Act40 猫の一族
──その者は走り続けた
森の中を、止まることなく走る
もうどれだけ走っただろうか、足の痛みは限界を超えていた
歩いた場所は目印のように赤黒く血痕が付く
どこへ逃げても、ひと目でわかってしまうだろう
それでも前へ進んだ、後ろを振り向いてはいけなかった
止まったら、殺される
種としての生存本能だけが動力源となっていた
……気づけば目の前には広大な海が広がっていた
どこの海だ、アノセの外側であろうか内側だろうか
外側ならば魔族の巣、内側ならば──希望が
あまりにも勝率の少ない賭けであった
奇跡的に内側の海域でも、そのまま息絶える可能性はゼロではない
「……我らが祖、エルドラシル様……どうか……」
猫の王、エルーシャはエルドラシルに伝わる祈りを捧げながら海に身を投げる
エルドラシルの温かさとは正反対の冷たさ
エルーシャの意識はすぐに薄れ始める
何とか保っている意識の中、王は願う
どうか、どこでもいい
死ぬ事なく、大地に辿り着いてくれ──
───────────────────────
「元の場所に返して来てください!」
「そんな!人間なんですよ!?」
「冗談言ってる場合じゃないッス!ヴィクシー様!」
掲示板依頼を完了したあと、湖で倒れていた人を保護した
響音たちは、養成所に戻りキリナとヴィクシーに事の経緯を話した
「話はわかりました……それでヒビネさん、この方は「ネコ」なのですか?どう見ても人間なのですが……」
「……僕の住んでいたところの猫が……これで……」
そこまで発言して響音もようやく違和感を思い出す
(猫の耳があるだけで、確かに人間だな……)
「……猫なのは間違いないんですけど……その、僕が住んでた場所の猫が、人間の形になったら、こうなる……ような……」
「……ヒビネが住んでいた場所は、ネコが人間に変身すると言うことか?」
「……………………………………………………そう」
島国の誇りである擬人化を異国の人間、ましてや別世界の人間に伝えるのが非常に難しいと判断した響音は島国の常識を変えることしたのであった
「行ってみたいですね……動物が変身するヒビネ様の故郷……」
話の100まで信じてくれたレセナが目を輝かせていた
「キリナ、どうでしょう私の見立てでは間違いなく……獣人種だと思うのですが」
「人間の耳がない時点で……」
「……わかってましたよ、もちろん」
ヴィクシーはジト目をしながらキリナを睨みつける
(今日は抜けてる日だな……ヴィクシー様)
「獣人種の方ならキサラさんが何かわかるんじゃないですか?もう少しで帰ってくると思うんだけど……」
「戻ったぞーっ!」
噂をすればなんとやら
アランの大きな声が聞こえた
後ろからはレア、キサラ、ネカリの3人が歩いてきた
「……おやおや?」
リビングに入るやいな、キサラの表情が変わる
鼻を動かし匂いを嗅いでいる様だ
そのまま眠っている獣人種の目の前まで来る
存在を認識すると、キサラは驚いた顔で叫ぶ
「エルーシャ!?」
キサラは髪の毛を逆立てながらしかし優しく「エルーシャ」と呼ばれた獣人種の顔を包む
「そんな……こんなボロボロで……なんで……」
キサラの髪は忙しなく動き、身体全体の状態を確かめるように獣人種の身体を触る
異常な空気を感じ取った響音はすぐにキサラに声をかける
「キサラさん……僕たちが見つけた時は、既に、この状態だった……」
「……そう、だったんだ……連れてきてくれたんだ、ありがとね」
段々と張り詰めた空気が緩まっていき、息があることを確認できたキサラは後ろへ下がる
「キサラさん、水を差して申し訳無いのですが、この子は……?」
「この子は……」
「……いえ、この御方は……」
キサラは胸の前で右手の爪を隠すように左手を添える仕草をする
「エルドラシルに住む獣人種の中でも最高峰の戦闘部族、【猫の一族】にして……」
「エルドラシルの現国王、シュフォールド様のご子息」
「正統な王位継承者、エルーシャ様です」