あるなら行くしかないよね
『機能を追加した以上、それは有効活用されるべきです。そう思いますね、ザック、カーナ』
鉱山から出た俺とカーナにバハムートはそう聞いてくる。
背中の座席に乗れ、って言いたいんだろうな。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
口では否定するんだろうが、俺たちのために造られた席なのだから、使ってやるべきなんだろう。
俺は彼女の背中に乗り込み、カーナの隣に座る。
カーナが怪我をしないように支えるつもりだったんだけど、そこはバハムートも既に想定していたのか、体を固定するためのシートベルトみたいなものも付属していた。
「ザック様と共に、感謝いたします……。バハムート様、わたくしたちのために、ありがとうございます……」
『言ったはずです、これは貴女がたのためではなく安全面を考慮しただけの事と。故に感謝は不要です。カーナ、貴女はザックと共に快適な空の世界を楽しむ事だけを考えていればいいのです』
「は、はい……」
『さあ、どこへ行きたいですか? 当機はこの世界、どこまでも飛ぶ事が可能ですよ』
バハムートは俺たちの指示を待っている。
初めてその姿を見た時は、本当に超高速で、流星のような速度だった彼女。まあ流石に俺たちを乗せるためにいくらか遅くはなってしまう気はするが、それでも1日かからず世界を一回りできるような速さのはずだ。
バハムートに、俺はどこへ連れていってもらうべきか。
「ザック様……いかがいたしましょう……」
「今更メルキオには戻れないしなぁ。……ってなってくると、俺は1か所だけなんだよな、行きたい所」
カーナは希望がないらしく、俺に行き先を委ねてきた。
行きたい所、というか帰るべき場所。それはもう孤児院以外にはないだろう。
俺は今いるヴァルクラウ大陸の位置を頭の中で思い出し、どこへ飛べばあそこへ行けるか思考する。
「ここから……とりあえず西側、かな」
『いいでしょう』
「はぁ……っ!」
俺が大体の方角を指示するとバハムートは即座に飛翔する。
グン、と一瞬強い引力を感じてカーナは声を漏らしたが、それ以降はすぐにそういった圧力なんかを感じなくなる。
『如何です、空気抵抗だけでなくその身にかかる衝撃も緩和できているはずです』
「は、はい……。驚きはしましたが、苦しくは、ありません……」
『当機の設計が正確だった事の証明ですね。では外を眺めてみるといいでしょう』
促されるままに俺はカーナと一緒に空の下を見下ろしてみる。
もう既にメルキオのあったヴァルクラウ大陸はかなり後ろに流れており、別の大陸の地上が先の方に見え始めていた。
多分そこのはずだ。あの大陸を1周すれば俺が暮らしていた孤児院も街もすぐ見つかりそうだ。
というか思っていた以上にバハムートは速かった。1日で世界1周、なんて思ったが、これは半日すらもかからないんじゃないだろうか。
「……ん? なんだあそこ」
あっという間にバハムートは大陸の上空を飛び始め、俺はその光景を見て楽しんでいたのだが。
ふと、森の奥に村があるのを発見した。一見すれば何の変哲もない、立地も相まって目立たない村だ。
だがそこはどことなく薄暗さというか、変わったものなんてないはずなのに何か見ただけで気を引かれるようなものを感じさせるのだ。
海沿いにはいくつか漁村なんかもあったのだが、その地上からでは存在に気付くのさえ難しそうな木々に囲まれたその村が、どういう訳か俺は非常に気になっていた。
『該当データがあります』
俺の興味を引いているのに気付いたのか、バハムートはその村の情報を教えてくれた。
『正式な名称は存在しない村です。住民はみは同種族の人型の魔物で、それらが形成する集落と呼ぶのが正しいかもしれません』
「バハムート様……、空だけでなく、地上の事もお詳しいのですね……」
『当機は「学習」こそを最大の武器としております。あらゆる事を学び、当機の糧とする事でより安全で確実な空を楽しむ事が可能と考えています』
なるほどな。ってことは俺やカーナにやたら親しくしてくれるのも、もしかするとその学習の1つだったりするのかもしれない。
これほどのスピードで空を飛べて、しかも鋼鉄の巨大な塔へ突っ込んでも傷なんて欠片もないんだから俺から見たらもう完成形という感じだが、バハムートにとっては未だ学びの最中なんだな。すごい学習意欲だ。
……それにしても魔物の集落か。ここはシスターのいる孤児院がある大陸のはずだし、少し気がかりだな。
「それでバハムート、そこの村にはどんな魔物が棲んでるんだ?」
『人々の夢に介入する夢魔、サキュバスと呼ばれている種族のようです』
「へぇ。………………じゃああそこはサキュバスだけが暮らすサキュバス村って事になるのか」
『呼称を付けるのであれば、それが事実に即した明快なものでしょうね』
なるほどな。サキュバスだけが暮らすサキュバス村か。なるほどな。
『……おい、ザック。なんだその口元』
「……魔物の村とあっては安全か確認した方がよさそうだよな。シスターに危害が及ぶかもしれないし。バハムート! その村の付近で降ろしてくれ!」
『……はぁ。まぁ言うだろぉなとは思ったぜ』
ジルがなんか言ってるが、俺は特に気にしない。
いやあ、まさかこの大陸にそんなとんでもない村があるなんて思いもしなかった。
俺はS級冒険者、シスターたちやリィンを始めとした俺の仲間に危険が及ぶかもしれないし、俺が安全か見てこないとな。
おそらく、これまでで最も危険な戦いになる気がする。だが俺は退くわけにはいかない。
そう、みんなの安全を守るためにも!