第63話
撮影は滞りなく順調に進んだ。この日はみなみの独壇場のシーンで多少の取り直しはあったものの、スケジュールに差し支えない許容の範囲内である。
「はいカットです」言い終わるとともに監督はみなみの方へ近づく。
「いやー素晴らしい演技でしたよ。相良さんを選出した私の目に、間違いはなかったようですな」
大口を開けて笑う男は分かりやすくおべっかを使った。
「本当ですか。大枝監督にそう言ってもらえると、自信がつきますね」
他が断ったから鉢が回ってきただけだろ、という思いを飲み込んで、大人しく愛想を振るまく。
「なにを仰りますやら。私のイメージした映像をこんなにも忠実に再現してくれるなんて思いもよりませんでしたよ。期待以上の働きで驚愕しっぱなしです」はははと上機嫌で笑う。
「今日の撮影もこの調子で、頼みますね。では次のシーンの準備に入るので、休憩しといて下さい」
監督はそういうとそそくさと立ち去っていった。
想定通りいっているのか、足取りは軽そうだ。
スタジオの隅にパイプ椅子が何脚かあるだけの簡易な休憩スペースへみなみは向かった。
そこには先客がいて台本を穴が開くほどに読み込んでいた。撮影現場ではよくある光景だ。
みなみは邪魔しないように、隣にやおら腰をかけた。
他の演者達は噂で聞いた相良みなみの人物像の違いに、当初は困惑の色を浮かべていた。
だが撮影が進むにつれて、次第にこびりついた彼女のイメージや偏見は薄れていき、
今では休憩などの空き時間に周りに人が集まってくりほどの人気者になっていた。
「みなみさんお疲れ様です」隣にいた男がみなみに気づいて早速と声をかけた。
お疲れ様と返したのも束の間「演技について語り合いたいので、今晩飲みにいきませんか」
男は軽快に誘い文句を言ってのける。
またか。みなみはげんなりした気分になる。