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第21話 ティータイム後の運動

「恥ずかしながらこのルリキュール領はそこそこ広い領地だ。国に貢献していると思っているし、僕自身、領民に報いることが出来るよう粉骨砕身の気持ちで働いている」

「何を言いたいのですか?」

「もしもこの僕がいなくなったり、無いとは思うけど、何かの義務を違反してしまっているのなら、領民は酷く悲しむことになるだろうね」

「そうでしょうね。だからこそ、過ちを正し、正しい道に戻るのが貴族の務めだと考えています」


 パーク侯爵はシルビアに背を向けたまま、言葉を続ける。


「君は今、何か困ったことはないかな? 僕なら力になれることがたくさんあるはずだ」

「いいえ、ありません。強いて言うなら、資料破棄が本当なのか勘違いなのかをはっきりさせたいですね」

「君の使命は貴族の監査だ。僕はそのへんの貴族には大変顔が利く。君のお手伝いが出来るんじゃないかと考えているんだよ」


 シルビアは「話を逸らすな」と一喝したい衝動と戦っていた。改めて彼女はパーク侯爵の狸ぶりに対し、不愉快な気分になる。


(資料破棄について一言も触れないどころか、懐柔しようなんていい度胸しているわね)


 大抵の相手はこの辺で逆上や買収してこようとするので、立ち回りやすいのだが、今回は一味違う。

 あくまで穏やかな口調で、あくまで味方になろうとするところが本当にいやらしい。


「お心遣い大変痛み入ります。ですが、ヴェイマーズ家の監査は他貴族一切介入禁止なので」

「介入するつもりはないさ。ただ、監査への積極的な協力を促していきたいだけなんだ」

「私の中ではそれも介入に入りますので、失礼を承知でお断りさせていただきます」

「そうか、それは残念だ。時に話は変わるが――」


 シルビアは確かに確認した。パーク侯爵の声に籠もった感情に変化が生じたのを。

 

「ここ最近、この屋敷に不審者がよく現れるようになってね。武装しているようで、うちの使用人が何人もやられてしまっているんだ」

「それはそれは……。一大事ですね、何か王国軍には相談なされたのですか?」

「いいや、不審者に抵抗するのも怖いんで、部屋を与えているんだ。これ以上危害を与えられないようにね」


 その芝居の下手さに、シルビアは思わず鼻で笑ってしまった。

 へんてこりんな発言だ。そんな不審者を放置しておく馬鹿がどこにいる。

 何となく、シルビアは次の発言が予想できた。


「君やメイドたちも、危ない目に遭いたくはないだろう」

「それはまぁ命は大事ですからね」

「どうかね、今回は何もなかったということで帰るのは。彼らの気も荒れないことだろう」

「……」


 シルビアは顔を落とし、黙り込む。その姿を見たパーク侯爵はニヤリと笑った。


(ふっふっふっ。所詮は子供ってところだねぇ。貴族のやり口はまだお勉強中のようだ)


 容易い――パーク侯爵はそう感じた。用意すべきは話を綺麗にまとめてくれるバックアップだろう。

 今回の監査のタイミングには少々驚いたが、爪が甘い。日頃の準備をしていれば、こうして返り討ちにすることも簡単なのだ。

 シルビアの泣き面でも見るべく、パーク侯爵は近づいた。


「ふ……ふふ」

「おや? 恐怖のあまり、おかしくなっちゃったかな? 大丈夫だよ、全てを忘れて帰ってくれたらそれで良いんだ」


 次の瞬間、シルビアは大きな笑い声を上げた。


「あはははは! 浅い! 浅すぎるわよルリキュール卿!」

「……何だと?」


 あろうことにシルビアはテーブルに足をあげ、こう言った。


「この程度の脅し、何百何千何万と受けてきたわ。残念だわルリキュール卿、まさか浅はかな貴族たちと同じやり方をするなんてね」

「強がりも大概にしろ! 僕が用意した傭兵はそんじゃそこらの雑魚ではないぞ!」


 シルビアは勢いよく人差し指をパーク侯爵へ向けた。


「傭兵、か。流石はそれなりに力のあるルリキュール卿ですこと。煽られ慣れていらっしゃらないのね」

「き、さまぁ……!」

「それに傭兵でしたっけ? それなら私は何も心配していませんわ。優秀なメイドたちがいるので」


 シルビアが浮かべるは二人の顔。


(フラウリナ、エスリン。きっちりやりなさいよ)



 ◆ ◆ ◆



 シルビアとパーク侯爵の舌戦が始まったのと同時刻。

 エスリンはとある部屋へ向かっていた。その歩みには何の迷いもなかった。

 その後ろをフラウリナがついていく。


「エスリン・クリューガ。何があったんですか?」

「すぐに分かるよ。あっ、剣は抜けるようにしたほうが良いよ」


 そう言いながら、エスリンはすでに巧妙に隠していた剣を抜いていた。

 フラウリナもその言葉に従い、抜剣する。


「……なるほど。妙な気配ですね」


 戦闘に意識を向けた瞬間、フラウリナもその違和感に気づいた。この屋敷のとある部屋から感じるドロリとした気配。

 これは戦う者の気配だ。


「そういうこと。数は二。内訳は男一人、女一人。どちらも手練れ」

「分かるのですか?」


 〈使用人休憩室〉と書かれた部屋の前に立つ二人。

 エスリンはこめかみを軽く叩きながら、こう言った。


「まぁね。経験則ってやつさ」


 次の瞬間、エスリンは扉を蹴破った。


「失礼しまーす。紅茶飲んでたんですか、美味しそうですね」


 室内では、一組の男女が優雅に紅茶を飲んでいた。


「これは中々、やんちゃなレディだ」


 男性が微笑みながら立ち上がる。その手には剣と盾が握られていた。

 エスリンはそれに驚くこともなく、親指を部屋の外に向けた。


「ティータイム後の運動でもしませんか? どうせ、この後するつもりでしたよね?」

「ほう……」


 軽いノリで、宣戦布告が行われた。

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