新婚旅行
「さくら、この辺りが登別ですね。湯けむりが見えます。」
「洞爺湖の集落で聞いたとおりね。寒いから早く温泉に入りましょう?」
「先ずは、集落に挨拶してからですよ?」
「もう、あなたは相変わらずお硬いんだから!」
さくらと龍二は、ユーパロ村で式を挙げて、新婚旅行を兼ねた探索を楽しんでいた。
北海道には、ユーパロ村の他にも数多くの集落があり、それぞれが自立して生活圏を作っていた。
ダンジョンの恩恵が在る村もあれば、全くの自然の中で暮らす人々も居る。
何れも恵みの大地の恩恵を頂き、恵みの神様との繋がりを大切にしている人々であった。
「流石にこの時期になると、日中の数時間しか飛べませんね。」
「徒歩では移動できないわね。道なんかないもの。」
龍二も飛行魔法を覚えてからは、移動の距離はかなり増えた。
それでも、真冬の北海道をぶっ続けに飛行するのは自殺行為だ。
やっとの思いで登別の集落に着くと、手土産の塩と酒を持って、長に挨拶に行く。
「何と!ユーパロ村からおいでになったか。ババ様は元気にしているのかい?」
「はい、とてもお元気で、来年にはお子が生まれますわ。」
「何と!!」
すっかりいつものやり取りになった会話を交わし、歓迎される。
さくらと龍二はこの旅行がとても楽しかった。
沢山の人々と出会い、その土地の話を聞かせてもらいながら酒を交わす。
そして、再会を誓いながら次の集落を目指すのだ。
何と贅沢で、何と安らかな時であろう。
しかし、話によると本州にはトカゲの集落も在るらしい。
鏡面界の様に支配されている人々は居ないようだが、トカゲ同士で似たような社会を作っているようだ。
龍二はさくらと結婚を決める時に、一つだけ条件を出した。
それは、龍二がさくらとの結婚を決意出来なかった、最大の理由でもあったからだ。
「私は鏡面界へ戻るつもりです。そのような事に、さくらを巻き込みたくないんです。」
「なんだ、そんな事で悩んでたんですか?」
「え?」
「元々鏡面界に住んでたんだから、別に良いですけど?」
と、何とも呆気なく結婚が決まったのだった。
さくら達がダンジョンに潜らないのは、霊性を上げ過ぎると鏡面界へ渡れなくなるからだ。
それで無くとも、龍二のアザは恵みの大地でかなり拡がって来ている。
さくらに至っては、仙桃も食しているのだから。
「春迄には北海道一周できそうね」
「本当に後悔してないのですね?」
「もう!いつまで経っても、お硬いのは治らないわ〜。でも、私はあなたのそういう所も大好きよ!」
お風呂に浸かりながらのこのやり取りも、もう何度目であろう。
「ねえ、鵡川のししゃもが美味しいんですって!」
「フフッ、それは是非食べに行かなければなりませんね。」
親子ほどの年の差のある夫婦であるが、本当に仲睦まじく、厳冬の湯けむりの中で、いつまでも笑い声が絶えることはなかった。




