もう一つの世界
シロはシイが戻る前には帰って行った。
抱き着かれて、泣かれた事にも面食らったが、シロの語った話の内容が自分ごととして受け入れる事は難しかった。
「達也って、誰だろう」
俺と表裏一体の魂を持つ人らしい事は分かった。シロの大切な人だったのだろう。死んでしまったと言っていたから、泣いていたのだろうか。
何より、その人と自分が同じ魂を持つという意味が理解出来ない。
「俺が迷い人では無いと言っていたな。」
ダメだ、いよいよ訳がわからない。
もう考えるのは諦めて横になる。
余程疲れていたのだろう、直ぐに眠りに落ちて行くのだった。
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「シイ、カイの変化に気付いたかい?」
「ああ。あれは良い印ではないのか?」
「悪いことではない。それをカイが受け入れるかどうかだね。」
「その事と、これに何か関係があるのか?」
シイは持って来た壺をババ様の前に置いた。
「そうさ、これはね…」
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カイは夜の深い森の中にいた。目の前には小さな池があった。池の水は青色に光る不思議な水であった。
辺りは動物や虫達の気配も感じられない程、静まりかえっている。
「またこの夢か」
カイはここが夢の中だと分かっていた。子供の頃から繰り返しこの夢を見てきたからだ。
だが、森と池以外ここには何も無かったので、カイはいつも大きな岩の上に座って星と青く光る水面を眺めてた。
「よう!」
「え?」
突然声を掛けられて、キョロキョロと辺りを見渡すが誰も居ない。
「やっと聞こえる様になったか?」
「…君は誰だい?」
カイは姿の見えない相手に問いかけた。
「さてな。オレはオレさ。」
「………」
「ずっとお前に話しかけていたのに、全然気付かないんだからな。お前、鈍臭いな。」
いきなり罵倒された。
「子供の頃からこの夢を見るけど、今迄は誰も居なかったよ。」
「オレは最初からここに居て、お前に話しかけていたんだぜ?なのにお前はいつもぼーっとしてるだけだったじゃねえか」
胸の御守りのが淡く光りだして、辺りを照らしていく。
するとそこにはユーパロ村の服を着た10歳くらいの男の子がいた。
「あ、君はユーパロ村の子供かい?」
「ユーパロ村?知らないなあ。オレはいつもここに居て、たまに来るお前に話しかけてたんだ。」
「ここで?他の大人は居ないの?」
「他の奴なんて居ないさ」
その男の子は、何の疑問もなく一人でここに居るのだろう。不思議な子供だった。これが夢であるから、きっとそういうものなのだろう。
「俺はカイ。気付かなくてごめんよ。よろしくね。」
「カイ!オレはカイに頼みがあって話し掛けてたんだ。」
「頼みだって?」
「そうさ。」
「この池の水は、遠い遠い所まで繋がってんだ。オレはそこまで行ってみたい!」
「オレをそこまで連れて行ってくれよ!」
「でも、どうやってそこに行けば良いのか分からないよ」
「あそこの山に、物知りな爺さんが居るんだ。爺さんなら絶対知ってるさ!」
「そっか。うん、わかった。行こう!」
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「………カイ……カイ…」
「カイ、起きろ。」
「…ん。…シイ。おはよう」
「汁を作ったぞ。」
「うわ!美味しそうな匂い!」
鮭の味噌汁だ。俺の大好物だ。
「後で、ヒロ達にも持っていくからな。」
「そうだね!いただきます!」
俺は夢のことなどすっかり忘れてしまって、またいつもの新しい朝が始まるのだった。




