再会
女神様からの話を聞いた俺は、朝に目を覚ますと早速冒険者ギルドへと向かった。
そこには夢の中で言われた通り、この付近へプラチナ級の巨大魔獣が迫って来つつあるため付近の冒険者を集めての討伐依頼の紙が張り出されていた。
その依頼を受け、俺は魔獣が通るルートであると予測されている地点へすぐに出発。他の冒険者たちと合流する。
「……!? お前、ザックか!?」
魔獣は森林地帯を進んでいるようで、森の中では既に多数の冒険者が配置へ着き始めていた。
そんな中、俺は驚愕するような声を放つギルバーと再会する。
「ギルバー、久しぶり……とまでは言わないか。1週間も経ってないもんな」
5人の冒険者パーティ『黄金の旗』として活動しているギルバーたち。
シスターの暮らす孤児院近くを巨大魔獣が通るとあっては見過ごせないのか、全員この依頼を受けていたようだ。
にこやかに再開の挨拶を交わしたつもりが、ギルバーは怖い目をして俺に詰め寄ってくる。他の4人も不機嫌そうに俺を見てくる。
「……なんでこんなとこに来てんだよ! 自分の実力も分かってないってのか!?」
「いやあ……最近ようやく分かったから来たって感じなんだけど」
「そんなわけないでしょ、ザックはシルバー級なんだから」
モルガンが俺の言葉を速攻で否定する。
そんな気はしていたが、やっぱりみんな俺の本当の格付けがどの位置なのか分かっていないようだ。
まあ仕方ないとは思う。俺たち6人が前世の記憶を思い出したのって結構最近だし、元いた世界だったらシルバーが最強だ、って概念はちゃんと言われないと知らないままでスルーしてても不思議じゃない。
2人だけではなく、ハミアとトラッドとゼンもそこは気付いていないようだ。
「ここに来る魔獣はプラチナ級なのよ? お願い、ザックは帰って」
「俺たちだってゴールド級だけどさ、ギルバーをリーダーにそこそこ経験積んできてるんだ。格上は格上だけど、お前は無茶しないでくれよ」
「お前もこの街を、そして孤児院を救いたいと願っているのは伝わる。……だがそれで死んでは私たちもシスター・アーレットに会わせる顔がなくなる。今は気持ちだけで、下がってくれ」
怒涛の説得を受け、俺はみんな本当に連携して戦えるようになってるんだなあ、というのをなんとなく実感する。
パーティバランスも良い。ギルバーとモルガンが前衛で、ハミアとトラッドはそれぞれ魔術と弓の後衛。ゼンは回復役で、ギルドに行く前から役割はしっかり決まっていた。
そんな5人が必死で止めるような相手なのだ。昨日までの俺だったら、みんなの言うがままに孤児院へ帰っていただろう。
『……で、その魔獣なんだが。こいつが猛毒を撒き散らすみたいでな。一応お前抜きでも殺せはするんだが……その場合は毒で冒険者どもがかなり死ぬ。当然、お前の知ってる顔もだぜ』
放っておいても、孤児院は無事だそうだ。仮に倒せなかったとしても街を突っ切り、被害はそこだけで収まるとも女神様は言っていた。
だが、俺が何もしなければギルバーたちが死ぬのだ。きっと、その中にはリィンやギルドでたまに見かけるような他の冒険者も大勢含まれているに違いない。
……きっと、シスターは涙を流すだろう。俺に向けた優しさは、きっと他の5人にだって平等に与えられているものだ。
だったらそんなもの見過ごせるはずもない。俺もまた、彼らに死んでほしいなどと思った事はないのだから。
『最強の災厄を指し示すシルバー級のお前だったら恐れる相手じゃねえ。毒の事なんか気にするな。魔獣を倒して、勇者サマにでもなってきたらいい』
女神様の言葉を胸に、俺はギルバーを追い越して森の奥、魔獣の元へと向かう。
「おい、ザック!?」
「……大丈夫だよ、ギルバー」
俺を追いかけ、ギルバーが肩を掴んでくる。
必死の形相の彼を見ながら、俺は親指を立てて口角を上げた。
「だって俺は、S級なんだぜ!!」
「だからそんなの、!? おい、やめろ馬鹿!!」
ギルバーたちの制止を振り切り、俺はそのまま森の奥へ走っていく。
みんな追いかけては来たけれど既に持ち場が決められているのか、それとも追い付けないと判断してか途中で引き返していった。
諦めてくれてよかった。みんなには悪いけど、この魔獣と戦わせるわけにはいかない。
そう思いながら先へ進んでいくと、今度はリィンが目の前に現れる。座り込んでいた彼女と視線が合う。
「……ザック? ああ、お前も依頼を受けてきたのか」
「はい、シルバー級の俺が、魔獣を倒します!」
リィンは黄金の旗のみんなとは違い、俺の登場に意外そうな表情は見せなかった。
多分、俺たちとは違ってこの世界の人だから、最初から俺の強さ自体は疑っていなかったのかもしれない。
そんな彼女は嬉しそうに、それでいて少しだけ悲しそうな顔になる。
「頼もしいね。……欲を言えば、あとちょっと早く来てくれればキスくらいしてあげてたんだけどね」
普段の強気な性格が見る影もなく、笑いながらそんなことを言ってくるがリィンの口元は悲しみを帯びていた。
何かあったのか、と思いながら彼女の傍に寄ってみると。
「ッ……!」
座り込んだリィンは膝の上に冒険者を乗せていた。上半身の衣服を脱がされている彼は、目を閉じている。
そして、俺が驚いたのはその男の皮膚の色だ。頭から腹の上辺りにかけてが赤と紫の入り混じったまだら模様に変色していた。
その異常な状態の冒険者は、既に死んでいると一目で分かってしまう。
死因にも、俺は心当たりがある。
「毒、ですか」
「情報はもう伝わってるんだな。そう、魔獣がいきなり霧を吹き出してさ、かなりヤバい毒だったんだろ。あたしは仲間と一緒に遠くから様子を伺ってただけなんだけど、先にいた奴らは次々に倒れてってさ……」
結末は語られないが、この人の顔を見ればどうなったのかは俺にだってわかる。
そしてその中で比較的症状が軽いか自分の近くにいた仲間を抱えて、ここまで撤退してきたのだろう。助けられるかもしれない、そう思っての行動か。
その結果も、俺が見た通りだ。
「俺が……仇を討ちます」
被害ゼロ、という訳にはいかないらしい。だが俺はリィンの仲間だった人の遺体を見て、魔獣討伐の意志を強く固める。
「……強気だなあ。ちゃんと、生きて帰って来るんだぞ。なんかお礼してやるから、絶対死ぬなよ」
冒険者の受ける依頼に危険は付きもの。彼女だって、これが最初の喪失というわけではないかもしれない。
でも、俺はもうこんな顔は見たくないし、同じような思いを他の誰かにさせたくもない。
女神様に言われて来ただけだったが、毒を撒き散らす魔獣の恐ろしさを知って俺の足はもう止まらない。
倒すべき怪物の元へと俺は走るのだった。