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黑電話

〈暴れ凧修羅の理由(わけ)など知るものか 涙次〉



【ⅰ】

 

 木嶋さんの必死のネゴシエイト、ロビイングにも関はらず、テオ=谷澤景六(たにざは・けいろく)の『かぼちやの馬車に乘つて』は、芥川賞受賞を逸した。だが、木嶋さんてつきり、筒井康隆氏の『大いなる助走』の如き、身を挺した事前活動が待つてゐる、と思つてゐたのだが(彼女は文壇の大物に、その身を捧げる心づもりでゐた)、そんな事は特になく、割とカジュアルに話が濟んでしまつたのは、彼女には豫想外であつた。


「やつぱり僕が猫だから、なのかな?」天才猫・テオ(IQ200!!)、「カンテラ一燈齋事務所」の情報収集係。飽くまで、谷澤景六としての執筆活動は、副業に過ぎない。と云ふか、テオとしての每日は、刺激に滿ち溢れ過ぎてゐた。そのせゐで、折角の文才も、彼の眼中にはなく、だうしても「カンテラ兄貴」について行くんだ! と云ふ誓ひめいた思ひは、簡單には崩せない。


 木嶋さんは臍を嚙む思ひであつた。彼・テオの才能に、惚れ込んでゐた為である。

「先生のせゐではないのです。わたしの努力が及ばなかつたゞけの事」


 だが、『かぼちやの馬車に乘つて』は、賣れに賣れた。木嶋さんにしてみれば、名を捨て實を取る、ではないけれど、それで(この小説には、傍目には神秘的に映る、カンテラとテオ、仲間たちの行狀が、赤裸々に描かれてゐた)少し溜飲が下がつたのは、確かな事であつた。


 木嶋美奈美(きじま・みなみ)、都内某所のビルの一室に根を張る、フリーの編輯者集團「ミッドナイト・サン」に所属する、谷澤=テオの敏腕マネージャーである。彼女はカンテラ一味に、或る意味影響を受けてゐて、愛車もエンスー趣味溢れる、日産レパード。

 今となつては骨董品である、昔電電公社がレンタルしてゐた、黑い電話を「社電」として机上に置いてゐるのも、古物大好きなカンテラ、じろさん(彼らについては後に詳述する)の影響によるものか。

 木嶋さんは、仕事の話はケータイでするので、その黑電話は「マスコット」化して、半ば打ち棄てられた存在、なのだつた。



【ⅱ】


 と、或る日彼女がオフィスに出ると、その黑電話が鳴つた。「谷澤先生かしら」實際、谷澤にしかその電話の番號は教へてゐなかつた。電話の受話器を取る、と、「おねーちやん、元氣にしてる?」妹、素乃子(そのこ)からである。おかしいな、素乃子はtel番知らない筈。何となく、背筋がぞつとして、思はず受話器を置いてしまつた。ケータイで、素乃子を呼び出す。素乃子は、そんな電話知らない、掛けてゐない、と云ふ。


 これは...カンテラさんの領域だわ! だけどわたしには髙額の謝礼金を払ふ、弁濟能力は、ない。だうしやう...谷澤先生の手を煩はせるのは、ちよつと困る。ディレンマに陥つてしまつた木嶋さん、この件は、單なる悪戲として、忘れやう- その決断は、後に分かるのだが、明らかに木嶋さんのミスジャッジであつた。



【ⅲ】


 每日、電話は掛かつてきた。その度に、素乃子はじめとする、肉親の聲を聞くのだが、ケータイで確かめると、そんな電話は掛けてゐない、と皆口々に云ふ。よもや郷里(と云つても埼玉県。埼京線一本で行ける實家では、そんな事は有り得ないのだが)に里心、もあるまい。

 だが彼女は、そこでも我慢・辛抱の道を撰んだ。カンテラさんたちには、飽くまで秘して置かう、先生の執筆活動が鈍る要因になる...。


 あの「痩せ我慢」で、話が大分こじれた。のちに、カンテラはさう述懐する。一つ明白な事があるとするならば、木嶋さんは、【魔】に魅入られてしまつていた、のである。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈今日生きて明日生きられぬとは如何に喧嘩殺法世に見せてやれ 平手みき〉



【ⅳ】


 麗らかに晴れ渡つた、初春の晝であつた。仕事の合間を縫つて、カンテラと悦美は、散歩と洒落込んだ。

 カンテラは、春、と云ふ季節が好きだつた。何故だらう- アンドロイドである己れにはない、生命の息吹き、と云ふものが感じられるから...それは模範解答に過ぎたが。


 彼は普段着、萌黄の着物に深緑の袴、素足に髙下駄を履いて、まるで江戸末期の「志士」のやうな、なり。おまけに腰に大刀を落とし差しにしてゐる。普通人なら、銃刀法違反で即・逮捕されるところだが、警官たちも【魔】退治の彼の實績を知つてゐる、ゆゑに顔パス、である。

 悦美(えつみ)は、彼の許婚者。アラサー美女コンテストに優勝してしまつた、と云ふ経歴が物語る通り、ゴージャスな美女である。32歳。普通、行き遅れとして片づけられる年齡に差し掛かつてゐた。だが、カンテラの戀人なら...男たちの熱い注目を浴びても、氣取らぬジーンズに突つかけ履きの彼女であつた。


 ふと、悦美が気付くと、カンテラは、彼女が肩からぶら提げてゐる、外殻としてのカンテラ(=ランタン。カンテラは烏賊釣り漁船由來の、この骨董品に巣食ふ、火焔のスピリットなのである)を、ぢつと見てゐる。「だうかした? カンテラさん」「いや大分部品が古びて、ガタが來てるな、と思つて。安保(あんぽ)さんに見て貰はう、今度」(安保さんについては、直きに詳述の機會があるだらう)。

 事務所に戻ると、木嶋さんのレパードが、駐車場に停められてゐた。彼女もよく働くなあ、カンテラはさう思ひ、勤勉さを讃へたものである。だが-



【ⅴ】


「テオ、何かあつたのかい?」「いや木嶋さん、ちよつと貧血、らしくて。ベッド借りてます。兄貴」「ベッドはいゝが、木嶋さんでも貧血になるんだなあ」「?」「いやさ、猛女つてこと」


 木嶋「濟みません。ご迷惑おかけして...」カ「あ、その儘その儘。貧血なら、寢てた方がいゝ。頭を低く保つのが、効くよ」だうやら、睡眠時間が足りてゐないらしく、彼女は程なくして、寢息を立て始めた。テ「眠れないやうな事があつたのかなあ」カ「さて。仕事(ヤマ)は? テオ」テ「大竹牧場の件、まだ續いてますよ」カ「終はつたんぢやなかつたつけか」テ「宇宙人(エイリアン)の幻影に怯えて、家畜たちが家畜小屋に入りたがらないつて」カ「そこ迄面倒見なくちやいかんのか」テ「じろさんが、牧場に出向いてます」



【ⅵ】


 じろさん。これは勿論通稱である。本名は此井功二郎(このい・かうじらう)。元大藏官僚。左肩に大ムカデの刺青あり。悦美の父であり、獨自の「古式拳法」を操る、カンテラの相棒である。は、弱り切つてゐた。「とは云へ、家畜たちの氣持ちになつてみれば、致し方、ないなあ。つひこの間まで、エイリアンに占拠されてた小屋は、確かに不気味だらう」

 と、じろさん、思ひ当たるフシがあつた。「氣」を消してみた(拳法修業の一環として、氣を消す術を、じろさん、身に付けてゐた)のだ。すると、見守つてくれる筈の人が、ゐなくなつたと勘違ひした動物たちは、我先に小屋に入り始めた。「ビンゴ、だな。擁護者がゐなければ、自分たちの身は、自分たちで守るしかない」



【ⅶ】


 テオ「じろさんの機轉で、大竹牧場の件、一件落着した模様」カ「さうか。ぢや、次は木嶋さん、だな」テ「え? 彼女...」カ「きみもまだまだ甘いな。彼女は明らかに【魔】に憑依されてゐる」テ「!」


 昏々と木嶋さんは眠り續けてゐる。カンテラは眞言密教の秘術・「修法」を使ひ、彼女の夢に潜り込んだ。そこでは、あの(と云つてもカンテラには見覺えがなかつたが)黑電話がずうつと鳴りつ放しになつてゐる。そこでは、木嶋さん、少女の面影を殘してゐるやうだつた。「彼が、Yくんが行つてしまふ」

 カ「初戀の人、か。こりやちと厄介だな」

 初戀- 誰にでもある事だが、大抵は實らないものだ。そこに端を發した、彼女なりの【魔】だつた。黑電話の思ひ出...と云へば、彼女の心の奥底では、そのYくんへの、未だ變はらぬ思ひ、を意味した。忘れてしまつたのか、それは彼女の表層に過ぎぬ。深層では、Yくんへの戀着は、大人になり、一層深みに嵌つてゐた。



【ⅷ】


 じろさんが帰つてきた。「何? 木嶋さん、憑依されたつて? 誰に、よ」「だうやら初戀の人、らしい。今、テオに、その彼氏のデータ取らせてるとこ」


 テ(彼が人間なら、靑ざめた顔つきになつてゐたらう)「亡くなつて、ゐます。そのYくん」矢庭周作(やには・しうさく)と云ふのが、Yくん、らしい。

 交際半ばで…、その秘められた思ひは、【魔】絡みとなつてしまつた。皮肉なものだ。否、【魔】としてしか思ひ出されぬ彼が、不幸だつたのか。


 カンテラが木嶋さんの頬を張つた。「わ、わたし...」「あんたには辛い事だらうが、これから『荒行』に入つて貰ふ」「?」「黑電話と、徹底的に、対峙するんだ。さもなくば、あんたは心を乘つ取られる」(この時點では、【魔】が矢庭である事に、木嶋さんは気付いてゐない。)「対峙?」「さうさ、誘惑に負けたら、おじやん、だ」

 じろさん、數日間の不眠など物ともしない。本物の武道家とは、さう云ふものだ。で、木嶋さんの「寢ずの番」を担当する事となつた。「カンさんは、鋭氣を養つてゐてくれ」「惡いね、お言葉に甘えるよ」


 カンテラにはまだ、やり殘した事があるのだつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈花菜漬ほろりほろりと(そら)情け 涙次〉



【ⅸ】


 悦美が、事情を話して、「ミッドナイト・サン」事務所から、例の黑電話を持つてきた。それを余つてゐる電話回線に、繋ぐ。

「木嶋さん、出たら、あんたの明日ないから」-さう冷酷に云ひ放ち、カンテラは外殻(=カンテラ)に入つて行つた。程なくして、電話が鳴る。


 木嶋さん、取り乱した。やうやく「思ひ」が時の流れに追ひ付いたのだ。「矢庭、矢庭くん...」だが何とか、持ち堪へる。その繰り返し。明け方を幾つ、過ごしたのかも分からず、木嶋さんは憔悴しきつてゐた。

 然し...カンテラと云ふ人? は、何を考へてゐるのか、さつぱり分からない。もしかしたら、次に彼に斬られるのは、わたしかも知れない。さう思ふと、身が引き締まり、電話の誘ひには乘らず濟んだ。


 何処からか、拍手の音が聞こえる。ふと気付くと、密室(或ひは煉獄)だと思はれたその空間は、カンテラ事務所のリヴィングであつた。カンテラが、じろさんの肩を抱いて、「もう休んでよ、じろさん」

「あんたは、打ち克つたんだ、木嶋さん」と、いきなり、


「しええええええいつ!!」黑電話に斬りかゝつた。「ぐわつ!」「あ、矢庭くん!」木嶋さんの錯覺だつたのか、妖魔として斬殺された矢庭周作は、消えた。



【ⅹ】


 これで、今回の事件(ヤマ)は、終はり。虛無の風に吹かれて、カンテラは何処を見てゐるか、誰にも分からなかつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈麗らけし風はと云へば風と吹き 涙次〉




加筆版。いろいろと言葉足らずですが、これがアツシの「なろう」デビュー作でやんす。

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