第60話
大枝が椅子に座り、どうぞと対面にみなみを促す。
着席したのを確認してから監督は話し始めた。
「今回の作品では相良さんに重要な役割を担ってもらうことになると思います」
重々しく責任を乗せた言葉を放った。
「入信した母を洗脳だと断罪して、殺害する役ですよね」
この映画の台本が送られたと同時に受けてほしい役も言い渡された時は、
なぜ私にオファーが来たか、すぐにわかった。
この映画はミステリー小説を原作にした作品なのだが、
内容が非常にセンシティブだった。
母娘の悲惨な事件から物語がスタートする。
宗教にハマった母親が有金を全てお布施してしまい、そのせいで生活が困窮してしまう。
そしてその宗教の教えして、入信者の母は教祖に体の関係を強要された。
教祖と体が繋がることによって心が浄化されるという理屈だ。
未遂に終わったが、娘もあわや貞操を奪われそうになった。
家庭崩壊や、強姦未遂。散々な状況が続く中で、娘は私怨を募らせていった。
宗教を離脱させようと母親を説得するが、盲信しているため聞く耳をもたない。
どうにか耐え忍んでいたが、溜まりに溜まった憤懣が爆発してついに実の母親を殺してしまう。
自分はこのまま捕まって人生を終えるのか、まだ何も成し遂げていないのに。
母の遺体を見ながら悲痛に打ちひしがれた。やがて彼女は意を決した。このままつかまるぐらいなら、一矢報いたい。
娘は自分の人生を狂わした宗教団体に意趣返しを図るべく、知恵を振り絞り画策する。
巧妙なトリックで、母を宗教団体恨みをもった自殺に見せかけた。
だが主人公たちの推理によって看破されてしまう。終盤追い詰められた彼女は主人公たちの目を盗んで自殺を図り、物語は幕を終える。
みなみはその娘役に抜擢された。キャスティングが決まらず、有名どこや実力のある俳優は軒並み断られたらしい。大事な役なのでそこらの新人には任せられない。そこで相良 みなみに白羽の矢が立った。
それもそのはずとみなみは思った。まず役者達は宗教絡みの役はやりたがらないのだ。
理由は千差万別だ。大部分を占める一つとしては、多少の解釈の違いで狂信者から反感を買う恐れがある。あの人たちは、演じている役だとかは関係なく人としてみる。ゆえにその役者に気に入らないと苦情を入れるのだ。酷い時は直接的被害を被る事もしばしば。
大袈裟に言えば役者生命に傷を入れる様なものなのである。
そしてこの作品は宗教批判するような作品だ。信者の自尊心を煽る行為に等しい。
デモ行為などの反乱行為が起これば、役者はおろか所属事務所までもが存亡の危機に関わる。なので普通は絶対にやりたくはない。
事務所にとってはこの類の案件は敬遠するのが定石である。