貧乏男爵家のガリ勉令嬢が幸せをつかむまでー平凡顔ですが勉強だけは負けませんー
続編と、続編の後ろにコンラート視点の話を追加しました。
もしよろしければそちらもご覧いただけると嬉しいです。
ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・。
街に時間を知らせる鐘が鳴る。ハッとして外を見れば陽が今にも沈もうとしていた。
「大変! 早く家に帰らなきゃ!」
私、ベティーナ・アルタマンは男爵家の長女。あと数か月すればこの国の貴族であれば必ず通わなければならない学院へと入学することになっている。その学院の入学試験のために街の図書館で勉強していたのだけど、集中しすぎて時間が経つのも忘れていたようだ。入学試験はその成績順でクラスが振り分けられる。少しでも上に行きたくて必死だったのだ。
急ぎ机の上に散らばった物を鞄に詰め込み早足で図書館を出る。早く家に帰って食事の用意をしなければ。男爵家のご令嬢といえば聞こえはいいが、実際は貧乏貴族で平民と大して変わらない。メイドも通いの人が1人いるくらいだ。そのため、家のことはなんでも自分達で済ませる必要がある。
炊事、洗濯、掃除。通いのメイドは1人だけだから、そのメイド1人で全てを賄うなんて無理だ。貧乏貴族で家が小さかろうと平民に比べればそれなりに広い。たった1人でなんてそんなかわいそうなことをさせるつもりはない。うちは貧乏でもいい職場環境なのよ。
貴族令嬢にあるまじき速さで走り家へと急ぐ。本当はこんなの令嬢として「はしたない」のだけど。でも私はそんなこと気にしていられない。可愛い弟がお腹を空かせて待っているのだから。
「ただいま! 遅くなってごめんね。すぐご飯作るから」
家に着くなり鞄を自分の部屋に放り込みキッチンへと滑り込む。食材庫から野菜などを取り出し包丁でザクザクと切って急いで食事を作っていく。スープは昼に作った残りがあるからいいとして、あと2品は作った方がいいわよね。
「姉上、お帰りなさい。そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
「ダメよ。今日もいっぱい動いてお腹すいてるでしょ? お姉様頑張って美味しいご飯作るからちょっとだけ待っててね」
「うん、姉上の作るご飯美味しくて大好き。楽しみにしてるね」
かぁ~~~!! 可愛い!! うちの子可愛すぎ!! 天使よ、天使がいるわ!!
弟のヨアヒムは私の5つ下の10歳。生意気なことも言わず素直でいい子で本当にかわいいうちの天使。そして顔が良い。べらぼうに良い。両親も私もものすごーく平凡な顔なのに、なぜか弟だけはぱっちり二重でミルクティー色のふわふわの髪の毛で、超絶可愛いのだ。顔立ちはどうやらお爺様に似たらしい。・・・父よ、なぜその顔を引き継がなかったのか。あ、私もか。
「ベティーナ。今日も図書館で勉強していたのかい? 学院の入学試験が近いのはわかるが無理をしてはいけないよ」
皆で夕食を食べている時、父にそんなことを言われた。
「大丈夫よお父様。ヨアヒムの為だもの。将来いいところに就職してお金稼いでヨアヒムを支えていくの。そのためにはこんなの苦労のうちに入らないわ」
うちは領地をもたない法衣貴族だ。父は文官として王宮で働いている。その給料で家族が普通に生活出来る分はあるのだけど、学院へ通う学費なんかまで賄うのはかなり大変だ。私の学費は今までの貯金で賄えるから問題ないのだけどヨアヒムの分が圧倒的に足りないのだ。
「姉上が頑張るのは僕の為なの?」
「そうよ。貴方がちゃんと学院に通えるようにお姉様は頑張るの」
「・・・僕のせいで無理しなきゃいけないなんて。僕は学院に通わなくてもいいよ?」
ああ、なんて優しい子なの・・・。こんなにいい子に育ってくれてお姉様感激!! お母様はヨアヒムを産んでしばらくして儚くなってしまった。だから育てたのは私といっても過言ではない。
「それはだめよヨアヒム。この国の貴族は必ず学院に通わなければならないの。それにあなたはこの家の跡取りよ。学院に通わないなんてそんなのはダメよ」
全く学費が高すぎるのよ。腹が立つわ。学生は寮生活が義務づけられている。だからその分も含まれているのだろうけど・・・。うちみたいな貧乏貴族はその学費を捻出するのにどれだけ苦労しているか。
ま、私がお金持ちの誰かと結婚出来ればいいのだけど。こんな平凡顔がそんなところにお嫁にいくなんて無理だ。それに貴族としてのマナーは最低限だし、庭という名の家庭菜園で畑仕事までするから日に焼けている。貴族というよりちょっとマナーを知ってる平民、というレベルだ。
そんな私だって昔は一応、縁談の申し込みが来ていた。同じ下級貴族の男爵家や子爵家から。実際顔を合わせてお話させていただいた数日後、向こうからこの話はなかったことに、という手紙が送られてきた。それもすべての家から。
ひどくない!? そりゃ私の顔は見目麗しいわけでもない平凡顔よ。だけど勉強はそれなりに出来るし、結婚したら相手方の家を支えていくことは出来るわ! ・・・たぶん。相手方だって同じ男爵家や子爵家だもの。上級貴族なんて無理だけど、下級貴族の家だったら問題ないはず。・・・ま、断られたのは顔だけじゃなくて家が貧乏っていうのも理由の一つだとは思うけど・・・。
世知辛い世の中よね・・・。はぁ・・・。
だから私は何としても学院をいい成績で卒業していいところに就職しなければならない。可愛い可愛いヨアヒムの為に! 結婚なんてしなくても、私は1人でなんとかしてみせるんだから!!
そして学院の入学試験の結果はなんと3位。努力が報われた瞬間だった。学院のクラスは成績順で振り分けられるから、これで一番良いクラスになるのは間違いない。まずは一歩夢に近づいた。
そして私が振り分けられたクラスは私以外は上級貴族の方々だった。しかもこの国の第二王子殿下までいらっしゃる。しかも上級貴族や特に王族の方なんかは、顔がとてつもなく良い。顔面偏差値にこんなにも差があるなんて神様は不公平だ。だから私はこのクラスの中でかなり浮いている。とてつもなく浮いている。
だって考えてもみて? ものすごーい平凡顔がキラッキラの集団の中にポツンといるのよ? 浮かない方がおかしいわ・・・。しかも家格だって底辺の底辺。最下層にいる平凡顔の女が、キラッキラの上層にいらっしゃる方の中にいるんだから。
おかげで私は友達が1人も出来ないまま学院で数か月過ごしている。だが別に気にしていない。だって友達や結婚相手を探しに学院に来たわけではないのだから。
授業が終わればすぐさま図書室で勉強。部屋に戻ってからも勉強。集中して勉強が出来る素晴らしい環境! 食事は独りぼっちだって寂しくなんかない! ・・・嘘です。ほんとはちょっと寂しい。
だけど友達どころか、周りのご令嬢には冷めた目で見られている。男爵家のくせに上級貴族の男を漁るために上位クラスへ入ったガリ勉女。顔はお世辞にも綺麗とは言えないから頭で勝負するしか能がないガリ勉女。散々な言われようだ。私にそんなつもりは一切ないけど、そんなことは関係ない。彼女たちの憧れの方たちと私が同じクラスにいるだけで気に入らないのだから。
でも週末は家に帰れるし可愛いヨアヒムに会えるから、それを楽しみに毎日勉強に明け暮れている。ヨアヒムに会えるだけで疲れもストレスも何もかも吹っ飛ぶんだから!
そして学院始まってから初めての試験。私は全力をぶつけた。そしてその結果・・・。
「嘘・・・。私が、1位?」
なんと張り出された成績の一番上には『ベティーナ・アルタマン』の文字が。それを見た瞬間歓喜で体が震えた。
どうしよう。嬉しすぎて叫びたい。あああああ、もうだめ! この喜び感動を声に出して叫びたい!!
そう思った私は、その場をそっと離れて学院の奥にある庭園へとやってきた。ここは教室棟からかなり離れていてこんなところまで人はなかなか来ない。到着するなり私はガッツポーズをかましながら思いっきり叫んでやった。
「よっしゃー-----!! やった! やったわ! 1位よ! 1位になったのよ! 最っ高の気分だわ! あははははは! 平凡顔だろうが関係ないわ! 結果が全てよ! あはははは!」
こんなところに人は来ないから飛んだり跳ねたり高笑いしたり、令嬢にあるまじき振る舞いをした自覚はある。だって誰かに見られるなんて思わないもの。
「1位おめでとうございます。アルタマン嬢」
「うひぃっ!?」
そんなまさかが起きて変な声を出してしまった。ぎぎぎぎぎと音がするような動きで振り向いてみれば、そこには誰もが見惚れる微笑みを張り付けたコンラート・ブランディス様が立っていた。
ブランディス侯爵家のご令息。第二王子の側近候補として常に殿下のお側に侍っていらっしゃる、見目麗しき御仁。そして入学試験は1位の秀才。だが今回の試験は2位。私はこの人を押しのけて1位を取ったのだ。
え、え、え? なぜここに?? しかもこんなところを思いっきり見られている。私はあまりのことに動けず変なポーズのまま固まってしまっていた。
「アルタマン嬢はなかなか面白い方のようですね。こんな奇特なダンスを踊ったり奇声を発する方だとは思いませんでした」
「あ、はは・・・。えーっと、いつからそこに?」
「最初からですね。貴方が成績をご覧になってその場を離れたので付いてきました」
さ、最悪なんですけど!? しかもなんで付いてきてんの!?
「私を押しのけ、1位になった貴女に興味がありまして・・・。少しお時間をいただけますか?」
「え、あの、その・・・。お断りします!!」
そう一言告げてダッシュでその場から逃げ出した。令嬢とは思えないたくましい走り方を見せてしまったけど、あんなところを見られているんじゃ今更だ。
そのまま寮の部屋へと戻ってきたけど、よくよく考えたら私ブランディス様と同じクラスじゃない!? 明日も普通に授業があるから嫌でも顔を合わせてしまう・・・。授業を休むなんて選択肢はないから嫌でも行くけど。どうしよう・・・。よく考えれば私、めちゃくちゃ失礼なことしたんだよね。
だってだって、あんなあられもない姿を最初から最後まで見られていたのに「少しお時間いいですか?」と言われて「もちろんですわ」なんて言えるわけない!! そんな強靭なメンタルは持ち合わせていないわよ!! 平凡顔だとしても私だって花も恥じらう乙女なんだから!!
はぁ・・・。やってしまったものはどうしようもない。明日ちゃんと謝ろう。うん。もうそれしかない。
そして翌日。寝不足で若干ふらふらとした足取りで教室へと向かった。ブランディス様と顔を合わせた時のことを考えていたら全然寝られなかった。
「貴女のせいで私の輝かしい成績に傷がついた落とし前をつけていただけますか?」とか「男爵家の女ごときが1位を取ったからといっていい気にならないでくださいね?」とか「いきなり逃げるなんていい度胸してますね。殺されたいんですか?」とか言われるんだと思うと・・・。
ああ、可愛い私のヨアヒム・・・。私が死んだら骨を拾ってね・・・。
「誰ですか? ヨアヒムという方は?」
「あ、ヨアヒムは天使のように可愛い可愛い私の弟です・・・・・て、えぇ!?」
バッと横を振り向けば輝かしい笑顔を見せるブランディス様・・・。ひぃっ!いつの間に私の横にいたんですかぁ!?
「弟でしたか。なるほど」
何がなるほどなんでしょうか!? いきなり貴方に会って私は全然心構えが出来ていませんけど!?
「昨日は走って去ってしまわれましたが、お体の調子が悪かったのですか?」
気遣うようなセリフなのに、目が全然笑っていなくてものすんごく怖いんですけど。今頃私の顔は冷や汗だらだらでみっともない顔になっていることだろう・・・。
「き、昨日はっ、その、失礼いたしましたぁ!! お願いですから殺さないでくださいぃ!!」
言うや否や、見事なまでの土下座を披露した。地面に頭を擦り付けて殺さないでくれと必死に懇願する。今ここで死んだらヨアヒムが学院に通えなくなるんで殺すならヨアヒムが成人した後でお願いします!!
「ぶふっ! くくくくっ! お、お前っ、嫌われてるじゃないかっ・・・くくくっ!」
「・・・殿下、笑わないでください」
ひえぇ! 見えてなかったけど、殿下もそちらにいらっしゃったのですか!? なんてこと!? これじゃ問答無用で不敬罪で処刑されるんじゃないの!? うわーん! そんなのあんまりよ!!
「とにかくアルタマン嬢。立ってください。貴女にそんなことをさせたいわけではありません。・・・それにとても目立っていますから」
そう言われて腕を持ち上げられ強制的に立たされた。びくびくして怖くて顔を見られない。ああ、どうしてこうなってしまったの・・・。
「はぁ。とりあえずもうすぐで授業が始まりますから、昼食時お時間いただけますね?」
もう逃げられないと分かった私はただコクコクと首を縦に振るしか出来なかった。
そして午前の授業が全て終わった時、ブランディス様と第二王子殿下がそろって私のところへおいでになりそのまま食堂へと拉致、じゃなくてご一緒させていただいた。気分は売られる牛の気持ちだけども!
「それでアルタマン嬢。昨日はなぜ逃げたりなどしたのですか?」
食事が運ばれ食べ始めてすぐ、ブランディス様は単刀直入に仰った。
「それは・・・。あんな令嬢としてあるまじき振る舞いを見られてしまったので恥ずかしく・・・。逃げたりして申し訳ございませんでした」
「令嬢としてあるまじき振る舞いとは? 一体何があったんだ?」
「・・・・・奇妙なダンスを踊りながら奇声を発していました」
「ぶふぅっ!! 何だそれは!? すごく見たい!」
嫌ー!! やめてー!! 傷に塩を塗るようなこと言わないでー!!
「というか、『令嬢としてあるまじき振る舞い』だという自覚はあったのですね」
・・・なんか別にいいんだけど、ものすごーく棘がある様に聞こえるのは気のせいではないですよね?
「・・・・・申し訳ございません」
「それは何に対しての謝罪ですか?」
うぐぅっ! そんな冷静に切り返さなくてもいいじゃない!?
「こらこらコンラート。そこまでだ。・・・ほら見ろ、アルタマン嬢が恐怖で縮こまってしまったじゃないか」
「・・・失礼しました」
「いえ・・・」
もうなんなのよ。早く私を解放して。
「アルタマン嬢、そんなに怯えなくても大丈夫だ。コンラートは態度にはあまり出さないがなかなかの自信家でね。成績も優秀、顔も、まぁ私よりは劣るがかなり綺麗な顔をしている。女性はこぞってコンラートと仲良くなりたいと憧れる存在でもある」
「・・・ええ、はい。そうですね。存じております」
さらっとご自分の自慢も入れているのはスルーしてもいいですか? いいですね? はい、スルーします。
「そんなコンラートが学力で打ち負かされ、声を掛けたら逃げられてかなりショックを受けてしまったようでね。こんなことは今まで無かったからどうしていいのかわからなかったんだ」
「え? ショックだったんですか?」
「そう。信じられないだろう? 何をやっても他の追随を許さず女性にだってモテたコンラートなのに、君には全部ひっくり返されてしまった。だから昨日のこいつは落ち込みがすごくてね。いやぁ、良いものを見せてもらったよ」
「殿下! そんなことは今はいいのです!」
嘘。信じられない。上級貴族で頭もよくて顔もカッコよくてなんでも持ってるブランディス様が、そんなことで落ち込むだなんて。
「・・・なんというか、私は今まで私以上の成績を出すものに出会ったことはありませんでした。何かをやれば簡単になんでも出来てしまう。自分の力を過信していました。いい気になっていたんです。でも貴女が現れた。今回の試験は手を抜かず全力を出しました。ですが結果は貴女に負けてしまいました」
「・・・すみません」
「勘違いしないでください。謝ってほしいわけではありません。私の方こそ感謝を申し上げたいと思ったのです」
へ? 感謝? 暴言ではなく?
「・・・貴女は私を何だと思っているのですか?」
あ、口に出してました!? 申し訳ありません。・・・・・殿下、そこでプルプル震えず声に出して笑っていいのですよ。
「私の目を覚ましてくださいました。そして私は貴女をライバルに決めました」
「はい!? ライバル!?」
「次こそは貴女に勝ちます。負けません。覚悟してください」
えぇ・・・。そんな一方的にライバル宣言だなんて。そんなのは望んでいないんですけど・・・。
「そういう訳だ。こいつは今まで負けたことがないからね。初めての敗北で闘志を燃やしてしまった。だからこいつの為にも君はライバルとして頑張ってほしい。よろしくね」
殿下にまでそんなことを言われて「嫌です」なんて口が裂けても言えるわけないじゃないですか・・・。私はしがない貴族の最底辺の男爵家ですよ。王族の方にそう言われたら「はい」としか言えないです。こんなの脅しじゃないの・・・。
それから望まないうちに勝手にライバルにされてしまった私は、頻繁ではないけどブランディス様や殿下、その他側近候補の上級貴族の方たちと言葉を交わすようになりランチも時々ご一緒することになってしまった。当然、周りのご令嬢の方々は面白くないわけで・・・。
教科書を破かれたり、私物を捨てられていたりと嫌がらせされるようになってしまった。寮の部屋にも入られて何もかもめちゃくちゃにされたりもした。寮の部屋は鍵がかけられるようになっている。鍵が壊された形跡はないからスペアキーを使って入ったことになる。スペアキーは管理人が持っているから管理人に確認したら「知りません。貴女の自作自演なのでは?」と言われて愕然とした。
おそらく犯人は上級貴族の方なのだろう。管理人を買収して鍵を受け取り部屋へ入った。そうとしか考えられない。悔しいけど私は犯人を捜すことも弁償してもらうことも出来ない。泣き寝入りするしかないのだ。
「くっそ~! これ全部買いなおしたら一体いくらかかると思ってんのよ!! うちはただでさえ貧乏で無駄な出費は抑えたいのに!」
めちゃくちゃにされた部屋を掃除しながら悔しくて泣いてしまった。これも全部ブランディス様がライバル宣言なんてするから周りのご令嬢の反感を買ってしまった。ランチだって本当は行きたくない。別にあの方達と仲良くなりたいなんて思ってない。だけど誘われたら貴族の底辺である男爵家の私には断るなんてことは出来ない。それなのに・・・。
次の試験はもうすぐそこ。ここでブランディス様が1位になればライバルになんてならないと放ってくれるかもしれない。そうなればもう私はあの方達と言葉を交わすことも、ランチをご一緒することもしなくてよくなる。
私は別に1位を取り続ける必要なんてない。上位の成績を収めていれば就職には有利なはずだから。うん、そうしよう。次の試験は8割ほどの力を出せばいい。そしてブランディス様に1位になっていただこう。
もうこんな目に遭うのは辛すぎるもの。
そして次の試験は決めた通り8割ほどの力で提出した。後日その結果を張り出された掲示板に確認に行けば。
私は5位だった。1位はもちろんブランディス様。その結果を見てほっとした。これでもう関わらなくてよくなる。嫌がらせもされなくなる。そう考えていた。
「べティーナ・アルタマン!!」
大きな声で私の名前を呼ぶ声がした。声の方へ顔を向けると怒った顔のブランディス様が。え? なんで? なんで怒ってるの!? 1位に返り咲いたのになんで!?
私の目の前まで来るとバン! と壁に手を当てて睨みつけてきた。これって噂に聞く「壁ドン」てやつですか!?
「どういうことですか? なんですかあの成績は! あれが貴女の実力ですか!!」
ひぃっ!怖い!! なんでそんなに怒ってるの!?
「まさか貴女、わざと手を抜いたんじゃないでしょうね」
そう言われてびくっと体が震えてしまった。
「・・・なんてことを」
そっとブランディス様を窺うと俯きフルフルと震えていた。と思った瞬間ガバッと顔を上げて、バン! と壁を殴ってきた。あまりのことにびくっと震えあがるしか出来ない。体はカタカタと震えている。怖すぎるっ!
「貴女は・・・貴女は私を侮辱する気ですか!? こんなことをされて私が喜ぶとでも!? なぜ手を抜いたりしたんだ!? 貴女は私を嘗めすぎだ!」
「あ・・・ごめ・・・な、さ・・・」
あまりの恐怖と申し訳なさと不甲斐なさで思わず涙がぽろっとこぼれてしまった。
「あ・・・」
私が泣いたことでびっくりしたのか、ブランディス様の手が壁から離れた瞬間私はまた逃げ出した。
そのまま学園の奥にある庭園へと来てしまった。はぁはぁと息を整えるも、あふれる涙が止まらなくて嗚咽がもれてうまく息が吸えない。
『貴女は・・・貴女は私を侮辱する気ですか!? こんなことをされて私が喜ぶとでも!? なぜ手を抜いたりしたんだ!? 貴女は私を嘗めすぎだ!』
そんなつもりじゃなかった。1位になったら喜んでくれると思った。そしたらもうライバル視されなくて済むんじゃないかって思ってた。だけど・・・。それは間違いだったんだ。私が手を抜いたことで侮辱されたと思わせてしまった。正々堂々と戦わなかったことで怒らせてしまった。あんなに感情を昂らせて怒鳴るなんて思わなかった。
「ごめん、なさい・・・ごめ・・なさ・・・・・」
その言葉を伝える人はいないけど、私の口はその言葉しか出てこなかった。やがて私の気持ちを表すかのように雨が降り出した。濡れることも構わず私はそのままそこで泣いていた。雨に打たれていれば私の涙もわからなくなるから。
いつまでそうしていたのかわからないけど、ここにずっといてもしょうがない。重い足を引きずって寮へ戻ると、入り口に名前も知らないご令嬢が5人待ち受けていた。
「あら、やっとお戻りなのね。ずいぶんずぶ濡れでお似合いだわ」
「ブランディス様に怒鳴られていたのを見た時、いい気味と思いましたわ。貴女が近づいて良い相手ではありませんのよ。これでご自分のお立場がお分かりかしら?」
「男爵家風情がいい気になるとこうなるのよ。勉強になってよかったわね」
本当にね、くすくすっと笑いながら彼女たちは去っていった。
わかってるわよ、そんなこと。私が近づいてはいけない人なんだってことくらい。でも私から近づいたわけじゃないのにどうすればいいのよ!? 逆に教えてほしいくらいよ!
部屋に戻ってからも悔しくて悲しくて濡れた体をそのままに、床にうずくまり泣いていた。泣きつかれた私はいつの間にか眠ってしまったようだった。
「ん・・・」
「あら? 気が付いたのですか?」
誰? それにここはどこ?
「貴女は高熱を出して倒れていたらしいのです。ここに運ばれて2日ほど目を覚まさなかったのですよ。よかったわ意識が戻って」
え? 2日も寝込んでたの?
「・・・あ、りが・・と・・・けほっ」
声が掠れてちゃんと出ない。
「ああ、無理しないでください。まだ熱は下がりきっていませんので。とりあえず医師を呼んでまいりますのでお待ちください」
ここがどこかもあの人が誰なのかもわからないけど、倒れた私を介抱してくれたようだ。のどが渇いてしかたない。周りにいた人に声をかけると、ゆっくりと水を飲ませてくれてやっと人心地ついた気分だ。まだ熱があるせいかぼーっとするけど、起きた時より意識がはっきりしている。
それからお医者様が診察をしてくださって薬を飲んでまた眠った。声がうまく出せなくてここがどこかも聞けなかった。次起きた時はちゃんと聞かなきゃ・・・。
そして次に目を覚ました時、衝撃の事実を聞かされた。なんと私が寝ていたこの場所は王宮の客室だった。なんで王宮!? と思ったら、殿下の婚約者様が私の様子を見に来られていたらしい。すると部屋で倒れている私を発見。それを殿下に伝えると王宮で看護するということになって連れてこられた、と。
でもなんでわざわざ王宮に?? という疑問は殿下とブランディス様がお見えになって説明してくださった。
「まずは意識が戻って良かったです。君が意識を失って倒れていると聞いたときは肝が冷えました。・・・それと申し訳ありませんでした」
え? なんでブランディス様に謝られるのかわからずぽかんとしてしまった。
「貴女の事情を聞かず一方的に詰ってしまいましたから。あれほど毎日図書室で勉強している貴女があの成績なんておかしいのです。なのにそれも聞かずに私は・・・」
「アルタマン嬢、あの後こいつをしっかり叱っておいたからね。私の婚約者殿が。いやー見ものだったよ。君にも見てほしかったね。くくく」
「・・・殿下」
部屋に私の様子を見に来られたのもそうだけど、なんで殿下の婚約者様が叱ったの?? 私の疑問を感じ取ったのか殿下はくすくすと笑いながら説明してくれた。
「周りのご令嬢の態度が気になってね。僕がアルタマン嬢のことを気にしておくように伝えていたんだ。そして先日の成績発表の時君はコンラートに怒鳴られただろ? 周りに他の生徒がいるにも関わらず。そしたら『男性にあんな風に怒られて怖いに決まっているでしょう。何も聞かず一方的に女性に詰め寄るなんて、それでも殿下の側近候補ですか!?』とすごい剣幕だったよ」
殿下はわかってたのか。私が周りのご令嬢から嫌がらせされてたこと。
「それに上級貴族のコンラートが下級貴族である君にあんな風にされては君の立場がますます悪くなる。そんなこともわからない不甲斐ない男だとは思わなかった、なんてズタボロだったよ。それに寮の部屋もめちゃくちゃにされたんだってね。君がそんな目に遭ったのは僕たちにも落ち度がある。すまなかったね。それでお詫び、というわけじゃないけど君を介抱するのに王宮の医師に見せるためにここへ連れてきたんだ」
「い、いえ! 殿下方が謝られることではありません! 看護もしていただきありがとうございます」
「・・・いえ、貴女への影響をもっと考えるべきでした。私が一方的に貴女をライバルだと決めたことで関わりが増えました。それを面白く思わないご令嬢はいるのだとちゃんと考えるべきだったのです。それなのに私は貴女を一方的に詰ってしまった。試験で手を抜いたのはご令嬢からの嫌がらせがあったからでしょう?」
「そ、れは・・・」
ないとは言えない。だって実際そうだったから。
「本当に申し訳ありませんでした。私が出来ることは何でもさせていただきます。ですので遠慮なく言ってください」
「え!? それは申し訳ないので大丈夫です! あの、本当に気にしないでください!」
「いえ、それでは私の気がすみません。お願いします。何でも言ってください」
「いえ、本当に大丈夫ですから!」
「それはダメです。お願いですから・・・」
「はいはい、そこまで」
お互いに譲らず言い合いを続けていたら、パンパンと手を叩き殿下が呆れながら止めに入ってきた。はぁとため息をつきその口を開く。
「アルタマン嬢はこいつの謝罪の意味も込めてコンラートに部屋のもの全て弁償してもらえばいいよ。君が気にすることじゃない。それにそうでもしないとこいつは収まりがつかないだろうし。君はこれからコンラートのライバルとして正々堂々勝負をしてくれたらそれで万事解決だ。ご令嬢たちのことはこちらでも何とかするから気にしないでほしい」
「え・・・。ライバルは続けないといけないのですか?」
「うん、それは出来たらお願いしたいかな。・・・こいつが初めて本気になったんだ。将来、僕の側近としてもとてもいい方向で変わってくれた。だから未来の国の為だと思って僕からもお願いしたいかな」
ずるい・・・。そんな風に言われたら断るなんて出来るわけがない。
「・・・わかりました。これからは私も手を抜くなんてことはいたしません。正々堂々と勝負します」
「アルタマン嬢! ありがとうございます!」
私が諦めてそう言うと、こんな風に笑うのかとこっちが驚くくらい満面の笑みでブランディス様は仰った。あまりにも綺麗な笑顔で私の心臓はドキッと音を立てる。周りに花が見えるわ・・・。キラキラと光りまで舞って見える。顔が良い方の全力の笑顔ってすごい迫力なのね・・・。
それから父が迎えにきて殿下とブランディス様にひたすら頭を下げて家へ一旦戻った。私の天使ちゃんである可愛いヨアヒムに十分癒されたお陰で、すっかり風邪も治った私は学院へと戻った。
学院の寮の部屋へ入った途端、私は自分が持っていた鞄を落としてしまった。だって、だって部屋に! 部屋に大量の荷物が!! 慌てて部屋番号を確認するも私の部屋で間違いない。だけど、こんな沢山の物買った覚えなんてもちろんない。うちは貧乏なのだ。こんな散財するわけがないもの。
置かれた箱の一つを開けてみると、自分で絶対買えない上等な布が使われた煌びやかなドレスが出てきた。そんな高価なドレスなんて触ったことのない私は怖くなってそっとしわにならないように置いた。それから他の箱を開けてみると、これまた自分では絶対に買えないキラッキラな靴・・・。これは一体何事!? なんでこんな大量の贈り物? が私の部屋に!? とふと見るとメッセージカードが置かれていた。
『知の女神アルタマン嬢へ。部屋の中に何があったのかわからなかったのでこちらで選ばせていただきました。どうぞお受け取りください。気に入っていただけると嬉しいです。コンラート・ブランディス』
え・・・。これってまさか部屋の物がめちゃくちゃにされたそれの弁償の品ってこと!? ちょ! こんなに高価な物一つもないから! このドレス1着で私の物全て買えるどころかお釣りが大量にでるわよ!
しかも『知の女神』って何!? そんな大層な物になったつもりはないですよ!? 女神だなんてこんな平凡顔に冗談でも使っていい言葉ではないですから!!
それにしても上級貴族の金銭感覚って怖すぎ・・・。ついていけない・・・。とりあえず明日ブランディス様に会ったらお礼言わなきゃ。
そして翌日、教室へ行けばブランディス様は私の机の前で待っていた。私の机の前で。なぜ?
「おはようございます、アルタマン嬢。元気になられたようでよかったです。・・・これを。貴女が休んでいた間の授業のノートです。私が作ったのでお気に召さないところもあるかとは思いますが、ないよりは良いかと」
「おはようございます。あ、あの・・・とても助かります。ありがとうございます。それと部屋の贈り物ありがとうございました。びっくりしました。あんな高価な物本当に受け取っていいんでしょうか」
「気にしないでください。むしろあの程度で申し訳ないほどです。ですが貴女の好みもわからなかったので適当に選んでしまいました。申し訳ありません」
は? あの程度ですって!? 十分すぎますから! それにセンスが良すぎて適当だなんて思えない。
「い、いえ。本当に素晴らしいお品で驚きました。本当にありがとうございます」
「良かった。そう言っていただけて安心しました」
ひえぇっ! またそんな満面の笑顔やめてください!! 心臓に、私の心臓に悪いので!! 周りの方たちも、ブランディス様の美しすぎる笑顔にやられてますから。本当に顔面偏差値の高い人の笑顔は心臓に悪いわ。
それからの毎日はブランディス様と更に関わるようになってしまった。放課後図書室で勉強していると、時間がある時はブランディス様もいらっしゃって2人であれこれ相談しながら勉強するようになった。いつも1人で勉強していたからわからないところや疑問に思っていることを相談しながら進めていけるのですごく捗る。しかも相手は秀才のブランディス様。こちらがわからないところを聞いてもさらっと答えてくれる。なんでこんなにすごい人が私をライバルにしたんだろうか・・・。次は全力で試験を受けたとしても勝てそうにない。
そして迎えた3回目の試験で私は2位になった。1位はもちろんブランディス様。今回は全力で試験に挑んだけど僅差で負けてしまった。やっぱりね、と思いながらも悔しいと思ってしまう。
「おめでとうございます、ブランディス様。今回は完敗です」
「ありがとうございます。1位を取ることが出来ましたがかなり危なかったですね。ですが今回勝ちは勝ちです」
「はい。次は私が勝ちますから! 覚悟してくださいね!」
「それは楽しみです。私も負けませんから」
今ではすっかり打ち解けてしまって、家格がどうとか気にしなくなっている。それにこうやってお互い切磋琢磨出来るこの関係がとても心地よくて楽しい。
「あ、そうです。日頃の感謝を込めて今度の週末にでもどこか出かけませんか? この前いろいろとお贈りさせていただきましたが貴女の好みを聞かずに送ってしまったので。貴女の好きなものを贈らせてください」
「え!? そ、それは恐れ多いです。気にしないでください! 前にいただいたもので十分です! ・・・それに週末は家に帰らなければならないので申し訳ないのですが・・・」
はぁびっくりしたぁ・・・。どこか出かけようなんて誘われるとは思わなかった。危ない危ない。勘違いしそうになるわ。もしかして私のことを? なんて。こんな平凡顔の貧乏貴族の娘を好きになる人なんているわけないのに。あれだけ縁談で断られてきた結果が全てを物語っている。ベティーナ、現実を見るのよ。
そして週末家に帰った。
「ヨアヒムー--!! ただいまー! 会いたかったわ!」
「姉上! お帰りなさい! 僕も会いたかったです!」
かぁー----! 可愛い! いつ見ても可愛い! ここには可愛いが溢れているわ!!
会えなかった1週間の出来事を聞きながら一緒に庭の家庭菜園で畑仕事をする。今日もしっかり野菜が収穫出来ていい感じ。今日はたっぷり野菜のごろごろシチューでも作ろうかしら。ヨアヒムの大好物だし。
そしてキッチンで夕食の準備をしているとヨアヒムがやってきた。
「姉上! 姉上にお客様がいらっしゃってます。今は父上が対応してますが姉上も早く向かった方がいいと思います」
え? お客様?? 私を訪ねてくるお客様なんて誰もいないはずだけど??
不思議に思い、応接間に向かうとそこにはありえない人物がいた。
「え!? ブランディス様!? なぜここに!?」
「ああ、アルタマン嬢。事前に連絡もなく突然お邪魔して申し訳ない。どうぞこちらを」
そう言って手渡されたのは色とりどりの綺麗な花束。こんな綺麗な花束なんて貰ったの初めて。飾り気のない我が家が一気に華やかになった気がする。
「あ、ありがとうございます。花束なんて初めて貰ったのでとても嬉しいです。ですが、なぜ突然こちらに?」
「いえ、近くに来たものですから貴女にお会いしようと思って。お出かけを断られてしまいましたのでせめて花束だけでも、と」
え? え? え? 嘘なんでどうして。こんなことされて私は間違いなく真っ赤になってる。平凡顔の赤面なんて需要ないのに。
「なんだか今日はとてもいい匂いがしますね。美味しそうな・・・。もしかして夕食の準備でも?」
「あ、は、はい! うちは貧乏なので、食事は私が作っているのですが・・・。その匂いが付いていたのですね、申し訳ありません」
ううう・・・。恥ずかしい・・・。普通のご令嬢は料理なんてしないから体からご飯の匂いなんてさせないよね。むしろ香水のいい香りがするはずだもの。
「もしよろしければご一緒にどうですか?」
「ちょ! お父様!? ブランディス様にそんな粗末なもの食べさせられるわけないでしょう!?」
何を言っているんだこの人は!? 信じられない! ブランディス様だって迷惑に決まってる!
「おや、いいのですか? それは嬉しいですね。ぜひご相伴にあずからせてください」
はぁ!? 嘘でしょう!? なんで!? なんでそんなに嬉しそうなのー-!?
「あ、あの! ブランディス侯爵家では食べられないほど粗末な物しか出せません!そんな恥ずかしい物をお出しするわけには・・・」
「それはさぞかし素朴な家庭料理なのでしょうね。私も一度そのような家庭料理を味わってみたいと思っていたのです。楽しみですね」
・・・待って。意味が分からない。侯爵家のご令息がそんな家庭料理食べてみたいとかどういうこと!? うちで食べてるのは貴族とは思えないほど質素な食事なんですけど!?
という私の心の叫びは置いといて、本当にブランディス様と一緒に食事をすることになった。
「貴方がヨアヒムですか。初めましてコンラート・ブランディスと申します。貴女の姉上とはライバルとして切磋琢磨させていただいています」
「あ、あの。ヨアヒム・アルタマンと申します。えっと、姉上がいつもお世話になっております。これからもよろしくお願いいたします」
「あああああ! 可愛い!! ちゃんとご挨拶出来て偉いわ!100点満点!いえ、1000点満点あげちゃう!」
あまりの可愛さにぎゅーっと抱きしめてよしよししてあげた。
「あ、姉上! お客様の前ですよ! 恥ずかしいです!」
「・・・弟君にはそんな風になるのか。これは妬けるな」
「? 何か仰いました?」
「いえ、何も。・・・それよりもとても美味しそうですね。楽しみです」
食卓に並んだのは家庭菜園でとれた野菜をたっぷり使ったシチュー。そしてサラダにパン。急遽お肉料理も付けたはいいけどこんな質素な食事で恥ずかしすぎる。
「あ、あのお口に合わなければ無理しないでくださいね。侯爵家の方にお出しする物ではありませんし・・・」
そして食前の祈りを捧げてスプーンを手に取った。
ブランディス様がシチューを口に入れていく。いつも思うけど本当に綺麗な所作で食事されるのよね。あああ、あんな高貴な上級貴族の方の口に私の手作り料理が運ばれていく・・・。
「・・・・・美味しい」
「え?」
「とても美味しいです、アルタマン嬢。なんというか、ほっとする味ですね。野菜の味もとても濃くて濃厚なシチューに全然負けていません」
「野菜は家庭菜園でとれたものを使いました。うちは見ての通り裕福ではありません。節約のために野菜は自分達で作っているんです。ですので、本当に恥ずかしいのですけど・・・」
「え? ご自分で作られているのですか? それは凄いですね。こんなに美味しい野菜を作れるなんて素晴らしいと思います」
え・・・。家庭菜園なんてあり得ないって言われるかと思ったのに。まさか褒めてもらえるだなんて・・・。
「アルタマン家はうらやましいですね。こんなに美味しい料理を食べられるなんて」
美味しいって、そんなにいい笑顔で言われたら嫌でも顔が赤くなってしまう・・・。どうしよう。すごく嬉しい。それがたとえお世辞であっても。
それからたまに週末にはブランディス様がいらっしゃるようになった。そして一緒に食事もしていく。侯爵家の方に出すような食事じゃないはずなのに、食べる姿は本当に嬉しそうでいつも「美味しい」と言ってくださる。
なんで・・・。こんな風にされたら勘違いしてしまうから止めてほしい。最近はブランディス様の顔を見るだけで心臓がどきどきとしてしまう。好き、なんだろうな。身分が違いすぎて好きになっちゃいけない人なのに、私は好きになってしまった。
学院では相変らずライバルとして試験で成績を争っていた。お互い1位になったり2位になったり。時間が合えば図書室で一緒に勉強することも変わらない。そんなある時、ふとブランディス様が私に質問された。
「アルタマン嬢、貴女はなぜこんなにも勉強に力を入れているんです? 前から不思議だったのです。女性ですからここまで勉強に力を入れる方が珍しくて・・・」
ブランディス様の仰ることはごもっとも。普通のご令嬢ならばここまでがむしゃらに勉強なんてしない。結婚して子供を産むことが第一だから私のような人間は珍しい。
「それは・・・。恥ずかしながらご存知の通りうちは貧乏です。これから先、弟のヨアヒムが学院に通うための学費が足りないんです。ですから私が良いところに就職してお金を稼ぐ必要があって・・・それに縁談も昔あったのですが全て断られてしまいまして。私がなんとかするしかなくて、だから勉強をしなければならないんです」
うちの経済状況をお話しするのはすごく恥ずかしいけど、恥ずかしいだけで隠すようなことでもない。だから全部正直にお話しした。ブランディス様なら馬鹿にすることはないとも思ったし。
「そうだったのですか。弟のために。・・・・・なるほど」
「? 何か?」
「いえ。それに縁談はすべて断られたというのは本当ですか?」
「はい。向こうから来た縁談なんですが、貧乏男爵家と縁を結んでもいいことなんてないですからね。しかも私はこんな平凡顔ですし。絶世の美女だったら、貧乏でも誰か貰ってくれたんでしょうけど・・・。ま、しょうがないです。私は1人でも大丈夫です。逞しさなら負けません!」
「そうですか・・・。確かに貴女は逞しいですしね」
「あ、ブランディス様もそう思われます? ふふっ。逞しいご令嬢って本来あり得ないんですけどね」
こんなこと好きな人に自分で話してて悲しくなるけど、そんなことを思わせないように必死に笑顔を張り付けた。
3年に上がってしばらくして。私はお父様に呼ばれて執務室へと向かった。
「ベティーナ。実はお前に縁談の申し込みが来ている」
「え? 縁談? 誰からですか? こんな平凡顔の貧乏男爵家の私に縁談の申し込みだなんて・・・」
「・・・ブランディス侯爵家のコンラート様だ」
「は?」
え? 今、なんて? ありえない名前が聞こえたんですけど?
「ブランディス侯爵家のコンラート様からだ。お前と婚約したいと打診が来た。うちは男爵家で身分も釣り合わない。だがこちらからお断り出来る立場でもないからお受けするしかないんだが・・・。お前は何も聞いていなかったのか?」
「き、聞いていません! 知りませんこんなこと! 絶対何かの間違いです! 学院に戻ったら確認してみます!」
なんてことなんてことなんてことー!? 意味がわからない! なんで一体どうしてこんなことに!? 絶対これは何かの間違いよ! こんなこと私の身におこるはずない!
学院に戻ればブランディス様を捕まえて聞き出した。
「あの、ブランディス様。確認したいことが・・・」
「もしかして婚約の打診のことですか? ・・・放課後お時間貰えますか? そのことについてお話しさせください」
そして放課後。学院の奥にある庭園へと2人でやってきた。
「あの、婚約の打診だなんてどうしてです? 何かの間違いですよね?」
「間違いなんかじゃありませんよ。私は貴女と婚約したくて打診させていただいたのです」
「な、なぜです!? 私は貧乏男爵家でブランディス侯爵家にとって何の利益もありません。はっきり言ってお荷物です。それに身分だって釣り合いません。こんなの、ブランディス侯爵様や侯爵夫人は納得されてるのですか?」
私と婚約したいだなんて、なんの利益も出せないのにそんなのおかしい。普通貴族の結婚は恋愛結婚が多くなったとはいえ、上級貴族ならば政略結婚するところは多いはず。それは家と家の繋がりを持たせるためだったり、何かと利益があるから結ぶ結婚だ。うちみたいな貴族の最底辺の男爵家、しかも貧乏なうちと侯爵家が縁を結んだって侯爵家側にはマイナスにしかならない。こんなことブランディス様ならわかってるはずなのに。
「・・・貴女は自分のことは考えないのですね。普通は私から婚約を打診されたら何も考えず喜んで婚約を結ぶと思うのですけど」
「それはわかります! ブランディス様は第二王子殿下の側近候補で優秀で見目麗しくて、そんな方と婚約したいご令嬢なんてそこら中に溢れてます! ですが、それはブランディス様にも利益があるからこそで私なんか何も渡せるものなんてありません。しかもこんな見た目だって平凡な私と婚約したらブランディス様が変な目で見られます!」
「平凡なんかじゃありません。貴女は私にとって世界一美しい人です」
「は?」
『世界一美しい』? 目がおかしくないですか? 医者にかかった方がいいです、それ。重症です。末期です。
「最初はこんな風に思ったことはありませんでした。ですが貴女と一緒に過ごすようになって貴女をもっと知るようになって、貴女がだんだん綺麗に見えてきたんです。努力家で自分を犠牲にしてでもやり遂げようとする気概も惹かれた要因の一つです。好きになったら綺麗に見えるのなんて当たり前でしょう?」
好きになったら? え? 今そう言った? 好きになったらって、ブランディス様が私のことを好きってこと!?
「それに貴女は利益がないと仰いますが、十分利益はありますよ。貴女が嫁いできてくださればブランディス侯爵家にとって利点は大きいです。だってこんなに優秀な方を迎え入れられるのですよ? 我が侯爵家は文官の家です。父は宰相ですし、兄は次期宰相。そして私は殿下の側近。その私の妻に優秀な貴女が来てくだされば我が家は安泰です。貴女が望むように王宮で働くことももちろん認めますし、むしろ貴女の力を借りたいと父も言っているくらいです。ですからこの婚約になんの問題もないのですよ」
噓でしょ・・・。こんなのあり得ない・・・。
「それに、そんな我が家にもたらす利益なんておまけです。私が貴女と結婚したいんです。貴女を愛しているから。誰にも渡したくないんです。どうかお願いします。婚約、してくださいませんか?」
ブランディス様に握られた手が熱い。というか体全体が熱い・・・。こんな、こんなことって。
「身分が・・・釣り合わないです」
「確かにそうですね。ですが過去にも何件かこういった婚姻はあります。問題はありません」
「・・・うちは貧乏です」
「ですが、優しくて美味しい料理に素晴らしい野菜を作れる。それはその人の心がこもっているからでしょう。お金があっても心が貧しい人だっています。貴女は心がとても豊かで温かい。そんなところも惹かれました」
「・・・縁談をすべて断られるほどの平凡顔です。不釣り合いです」
「過去に貴女との縁談を断った家は悔しがるでしょうね。こんなにも優秀な貴女を手に入れるチャンスだったのに自らそれを棒に振ってしまった。それに先ほども言いましたがどんな美女より、貴女が一番美しく見えるんです。不釣り合いだなんて思いません」
「・・・それ医者に行った方がいいです。重症です」
「ははっ。医者にかかったとしても正常としか診断されないでしょうね。私に悪いところは何一つありませんし。・・・他には? 不安に思っていることはありますか?」
「・・・・・ありません」
ここまで言われたら何も言えるわけない。こんな風に私を認めてくれた人なんていなかった。それも好きな人に認めてもらえた。これ以上の幸福ってあるのだろうか。嬉しくて嬉しくて涙が止まらない。嬉しくて泣くだなんてヨアヒムが生まれた時以来だ。
「良かった。でしたら婚約、してくれますか?」
「・・・はい。私なんかでよろしければ」
そう返事をするとブランディス様にギュッと抱きしめられた。男性に抱きしめられるなんて初めてだからこれだけですごくどきどきする。それにブランディス様いい匂い。
「ベティーナ。愛しています。婚約を受けてくださって感謝します。本当に嬉しい」
「わ、私も・・・ブランディス様が好き、です。愛しています。ですから返品不可なので気を付けてくださいね」
「コンラート、と呼んでください。ああ、貴女も同じ気持ちを持ってくださっていたなんて。返品なんてお願いされてもしませんよ。絶対離しませんから。覚悟してくださいね」
それからしばらく、誰もいない庭園で抱き合っていた。勉強をひたすら頑張っていただけの平凡顔の私がこんな素敵な方と結ばれるだなんて・・・。勉強頑張ってきてよかった。
私は貴族としてのマナーも最低限だし、侯爵家に嫁ぐ以上覚えなければならないことややらなければならないことも山のようにあるだろう。全くの未知の領域だけど持ち前の「逞しさ」と「根性」で乗り切ってみせる。
自分のためというより、愛する人のために。きっと大丈夫。コンラート様がいてくださる限り。
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