今度こそ、みんなのもとに
「……よし、じゃあ今度こそ孤児院まで行こうか」
サキュバス村に立ち寄った俺はバハムートの背中まで戻って来た。
村を出るとき、道行く村人(サキュバスなんだけど)に「押忍、お越し頂きありがとうございましたァ!!」とやたら気合の入った挨拶をされたんだけど、あれも女神の知り合いのせいなんだろうか。
その女神にも「寄り道するなよ」と言われてしまったし、帰るしかないよな。
『……その前に、当機に言うべき言葉があるのでは?』
そして、ずっと村の外の森で待っていた彼女は不機嫌そうだ。
当然か。もう日が落ちかけてきてるし、その間俺はカーナと一緒にご飯食べて寝てたんだもんな。
「ごめんごめんバハムート。眠くなっちゃっててさ。時間かかりすぎだったよな」
「わたくしも……ご迷惑をおかけしました。あの時、眠気に負けてなどおらねば……」
『時間は問題ありません。貴方がたは眠りと食事を必要とするのだから、それを咎めるつもりはありません。もっと別の問題です』
「え、じゃあなんで」
そう聞くと、バハムートは俺たちの座席のハッチを開き、外気を浴びせながら顔を向けてくる。
『その強い臭気です。当機の飛行には現状支障を来しませんが、その臭いが当機に染み付いたらどうするつもりですか』
「あっ……」
言われて思い出した。俺もカーナもサキュバス村でだいぶニンニクの入った料理を食べたから、その臭いがバハムートには気になるようだ。
「も、申し訳ありません……」
『いえ、反省いただけるのであれば謝罪は不要です。今後は換気機能を追加して対処いたします』
こうしてまたバハムートに変な機能を追加させる要因を作ってしまった。……流石に申し訳ないな。
『それで、行き先は孤児院との事ですが、どちらにあるのです?』
「あぁ行ってくれるんだ……」
またあの鉱山まで戻るのかと思ったが、俺の行きたい場所を優先してくれるようだ。
俺はバハムートに街の特徴を伝え、空から一緒に探す事になった。
『ザック、あちらではありませんか?』
サキュバス村を越えた先、小規模な村や海沿いの漁村を眺めていくと、バハムートがそう地平線の先を見るよう促してくる。
俺にはまだよく見えないが、彼女の航行速度もあってすぐにその姿を確認できるようになる。
上空からではあるが、いくつか見覚えのある建物を確認し、俺も確信を覚える。
「ああ、ここだよ!」
ここだ、間違いなくあの街だろう。
『……またですか?』
「え?」
俺の肯定に速度を緩めたバハムートだが、よく分からない事を聞かれて俺は首を傾げる。なんだ? また、って。
『サキュバスの次は人間ですか。実に欲求に素直で、よろしいかと』
「あぁ……そういう事か」
継いだ言葉でようやく俺も理解した。どうやら立ち並ぶ娼館を見て勘違いしたっぽい。
さっき立ち寄った場所が場所だもんな、街並みを見て変な察し方をしても不思議じゃないか。
「違うよバハムート。俺の暮らしてたのがこの街のすぐ近くってだけだから。孤児院はもう少し森の近くだし……それに、サキュバス村では……何もしてないよ……」
「ザック様……? 最後の方で急に元気がなくなられましたが……」
まあ何もしてないっていうか何もさせてもらえなかったんだが。思い出したらちょっと辛くなってきたな。
「っていうか、バハムートはサキュバスとかあの手の店とか、見ただけでも何する所か分かるのか?」
『……知識の収集こそ当機の武器ですので。しかし貴方の行動予測には失敗したようですね、この話は終わりとしましょう』
「あはは、何だよバハムート、案外むっつりスケベなのか?」
『……会話は終わりと発言したはずです、継続するのであれば当機のパージ機能を作動させて貴方の座席を分離しますが』
ちょっとした冗談のつもりだったが怒られてしまった。
……いや、バハムートの性格を考えたら照れ隠しみたいなものかも?
ともかくスピードは落としているとはいえ地上までの距離は1、2キロはあるし、流石に怪我しそうで怖いな。しばらく黙っている事にしよう。
そんなこんなで俺は孤児院のあった場所へとバハムートで降り立つ。
レヴィアタン討伐のためにトル・ラルカへ向かって以来だから、とても久々の帰還になってしまったな。
着いてしまったはいいが、正直まだ心の準備はできてない。カーナの事もどう伝えるべきかわからないし、ないない尽くしだな。
まずシスターたちになんて言えばいいのか……そしてリィン、ヴェナ、シックスの前からいきなり逃げてしまった事、なんと詫びるべきなのか。
どれも決められないままだが、俺はカーナを背負い大地に降りる。
その1歩目。顔を上げた俺は、目の前の現実が受け止めきれずに思考が一瞬止まった。
「は……? ど、どうなってるんだ……?」
孤児院のあるべき、あったはずのその場所には、建物など存在していなかったのだ。
「つ、潰れた……? そんな、お金は、俺が……」
「あの……、ザック様……」
かなりの大金を稼いでいたはず。とても経営に困るような状況じゃなかったはずなのに、何があったんだ。
カトレアさんもどこにもいない。彼女にビスクの事を任せていたのに、もしかして間に合わなかったのか?
でもビスクは俺以外に手を出さないような事を言っていたはず。あれは単なる口約束だったのか……?
「そんな……! みんなは……」
『おい、よく見ろって』
「え……?」
「ザック様……。あちらに何か書いてございます……」
ジルの言葉に顔を上げる。そしてカーナの指差す先には、何か立て札のようなものがあった。
更地を見て絶望したが、そのせいで存在に気付けなかった。
俺はその立て札に近付き、内容を確認してみる。
『ザックへ
孤児院は移転しました。
あなたのお金で生まれ変わった孤児院の誕生を共に祝えないのはちょっぴり残念です。
でも、もしもあなたがこの場所に戻ってきてくれたなら、その時は遠慮せず顔を見せてくださいね。
子供たちと、あなたのお友達と一緒に、ザックの「ただいま」を聞ける日を待っています。
アーレットより』
「……!」
読んで、俺は思い出した。
そうだった、レヴィアタンと戦う前に俺自身が新しい孤児院の建築を頼んでいたのだった。
てっきりこの場所のままで全面的なリフォームが始まるくらいに思っていたが、そっか、別の所に建ったのか。
こんな事を忘れてたとは……ははは、馬鹿だなあ俺。
『ザック……? 悲しい事でも書いてあるのですか?』
「え……? いや、ビックリはしたけど、いい事だよ。なんでそんな聞き方するんだよ」
「ですがザック様……、泣いております……」
「……あれ……本当だ」
カーナに言われて顔を拭ってみる。するとびっしょりと手のひらがしめった。
自分でも気づかない内にここまで落涙するとは。孤児院が無事だったことに泣くほど安堵したのかな?
……違うか。そうじゃなくて、シスターが「俺の顔を見たい」と、「帰ってきてほしい」と、そう言ってくれてたからだ。
リィンたちに俺の容姿を見られる前に逃げたわけじゃないから、きっと俺が魔王へ変貌したのもシスターには伝わっているはず。
それでも、彼女は俺の帰還を待ち望んでくれているのだ。リュオンとローレナも、そしてリィンにヴェナにシックスも。
そう読み取れてしまえば、俺があの日「この姿を受け入れてもらえるか」なんて悩んでたのが馬鹿らしくなる。考えるまでもなく、みんなは受け入れてくれたのだ。
「……。よし、行こう! カーナ、バハムート!」
涙をすべて拭い、俺は真っすぐに立つ。もはや迷うことも、不安になる必要もない。
とても遅くなったが、帰るべき場所へと帰るのだ。