからである。
入り口でアクシィを借り、利用するのはルールベースの個別部屋だ。
「では、みんなの役割を発表したいと思います!」
右手を天高く上げ、クレアが盛大に宣言した。
「呼び出してくるから何かと思えば、これのため?」
「役割って、アクターにとって大事なものなんだよね? だから、ちゃんと顔を合わせて伝えたかったの!」
アクトリンクで操作するだけ。
言ってしまえばそれだけだが、自分が初めてアクターたちに上げられるものを大事にしたかったため、クレアは呼び出した。
これに不服そうにしているのはバラムだが、彼の事なので、単にここまで来るのが面倒くさかったのだろう。
「いいんじゃないか? 形から入るっていうのも、モチベーションに繋がるだろ」
「安心して。今日はちゃんと、この後のことも考えてます!」
フォローを入れてくれるポルクスに、クレアが自信満々な表情を浮かべて言葉をつないだ。
「ここなら、役割任命の後でもすぐ、練習試合を申し込めそうな人を探せる。私はそう考えました!」
「ということは、今日は相手が見つかれば、また練習試合をするんだね」
「その予定です!」
「まあ、合理的だね。クレアの割には考えてるじゃん」
ティルはすんなりと納得してくれている。その横で、バラムの憎まれ口を炸裂させていた。
クレアは心の中で、バラムに一言多いと文句を付ける。
しかし、今のクレアは役割任命をするという、メイカーらしい仕事に気分が高揚していて非常に機嫌が良い。なので、大人のお姉さん的な気持ちで許してあげた。
「それでは、さっそく発表します!」
「あ、今の流れから発表するんだ」
実は、ティルも一言多いタイプなのでは? クレアは訝しんだ。
「まずはエースから! 私のチームのエースとなるアクターは、ポルクス君です!」
クレアは発表と同時に、パチパチパチと全力で拍手する。
ティルとバラムはそうだろうと予想していたようで、特に異論などはない様子。ただ一人、任命されたポルクスだけが、驚いていた。
「俺でいいのか?」
「え、うん。むしろ、私のチームでエースが出来るのって、ポルクス君以外いなくない?」
「それは、今は人数が揃っていないからってだけだろ? アクターが足りない時は、空白のままでもいいんだぞ?」
「理屈はそうだけど、エース不在はきついでしょ」
「それは、そうだが……。だが、エースの変更は対外的に印象が悪くなるぞ。まだ空白の方が――」
「エースの変更とか考えてないよ? 私のエースはこれからずっと、ポルクス君だけだよ?」
なんでそんなことを言うのだろうとクレアが首を傾げると、ポルクスはさらに驚いた顔をした。
クレアはもっと、喜んでもらえると思っていたので、何か間違っていたのかと不安になってきた。
役割の任命は、全部クレアが一人で考えた。相談せずに大事なことを決めてしまったことに、ポルクスは怒っているのかもしれない。
「このチームは、君とクレアの二人から始まったんでしょ。だったら、素直にエース任命されたことを喜んでいいんじゃないの。強さだけが、グランドアクトじゃないでしょ」
「相談もせず、勝手に決めてごめんね。それでも、役割任命だけは私が自分で考えて、付けてあげたかったから……」
「いや……それはいいんだ。俺も、クレアに自分で考えてほしかったから、特に意見を言わなかった。……分かった。クレアが俺をエースに選んでくれるというなら、俺は全力を尽くすまでだ。改めて、これから頼む」
「こちらこそ! よろしくね!」
ポルクスの表情から硬さが取れたことで、クレアは胸を撫で下ろした。
役割は、メイカーからの信頼の証と言える。どれも強力な効果を持っているからこそ、それをあなたに託しますと言われたアクターは、やはり思うところがあるのだろう。
こうしてしっかり顔を合わせて任命して良かったと、クレアはこの時改めて実感した。
「では次、私はティル君を『キラー』に任命します! ただ……」
「ただ?」
ティルへ任命したクレアは、さっきとは打って変わって申し訳なさそうに頭を下げた。
「実はね、私の中ではティル君に一番合いそうなのは『アヴェンジャー』かなって、そう思ってるの。でも今は、まだ三人しかチームメンバーがいないから、アヴェンジャーは出場できなくて……」
「ああ、俺のは暫定的な任命になっちゃったってことだね。ちゃんと理由があるなら、俺は全然構わないよ。ただ、俺にアヴェンジャーが合いそうって思った理由は、ちょっと知りたいかも」
それはそうだよねと、頭を上げたクレアはうんうん頷きながら、自分がそう思った理由を話し始めた。
「この間のテストで、ティル君はアヴェンジャーについての項目はしっかり理解してたよね。だから、ティル君はアヴェンジャーに興味があるのかなって思ったの。自分がいいなって思ったものの方が、長く頑張れると思うから、どうかなあって。……違ったかな」
「いや、その通りだよ。俺、アクターになってから色々調べてた時に、役割ってものがあることを知ったんだ。その時、アヴェンジャーは俺に向いてそうだなって考えてたから。俺のこと、よく見てるね」
「そりゃあ見てるよ! ティル君は私の大事なアクターの一人だもん! それじゃあ、アヴェンジャーが解禁されたら変更を視野に、今はキラーで頑張ってもらってもいい?」
「もちろん。またチームメンバーが増えたら変わるところもあるだろうから、その時は追々話そうね」
自分の考えがちゃんと当たっていたことに、クレアはニコニコ顔だった。
ティルが言ったように、今後増えるメンバーによっては、アヴェンジャーの扱い方を変えなくてはならない場合もあり得る。
それでも、最初期から一緒に頑張ってくれているティルの要望を出来るだけ優先したいと、クレアは秘かに決めておくのだった。
「最後、バラム君は『アシスト』の役割を任命しようと思ってます!」
「だろうね」
「ここに関しては、私もそんなに悩まなかったかな」
バラム以上にアシストに向いた人物は、そういないだろう。仮にいたとしても、既にバラムがいるのでクレアのチームにはもう必要ないと言っていい。
「役割の任命は以上になるけど、質問とかあったりする?」
みんなの顔をざっと見てみるが、特に声は上がらない。なので、クレアはアクトリンクのチームメンバー画面で、それぞれの役割を設定した。
「それじゃあ三人とも、これからもお願いします!」
クレアが軽く頭を下げる。これに倣ってティルも頭を下げた。
バラムは眠そうにしていて反応が薄く、ポルクスも本当に小さく顎を引くぐらいの反応だった。
思ったより盛り上がらず、クレアは重い空気に居心地の悪さを感じた。
しかし、メイカーの自分がここで気後れしていてはいけない。気を取り直し、練習相手を探しにいこうとしかけた時、誰かのスマホが鳴った。
「兄さんから? 珍しいな」
着信のあった携帯の主は、バラムだった。
電話を掛けてきた相手を確認するなり、場所を少し変えることもせずノータイムで電話に出るので、クレアはちょっぴり驚いた。
『どうしたの』
『あ、バラム君? おひさー! 今暇してるよね?』
電話越しに聞こえてきたのは、なんと女性の声だった。
クレアの脳みそは理解が追い付かず、フリーズした。
『実は、ちょっと厄介ごとに巻き込まれちゃってね? 人手が欲しいのよー。今から地図を送るから、そこまで来てくれない?』
『いや、僕忙しい――』
『はいはい! いつものお昼寝でしょ? 今は本当に一大事だから、急いでくるのよ。来ないとバエルがどうなるか、分かってるわよね?』
『それ脅迫――』
『それじゃあね!』
電話の相手はバラムの声を全て遮り、言いたいことを言って電話を切ってしまった。
バラムの表情がすごいことになっている。
「お兄……さん?」
「違う。今のはアルフィっていう、シカ族の女性。どうせ、勝手に兄さんのスマホを奪って電話をかけてきたんだ。自分からのだと、僕が出ないって分かってるから」
「ええ……」
とんでもなくパワフルな女性だと、クレアは顔をひきつらせた。ティルも引いている。
「どうするんだ? 行くのか?」
「どうせろくなことじゃないけど、行かなかった後のことを考えると……はあ、面倒くさいけど行くしかない」
心の底から嫌だと言わんばかりのため息をついたバラムは、荷物をまとめて立ち上がった。
「本当に悪いんだけど、僕は行くね。時間がないって言うのに、あの人はまったく……」
「あ、待って! 私も行く!」
文句を垂れながら部屋を出ていくバラムを、クレアも慌てて自分の荷物をまとめ、追いかけながら声をかけた。
「確実に面倒ごとだけど、それでもいいなら」
「むしろ、面倒ごとだって分かってるところに、バラム君を一人で行かせたりしないよ!」
こんな時くらいは頼ってよ!
そう言わんばかりにクレアは胸を叩き、どっしりと構えて見せた。
「こういうところが不安なんだよね」
「分かる」
「空振りしそうだよな」
「変なところで連携しない!」
メイカーを弄ることで一体化していくチームメンバーたち。クレアはそんな姿に対し、絆の深め方はこうじゃないと猛抗議する。
しかし、それらは華麗に流され、呼び出し場所へ急ぐという理由を盾にされたことで、クレアは反撃の余地もなく流されるのだった。




