Act78 岩
「キリナ様、貴方を王下直属部隊【六導】の隊長として迎え入れたいのですが……」
何を言ってるんだこの女は
それが、誰もが目を向ける英雄から言われた言葉だった
城下での配属──ならまだしも、ただの田舎村の近衛兵として配属された自分をあの王下直属部隊の隊長に?
馬鹿馬鹿しい
「あー……誰かと間違ってないッスか?」
これ以上の会話はどう転んでも無意味になると感じたキリナは早々に道具を片付けて帰宅準備をする
「いいえ、間違ってませんよ」
「キリナ・コンラージュ……身長167cm 体重は60kg 適正魔術は炎……殴りつけた際の圧力に魔術を操作して爆発させる器用な闘い方をする……」
スラスラとキリナの間違いのない情報を
語るその女を尻目に(きもちわる……)と思いながら
作業を続けていた
「……過去、生まれた村に魔人が襲来しており──」
空気の流れ、音が無くなる
「その場に同行していた弟と『村を見捨て、逃亡』……」
地面が抉れ、砂埃が英雄の顔にかかる
帰宅準備をするはずの荷物はバラバラになって
修羅と変化した女の周りに落ちる
「……お前、喧嘩売ってんのか?」
今にも血が飛び出しそうな血管を浮かせながら
キリナはその整った服装の胸ぐらを掴む
「喧嘩になればよろしいのですが」
間髪入れずにキリナはその白い肌の頭に頭突きをする
モロに入り頭が揺れる英雄は喰らいながらもキリナの服と腰を掴んで地面に激突させる
……が、キリナは両足と左手のみで威力を殺した
「……!」
目を丸くする英雄に掴んだ砂を撒いたキリナは
閉じた瞼と同時に首元に回し蹴りを浴びせた
大木に激突した所をさらに追い込むために詰める
迷いなく顔面を撃ち抜く勢いで拳を突き出した時
激突したのは──刀の腹の部分だった
「やっと抜いたか、舐めたマネしやがって」
拳と刃の鍔迫り合いは両者共に譲らない
「元より……貴方と体術同士で勝てるとは思ってませんよ」
お互いが1歩も譲らず
しかし着々と、金色を靡かせる英雄が
キリナを追い詰めていた
「ハァッ……グッ……クソっ……」
「…………」
泥とホコリにまみれたキリナと対称的に
汗ひとつ出ていない英雄にキリナは崩れかけていた
「ハァッ……ツッ!」
バケモノの左手から無詠唱で飛び出した
風の矢はキリナの顔面を狙うが、間一髪──頬を掠めるだけで終わった
「あっぶな……」
当たれば失明しそうな勢いの魔術を行使した人間を
キリナは睨みつける
そこには──満面の笑顔をうかべたアリシアがいた
ゾク……
──あの日の魔人を見た時のような感覚を思い出した
「なぜ、避けたんですか?」
「は?」
「なぜ、今の魔術を避けられたんですか?」
「バカ言うな、くらったら右目が──」
「それは食らう前提の話ですよね?」
「私はなぜ、無詠唱で、どこに飛ぶかも分からない魔術を、顔面に来るとわかって避けたのですか?と聞いてます」
「……」
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「……魔力の流れが見れる目?」
「そ、だいぶ前に私とゴウゼンで根絶やしにしたんだけどね」
薄い青色の肌をふんだんに晒した魔人、キュララ
視界が半分しか見えず安定しない髪型のミョラ
2人は死体の山の上で食事にありつけていた
「私達の攻撃、全部躱して逃げてたのよ……もうめんどくさくなってゴウゼンの炎で一気に燃やしたんだけど」
「たまたま食事のために行ってたんだけど、アタリだったわ、あんなキモイ目を持った種族が居ると思うと成長して対峙した時に辛いわ」
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「……知ってたのか」
「はい、情報屋を通してね」
笑顔のままのアリシアはどこか恐怖心を煽る
「貴方はあの日、誰も生き残っていない事を確認し、魔人の魔力量から『絶対に勝てない』事もわかってしまった」
「だから貴方はずっとこの森の中でひたすら修練をしている、いつの日に見た魔力を超えるその日まで」
「やはり──貴方は王下直属部隊に相応しい」
アリシアはキリナに手を伸ばすと
もう一度言葉を添える
「質問される前に答えます、私は今存在するアヴェルニア王国で座るだけの存在を引きずり下ろしたい」
「その為にはキリナ、貴方の力が必要です」
「……」
「……岩」
「?」
「……壊れない岩は用意できるか?」
「ふふ、すぐに用意します」