ただ、貴方のために
『このトカゲ達は私が預かります』
シロは何やら指で印を結び、佐藤さん夫婦を消してしまった。
『今はゆっくり體を休めなさい。特にアキには負担が大きかったはずです』
「儂らは村に帰るが、明日またカイとシイを寄越そう」
俺達はヒロとまだ眠っているアキをログハウスに残し、水鏡を潜って村に戻った。
シイはババ様に呼ばれて居るらしく、何やら小さな壺を抱えて出て行った。
もう、夜もかなり更けている。
空を見上げると一面に星が輝き、まるで宇宙に投げ出されたかの様な錯覚を覚える。
囲炉裏の前で、俺は今日の親友の命懸けの行動を思い浮かべていた。
自分にそれが出来ただろうかと想像してみる。
正直、今迄それ程強い感情など持った事が無かった。
それは幸せな事なのか、それとも不幸な事なのか、それさえも答えが出せないでいたのだった。
突然ふわりと風が吹いて、振り返る間もなく後から抱きしめられた。
『振り向かないで、お願い。少しだけこのままで。』
柔らかく、それでいて強く強く抱きしめられている。俺は声が出せなかった。余りにも突然の事で驚いているせいではない。
その声の主は、シロだったからだ。
シロは泣いていた。見なくてもわかる。色々な感情が伝わって来る涙であった。そう、この御守りの様に。
「…シロさん…この感覚は…覚えています…」
シロは暫く何も言わずに泣いていた。
そして、ようやく
『フフッ。忘れるものですか。』
そうつぶやくと、シロは抱きしめていた手を緩め、俺の手を取り振り向かせた。しっかりと目を合わせて話し始める。
『貴方にその記憶が無くても、私達は悠久の時を共にして来たのだから…魂の繋がりは消えはしないわ』
『達也はこの地に生まれ、鏡面界でその生を終えたわ。貴方は鏡面界で生まれ、この地に来たの。』
『二つの魂は表と裏。今は理解できなくてもね。』
『必ず導かれ、辿り着くのよ?カイは決して迷い人では無いわ』
『カイ。ここに辿り着いてくれてありがとう。』
シロはまだ涙を溢れさせながら、弾ける様な幼い笑顔で笑っていた。




