真命
「マーヤ…お薬よ?」
「…ありがとう…起こしてくれる?」
二人の姉妹は、もう随分と年老いていた。
遠い遠い湖の祠を目指し旅を続けて、既に100年程経っている。
人として生きる彼女らは、もう先へ進む事は出来ないだろう。
「龍神様は、まだ戻らないのね…」
「仙桃を探しに行くと出て行ってから、もう半年になるわね。」
「…そうね。そんなものいらないって言ったのに…」
「はい、お薬飲みましょう?」
「コホッ…コホッ…」
「大丈夫?」
マーサは背中を擦りながら、双子の姉を心配そうにしている。
マーヤは病気ではなかった。ここ迄の旅の過酷さで酷使した體は、もう人としては限界に来ていたのだ。
「横になりましょう?」
マーサに支えられて横になるマーヤは、本当に痩せてしまっていた。
それでも毎日マーサに髪を梳いてもらい、口元に薄く紅を引いている。
マーヤは、どんなに年老いても、美しく品のある女性で在りたかった。
「私達、すっかりおばあちゃんね?でも、楽しい人生だったわ。」
「そうね。龍神様と一緒になると言い出した時には、本当に驚いたけれどね」
「フフフッ。あの不器用な所も、純粋さも、私は大好きだったわ。マーサも何度も助けられたでしょう?」
「まあ、そうだわね。」
「もう一度、合いたかったわ。…私の龍神様…」
「もう。縁起でもないこと言わないの」
「………………」
「マーヤ?」
「………………」
楽しかった日々を思い出して微笑んているような、そんな安らかな顔でマーヤは眠りについた。
ベッドの横の本棚に、マーヤの日記が並んでいる。
その中にはこれまでの冒険の日々が毎日欠かさずに書かれていた。
ずっと側に居たはずであった。
双子であるから余計に、姉のことは何でも知っているつもりになっていた。
しかし、そこに綴られていたのは、余りにも自分と考え方の違う双子の姉の姿であった。
その最後のページは、マーヤの夫への手紙であった。
私の愛する龍神様へ
貴方の気持ち。永遠の時を共に過ごしたいと言ってくれた時は、本当に嬉しかった。
でも、たとえそれが可能であったとしても、私はやはり、人として生きたいの。
何でかしらね。自分でも理由は解らないのよ?
フフフッ。死に憧れていた貴方が、どうして私を死から遠ざけようとするのかしら。
出来ることなら、私の側にずっといて欲しかったわ。
手を握っていて欲しかった。
声を聞かせて欲しかった、
私は仙桃なんていらないの。
ただ、今、貴方に会いたいわ。
ただ、ただ、もう一度。
龍神様がその手紙を読んだのは、マーヤが亡くなって3年後であった。
やっと見つけた仙桃も、墓前に供えられただけだ。
それから100年以上、龍神様はマーヤの墓の前に座り続けた。
何を想っていたのだろう。
もしかしたら、何も考えられなかったのかも知れない。
「まだここに居たのかい?アンタにも苔が生えてるじゃないか。」
『…………』
「私は一人で行って来たからね。マーヤと約束したんなら、アンタも行っといでよ」
『……………』
「ほんとに、こんなオヤジの何処が良かったんだろうね。」
マーサはお墓を綺麗に掃除して、遠い遠い湖に辿り着いた事をマーヤに報告すると、何処かへと去っていった。
『………マーヤ。俺の名はシン。雷の龍だ。』
その瞬間、辺りに稲妻が走り雷鳴が轟いた。
『恵みの神に会いに行こう』
マーヤを失った龍が自らを名付け、何を成そうとすのか。
その答えを知るものはもう誰もいなかった。