サキュバス村
「着いたな、ここがサキュバス村か……!!」
いつになく気合が入った口調で俺は村を見渡しながら言う。
森を抜けた先にあったのは、言われなければ魔物だけの棲む村とは思えない、静けさに包まれた村だった。
どこかでアロマでも焚いているのか、木々の匂いに交じって果物のような甘い香りが微かに漂ってくる。気がする。
「ザック様……、そのサキュバスというのは、危険な魔物なのでしょうか……?」
カーナは俺におぶさりながらそんな事を聞いてくる。いくら俺でも彼女を放ってこんな場所に来ようとは思わなかったので、一緒に連れてくる事にした。
バハムートは森の手前で待機している。気のせいか、俺の方を見る視線が冷ややかだった。
「危ないよ。死ぬまで吸われる、みたいな話も聞くからね」
「吸う……? 吸血、という事でしょうか……」
「それはヴァンパイアとか、吸血鬼だね。そういうのも俺は好きだけど、サキュバスはもっと別のものだよ」
「では、魔力……ですか……?」
「それはシックスだね。俺は死ぬまではいかないけど、カーナは会う時があったら気を付けてね。悪い子ではないんだけど」
「だ、誰でしょうか……?」
そんな返答をしながら、俺はサキュバス村へと足を踏み入れる。
そうだ、俺は今この場所に、安全確認のためにやってきたのだ。はっきり言って、いつ襲われるのかとドキドキ……じゃなかった、ビクビクしている。
だが、しばらく村の中を歩いているというのに、なかなかサキュバスと遭遇しない。いや……遭ってはいるっぽいんだけど。
バハムートの情報が間違いないのならこの村にいるのは全てサキュバスだという。でも俺の視界には普通の女の子ばかりが映る。
なんていうか、サキュバスという名前からは想像つかないくらい地味だ。村を行き交っているのは皆女性だが、それがみんな髪で目を隠していたり、すごく素朴な装いなのだ。
「……ここ、本当にサキュバス村なのか?」
もっと一目見て分かるくらいに淫猥な光景に遭遇するかと思ったが、俺がバハムートに騙されてたんじゃないかと思うくらいに平凡だ。ここ普通に森の奥にあるだけの村なんじゃないか?
村の女性と目が合ったが、なんか軽く会釈して手を振ってくるだけだ。男を見た瞬間豹変して襲い掛かってくる、という感じでもなさそうだ。
「魔物が棲んでいるようには……見えませんね……」
「うん、普通に人の村っぽく見える」
「では戻りましょうか……?」
「え? ……いやぁ……その、もうちょっと見てこう、うん。もっと奥に行けば何かしてくれるかもしれないし」
「してくれる……ですか……?」
俺の言葉に首を傾げるカーナ。
普通に無害を装っているだけかもしれない。そう考えた俺は村の中をより深く探索する事に決める。
『……そんな危ねぇ事する種族には見えねぇけどなぁ』
「念のため確認しないとだからね。本当に危なくないのかどうか、念のために、ね?」
「ど、どうしてそこまで念押しなさるのです……?」
ジルへ返したつもりだったが、カーナが驚いてしまったようだ。
それはそれとして、俺はこのサキュバス村のある施設に目が行った。
「あれは……宿屋!」
「そこまで珍しいものでしょうか……?」
一見何の変哲もない宿屋。村の規模にしては少し大きいくらいが違和感だが、他はカーナも聞いてくるように特筆すべき要素はない。
まあなんか他は全部民家っぽいし、唯一目に留められる建物がそこしかなかった、というのが正しい。
「あ……お食事もできるのですね……」
宿屋の看板に連なるようにして食事処を示すマークがぶら下がっている。
それに気付くと、俺は急に空腹感が湧いてきた。そういえばメルキオを出てから食事とかしてなかったな。
「……丁度いいから、なにか食べていこうか」
「わかりました……」
お腹が減っていたのはカーナも同じなのか、俺の提案に頷きを返す。
どうもここは俺が思い描いていたのとは違う場所のようだし、適当に食べて帰る事にした。
はぁー……。期待してた分、落ち込むなあ。