第三十六話
「ともあれ証拠がないので断定はできませんが、一つの視点として捉える事は出来ると思います。
後は各々の主観と判断に任せましょう」話の概要を掴めて龍夫は満足げな色を見せる。
ひと段落をつけた言い方だった。
「ありがとうございます、心の棘がとれて、軽くなった感じがします」
彼女も溜まっていた毒素を抜けたようだ。目尻の下がり具合で判断できる。
この龍夫という男は見かけこそ醜悪じみているが、話してみれば案外聞き上手で好感の持てる人物だった。
「それは良かった。ところで、この話にちょっと不可解な事があるんですよ」
もう末尾に差し掛かったと安心していた時に彼はメガネを軽く持ち上げて、事もなげに言った。
「はい、なんでしょう」多大なる何かを感じとった。背筋を張って、耳を傾ける。
「なんで社長は食事会の事知ってたんですかね?」
言われてハッとした。脳内に電気が流れたような衝撃を受けた。
と同時に思考が加速する。なんでそこに気が回らなかったのだろう。
相手側が密告するのは考えれないし、メリットが無い。かといえ私は詩織にさえも隠していたので、漏れる場所がないのだ。
「分かりません。その時はいっぱい、いっぱいだったので、そこに頭が回りませんでした」
答えが見つからずその場しのぎの返しに「そうですかぁ」と、男は見るからに期待外れの感情を漏らしていた。
「今日は貴重なお話をありがとうございました。相楽さんサイドの話を聞くと此度の注釈がガラリと変わって面白かったです」
「いえこちらこそ、お時間をとらせてもらって私の話を聴いていただきありがとうどざいました」
最後に感謝を伝えて談話を締めくくった。配信者は切断ボタン押した。
画面から彼女のアイコンが消えていく。背もたれに体重を預け伸びをした。
「これはネットニュースなるかもなー」嬉しそうに龍夫は言った。独り言のように呟いたが、コメントから反応が返ってくる。これが彼にとっていつもの日常なのだ。
「お疲れ様。満足した?」ひと息ついた彼女に詩織が声をかけた。
両手には珍しくビールを引っ提げている。
それに気づいた彼女は「詩織にしては気がきくじゃん」と相好を崩して缶を受け取る。
隣り合わせで座り缶を突き合わせる。長い事喋ったせいでみなみの喉は水分が枯渇していた。
そこにきての炭酸の効いたアルコールは耐え難く注ぎ込まれる。
一気に半分以上は胃に流し込まれた。
「言いたい事言えた」やりきった顔でみなみは答える。
「かなりあなた有利の発言に見えたけどね。盛って話してない?」
「まぁちょっとね。演技は得意なもんで」言い終わった後に片目をつぶり舌を出した。
その日は祝賀会のように遅くまで飲み続けた。