第12話 人のためになる仕事
「状況を整理しましょう」
シルビアは頭の中で得た情報をまとめる。
「まずフラウリナに調べてもらっていたことから話そうかしら。きっかけは、先日王城に呼ばれた際、エンヴリット第一師団長と会ったことから始まるわ」
メイド長がその名前に反応した。
「ファークラス王国軍第一師団長ですか? それはまた、大物と会いましたね」
「エンヴリット、か」
メイド長がちらりとエスリンを見る。
「知ってるの?」
「知ってるもなにも、あそこの〈撃滅の槍〉にめちゃくちゃ狙われていましたからね」
「……あぁ、そうか。エスリンは元々殺し屋だから、対凶悪犯罪特殊鎮圧部隊に狙われてたのね」
ファークラス王国軍第一師団第一部隊〈撃滅の槍〉。
ファークラス王国の保有する対凶悪犯罪特殊鎮圧部隊。凶悪犯罪に対し、部隊を送り込み、敵対組織を殲滅することが任務。
エスリンは殺し屋という職業柄、〈撃滅の槍〉の介入を受けたことが何度もある。
「そうですね。何故か私が絡んでいる案件の時に、彼女――エンヴリットが出てきていたのはよく覚えています」
「自慢ですか? エスリン・クリューガ」
フラウリナがエスリンに噛みつく。
「自慢になるわけないじゃん。いくら斬っても絶対追いかけて来るんだから、面倒とは思っても、自慢になんかならないね」
「ごめんねエスリン。フラウリナは前からエンヴリット師団長と手合わせしたいと言っているのよ」
メイド長の補足でようやく合点がいったエスリン。要は羨ましいということなのだろう。
エンヴリットの剣の腕は、ファークラス王国内で最上位に君臨する。事実、エスリンも彼女を撃退するには相当苦労した。
「フラウリナって、いわゆるバトルジャンキー的な奴?」
「言い方が俗ですね。私はシルビア様を守るため、常に高みを目指さなくてはなりません。自分の腕が今どこまで通用するのか、常に確認をしておかなければならないのです」
「うっわ、真面目が過ぎる……」
「真面目で何が悪いんですか」
すかさずメイド長が二人の間に割って入る。
「はい、そろそろ終わりにしましょうね。シルビア様が見ているわよ」
「ふっ。良いわよ、私は楽しいからいつまでも見られるわ」
「シルビア様」
「はいはい。わかっているわよ」
すると、シルビアは二本の指を立てる。
「これから二つの話をするわ。先入観を持ってほしくなかったから、調査に動いてもらったフラウリナも初耳の内容になるわ。心して聞きなさい」
シルビアは二つのことを話した。
一つは、最近国内で子供を標的にした人さらいの事件が増えつつあること。しかも、組織的な犯行らしい。
もう一つは、その組織と貴族が通じている可能性があることだ。
一通り話を聞いたフラウリナは怒りを滲ませる。
「もし、貴族が人さらい組織と繋がっていることが本当なら、その貴族はファークラス王国にとっての敵ですね」
シルビアはフラウリナの怒りを受け止める。
「その通りよ。子供はファークラス王国にとっての宝。国益を脅かしているのと同義よ」
「貴族絡み、か。だからエンヴリット――こほん、エンヴリット卿もシルビア様に話を持ちかけたのね」
「正解よメイド長。悪いことをしていそうな貴族の尻尾を掴みあげるのは、このヴェイマーズ家の役目よ」
「ならば今回はもしや――」
メイド長の問いに答える代わりに、シルビアは自分の机に資料を広げた。
「私たちはそういうことに関与してそうな貴族を調査し、ファークラス王国第一師団は人さらい組織を探し出し、逮捕する。これはこの案件を重く見たエンヴリット第一師団長直々の調査依頼よ」
すっかり正義の味方だな、とエスリンは飛び込んでくる情報をそう整理した。
少し前まで殺し屋だったと言われても、誰も信じないだろう。
しかし、エスリンはそれでいいと思った。今までは命を奪う側だったのだ、たまには救う側になっても罰は当たらないだろう。
乗り気になったエスリンは挙手した。
「発言があります」
「許可するわ。言ってご覧なさい」
「私は王都で見かけた人さらいを追いたいです。きっと、何か分かるはずです」
「貴方もヴェイマーズ家のメイドらしくなってきたわね。安心しなさい、元々そのつもりよ。フラウリナからもらった資料を見てみなさい」
そこでエスリンはフラウリナからもらった資料に目を通す。そこには建物の見取り図や意味ありげな丸が書き込まれていた。
「今回は二手に分けるわ。エスリンとメイド長はこの資料を使って、昼間見つけた人さらいの集団を捜索、可能ならば壊滅とさらわれた子供の確保。フラウリナは引き続き、私の手足になって監査に入る貴族の選定よ。何か確認や意見は?」
三人が揃って「ありません」と返す。それに満足したシルビアはそれぞれに行動開始を言い渡した。
「準備してから行くわよエスリン。あら、どうしたのかしら。具合悪い?」
「まさか。人のためになる仕事を出来るとは思ってなかったので、気分上がっていますよ」
「ふふ。なら、その感覚を忘れないでね。それはきっと、貴方にとって大きな糧になるはずよ」
エスリンは頷き、勢いよく部屋を飛び出した。




