Act76 幸せになるべきあなたへ
──あれから何日が経ったか
響音は未だに閉め切った暗い部屋のベットでひとり蹲っていた
毎日養成所の仲間達が会いに来る
毎日食事も持ってきてくれる
毎日部屋の外から声が聞こえる
鈍感な響音でさえ「心配されている」事を理解していた
それでも──まだ身体中が縛られたように動かない
お前 本当に役たたずだな
ズキン、と頭の中で「あの男」の声が響く
日数が経ってもまだ響く
──あの日洞窟でも声が聞こえた
あの声が聞こえたあと、響音はさらにおかしく
謁見の日、また──
「……あ」
響音はふと、思い出した
魔人を倒したあの日、曖昧になっていた記憶が蘇る
耐えなく奪え、奪い続けろ
響音は自分の首を両手で掴むと、少しずつ力を強める
やがて苦しくなった瞬間、響音の右腕は淡く赤紫に光る
左腕は指先から黒く染まっていく
「なに……これ……」
自分の身体に起きた異変に戸惑う
しばらく見つめていると、やがて響音の視界が歪む
「う……」
視界が緑色になり、激しい嘔吐感を催す
口を抑え、吐瀉物の流れを抑えると
響音の腕はいつも通りの病弱な白い腕に戻った
「……」
くぅ〜
響音のお腹から空腹の音が鳴る
「……?」
先程まで食欲は0に近い状態だったが
今、急激に響音の体は食事を欲していた
机の上に置かれた朝食──昼?夜?を口に入れる
「!」
一口食べた響音はそのまま食事をたいらげる
しっかり食べたのはいつぶりだろうか
「……けほっ」
しばらく掃除も換気もしてないせいか
部屋は埃が被っていた
響音は部屋にあるカーテンを開け、そのまま窓も開ける
空は少し赤みがかっている、夕方のようだった
久しぶりに吸う新鮮な空気に肺の中が浄化された
「ヒビネ」
「……………………え?」
後ろのドアが開いたのかと振り向くと誰もいない
それどころか、声が聴こえたのは明らかに「上」だった
窓から少し乗り出して上を見るが、ちょうど屋根が着いており見れない
ただ──人の足は見えた
「だ、だれ……ですか?」
「ああ、やっと起きたね、13日前から居たけど一向に起きないから心配したさ」
聞こえてきた声は──男……女?どちらかわからない
中性的な声をしていた
「すまないね、ヒビネ、今はまだ顔を見せることは出来ない」
「とりあえずキミの安否を確認しにきたのさ、このまま腐食したらどうしようかと思ったが、良かったよ」
声の主はペラペラと喋り、響音は停止していた
しかし次の発言は、響音をさらに困惑させる
「この街、魔人がいるからね」
「え」
「ああ、ああ、もう時間が無いからそろそろお暇するよ
気をつけてね、ヒビネ、君はもうアノセでは噂の人になっている、もう戻れなくなった」
「だけど安心してくれ、近いうちに必ずキミを迎えに行く、2人でキミを必ず迎えに行くと約束しよう、私も少し忙しくてね、出来ることなら今すぐに窓から引っ張り出したいが──」
「あ、あの、本当にだれ──」
もう何が何だかわからなくて
目が「?」になっている響音だが
目の前にぶら下がる足が無くなり立ち上がったと思われた
「名前は明かせないが、そうだな──」
「キミの幸せを、誰よりも心の底から願う者さ」
その言葉を最後に屋根上から「ドンッ!」と響く
屋根の上で跳躍をしたのだろうか
部屋の中を風が流れ、部屋の空気が入れ替わる
「ひ、ヒビネさん!?」
今度こそ後ろから声が聞こえた
……緑色の髪の毛……誰だ?
「は、早まらないで!」
見覚えのない少女に腰を掴まれ後ろに引かれる
「ぐえっ」
力の反動で後ろに吹き飛ばされた響音はドアを破って廊下まで投げ飛ばされる
目を開けると、そこには銀髪の少年──アシュレイがいた
「……おはよう、ヒビネ」
苦笑しながら響音に声をかける
「お、おはよう……」
クロード・ヒビネ
サヴァン王女の謁見日よりおよそ2週間後──
無事、外へ出る