Act 42 エルーシャの覚悟
エルーシャ……
「じゃあまず、状況を整理しようか」
食堂には候補生の10人とエルーシャ
そして今日は王下直属部隊のカマリが来ていた
「アシュレイ、レセナ、ルシュ、ヒビネ」
「この4人が掲示板依頼の際に湖でエルーシャ様が倒れてるのを見つけて保護した……でいいのか?」
アランが確認を取り、アシュレイが答える
「ああ、間違いない」
「真っ先にヒビネが見つけてな……あの距離でよくわかったもんだ」
ヒビネの方を向くと一心不乱に食事をしていた
「ヒビネ……最近よく食べるね」
「それで……エルドラシルは今大変なことになってるんですね?」
「……なんとも滑稽な話ですが、間違いありません」
エルーシャが起きたあと、ここまでの経緯を話してくれた
猫の一族が全員殺されたこと、まだエルーシャを探していて、そこから命からがら逃げてきた事……
「それで、貴方自身はこれからどうしたいんだ?」
「……まずは体を全快に、そして一刻も早くエルドラシルに戻らねばいけません」
「え!?命を狙われてるんじゃないの!?」
エクレアが身を乗り出して口を出す
このままエルーシャが国へ帰ればそのまま殺されてしまうのがオチでは無いだろうか
「猫の一族……それもこの方は【猫の王】です」
「例え他の一族が100…200来ようと負けることはまず有り得ません」
キサラが歯切れ悪く言葉を繋げる
それに違和感を抱いたレセナ
「……お待ちください、ならば何故逃げたのですか?」
「……」
レセナの質問にエルーシャが口を閉じて俯く
しばらくした後、意を決したように口を開く
「……戦ったことがないのです」
「戦ったことが……ない?」
震える声でエルーシャは答える、しかしありえないとも言うような声でレセナも困惑する
「ふふふ……ヒビネちゃん?♡」
カマリが響音に対して口を開く
「あっ……ごめんなさい、なに……?」
口の中の食べ物を急いで飲み込んで響音が答える
「エルドラシルって、どんな国やったっけ、覚えてはる?」
土と幻想の国、エルドラシル──
「超巨大な生物の背中」と言われているアノセ最大の土地面積を誇る国
部族の数は 30以上を超えると言われており
その中でも頂点は「猫の一族」
部族同士の争いは起きない理由は
誰一人として「猫」に勝つことが出来ないから──
「はい♡正解やね」
「ただ1個訂正をすると──」
「猫に【勝つことが出来ない】じゃなくて〜【そもそも近づくことさえも出来ない】が正解なんだよな〜」
いつのまにか寝そべっていたネカリが呟く
「そもそも猫を目の前にしたら本能的に身体が拒否するんだよね、普通なら」
「んま〜それでも攻撃されてるのが事実だとしたら」
ネカリがニヤリと笑う
「単純に、舐められてたんじゃないの?王として」
その瞬間ネカリの体は壁に叩きつけられる
喉元には黒く染った──キサラの鉤爪
全身の毛が逆立つように彼女の髪の毛は剣山のように尖る
しかし不思議と、現場の割に巨大な音が出る事は無かった
キサラに攻撃される寸前、ネカリは自分の体重を紙と変わらぬ数値まで変えていたのだ
「……冗談の割には面白くないな、ネカリ・ウジマ」
「……ごめんなさい」
今のはネカリが悪いと全員が思っていた
「ただ……申し訳ないがキサラ」
「猫の王……程の方が「戦ったことがない」というのは」
「なにか理由でもあるんだろうか?」
アランが恐る恐る口に出す
キサラは自分の髪を落ち着かせながら呟いた
「…………王眼期が来ていないんです」
その発言に、貴族の4人は顔を歪める
一般人の響音達には意味が伝わっていないようだ
「……おうがんき?」
ルシュがポツリと呟く
「……エルドラシルの人たちは、魔力が少ない代わりにそれぞれの獣種に合わせた個性が伸びる」
「ただ……猫の王だけは【王眼期】と呼ばれる物が来ないと並の人間以下の力しかでぇへんのよ……」
アシュレイとカマリがそれぞれ説明し合う
猫の一族は年齢が10を過ぎた時に目の色が青く変化し
猫だけが使うことが出来る個性が発現する
それこそが猫が最強たる所以の証なのである
「……尚更戻っちゃダメじゃない!」
重たい空気の中エクレアが叫ぶ
しばらくの沈黙が続いたあと、該当者でもあるエルーシャがか細い声で口を開く
「……私は、エルドラシルに戻ります」
「戻り……」
「獅子の一族に王位継承権を譲渡し……そのまま自害致します」
その言葉は、あまりにも小さく、覚悟を決めた言葉だった