きたる!エルネスカ!
「「ついたー!」」
石で組まれた街の門を潜り抜けた瞬間、ボクたちは同時に声を張り上げた。
門に飾られた魚の絵もなんだかボクたちを歓迎しているみたいに見える。
門番のおじさんの目線に気づいた後はちょっぴり恥ずかしかったけど。
「きたる!エルネスカ!」
ボクを置いてけぼりにしてびしっと人差し指を掲げながら街の名前を門に響かせるお師匠様。
無理もない。
目の前に広がる雄大な景色はその少し恥ずかしい興奮をも正常にしてしまう。
エルネスカ、それは青く広がる海原と天高く聳える断崖遺跡、それらを一編に一望できる港街だ。
海には絶えず白い帆が揺らぎ、それらを見守るようにして優美な彫刻とはるか昔の痕跡が来訪者を静かに待っている。
そこに住まう人々は皆活気にあふれ、観光客を取り合って熾烈な戦いを水面下で繰り広げている。
しかし当の観光客たちはそんなことはつゆ知らず、輝く砂浜と煌めく海の幸ばかりを目にしているのだ。
ほら、まだ街の入り口だっていうのにもうこんなにも香ばしい匂いが……。
「メリアちゃん!早く!ご馳走が逃げちゃうわ!」
「はい!お師匠様!」
ボクたちは旅の疲れも忘れて街の中へと駆け込む。
匂いを辿ってご飯屋さんを目指すのは簡単だった。
今この瞬間、よーいどんでご飯屋さんを目指すレースが始まったのなら一番になるのは確実にボク達だった。
でも。
「すみません、今テーブルの空きがなくて」
「今、お客様でいっぱいでねー」
「あと一時間ぐらいで開くと思うっす!」
「ごめんなさいね、今――」
最後の希望、ビーチから一番遠くに香る匂いを辿った先、そこですら返事は一緒だった。
「あらあら、まあでもお昼時だものね、しょうがないわ」
「そ、そんなあ、ボク、お腹が空きすぎて、胃袋がくっついちゃって、そして一度くっついちゃったもんだからもう二度とはなれなくなっちゃうよ!」
「メリアちゃんそんなことは起こらないわ、前砂漠で遭難して三日三晩お水しか飲めなかった時もそんなことはなかったでしょ?」
「確かに、そうでした」
「……ねえメリアちゃん、私、ここのお店で並んでおくからひと泳ぎしてきたら?」
「え?でも……」
お師匠様を一人置いて僕だけが楽しむのは――
そう積みあがる思考にお師匠様の声が重なる。
「ほら、“あの事”もあるから、ね?」
「あっそっか、そうだね、じゃあ行ってくる!」
「はい、行ってらっしゃい」
ボクはお師匠様に見送られ、砂浜まで続く石造りの道を縫い返すように走り出した。
日陰の道は走りやすくて、でもなんで日陰なんだろうと気になって空を見上げると、そこにはいろいろな、ほんとうにいろいろなものが風に棚引いて浮かんでいた。
帆船やお魚、ヤシの木に少し怖い顔のレリーフ、それに灯台やタコ、あの白いシャツは――多分お洗濯ものだね。
建物同士に張り巡らされたロープにそれらを飾り付けた人たちの気持ちがいっぱいに感じられるほど、色とりどりの飾りは幾重にも重なって陽光を遮る。
風が吹いて、飾りが回って、陽と影がきらきらと入れ替わるのをボクは目を取られてしまったみたいにただ見ていた。
でもふと、お師匠様が気になって振り返る。
ずっと先、行きかう人の隙間から小さくなったお師匠様はボクに大きく手を振ってくれていた。
ボクも精いっぱいに大きく手を振る。お師匠様は片手だったけど、ボクは両手だったから、今回はボクの勝ちだね。
そしてさっと踵を返す。お師匠様が両手で手を振り返してくる前に。
目的地、砂浜はすぐそこだった。