偶然の幸運
「雪乃さん?これはなんだろ?」
『ああ、それはあれじゃよ?』
「…なんだろね?」
『…もう少しじゃよ?』
坊が寝込んでから、もう10日になる。
俺は新たな修練として、目隠しをして生活する事になった。
もちろん、この修行が今の俺の成長に役立つのだろう。
『カイは私が居ないと何も出来ないんじゃのう。ほれ、あーん』
「…これは、玉子焼きだね」
『正解じゃ。次は何じゃろな?』
きっと視覚以外の感覚を鍛える修行なのだ…たぶん。
「これは…ぷにぷにして…柔らかくて……え?」
『フフフッ。なんじゃろな?』
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レイヤは一人で短刀を振るっていた。
小さな頃から毎日続けてきた修練だった。
ゆっくりゆっくりとした動きで、一つの動作を作り上げる。
限りなく自然なその動きは、日常の仕草の中に紛れ、短刀を持っていることも認識させない程に洗練されている。
しかし、シロがサラに振るったあの一刀が頭から離れなかった。
「あれは見切れない。」
シロの動きは余りにも自然で優しかった。
「まるで母親が子供の頭を撫ぜるような、そんな優しい仕草だった。」
攻撃だと認識出来なければ、防御など出来るはずはない。
「恐ろしいわね。」
自分はまだまだ未熟者だと、気を引き締める。
「私も強くならなくては。」
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『52階層まで異常は無かったわい。奴はかなり深くまで潜ったようじゃの。』
『あの池からの出口は限られています。まして、代償を払いながら水の中を進むとも思えませんから、30階層から外に出たのは間違いないはずです。』
『弱体化が激しくて、潜んで回復を図っているのじゃろうな』
『私達は30階層までを守りましょう。』
『そうじゃな。』
影の足取りは一向に掴めないままである。
あれ以降、一度も襲撃が無いのも不気味であった。
欲に任せて行動しない程に知性を持ったのか、ただ傷が深くて動けないのか。
『地上との結界を解放しましょう。ババ様達にも協力してもらいます。』
『そうじゃな。トメちゃんの力が必要になるかもしれん。』
『龍神様?ババ様はその名を好んで居ない様ですよ?』
『そ、そうなのかい?気をつけよう…』
『はい。お願いします。』
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「なんだろね。今無性にイラッとしたよ。」
「あら、ババ様、珍しいわね。甘いお菓子でも食べましょう?昨日、サラさんにもらったのよ?」
「そうしようかね。」
「お茶を入れよう。」
「ああ、済まないね、ヒロ」
「それにしても、仙桃ってすごかったわね!」
「あれは、三千年に一度しか実を付けないと言われておるのじゃよ。」
「まあ!そんな桃が食べれたなんて、幸運だわ!」
「フフッ、そうじゃな。」
全ての事象には理由があり、それは必然である。この幸運も流れる時の中で意味のある事なのだと、ババ様は思うのだった。




