もう、戻れない
「はっきり言うが……ザックが人間に戻る事はもうできねえ、無理だ」
前世で魔王ハインザックとして生きていた事、そのおかげでシスターたちを救えたという話。
許せるか許せないかはまたいつか考えなくてはいけないかもしれないが、ともかくどうにか人間になれないか。
そんな問いを俺は投げかけたが、女神が返したのはそんな無慈悲な答えだった。
「そんな……元は俺だって人間だったんだろ!? それをお前が魔王に改造したなら、戻し方だって知ってて当然じゃないのかよ!」
「そう単純じゃないんだよ」
いいか、と前置きして女神は言葉を続ける。
「お前がもしチョコレートだったとして、俺がお前を魔王に変えたのが、それを割り折る事だったとしよう。割れたチョコ同士をくっつけようとしても、割った痕は残るし細かい破片なんかはどこに飛んだか見付けるのだって苦労する。絶対に元通りにはできないわけだ」
「……不可逆だって言いたいのか?」
「そうだな。ハインザックは死んで、ザックとしてこの世界に生まれ直したが、それでも記憶を取り戻した瞬間に姿も魔王を取り戻しただろ? つまり、それだけ俺の改変がお前の根深い部分を変質させた、って事だな」
銀の災厄の有する力で、俺は魂とか、もしくはもっと深い場所に魔王としての因子を刻み込まれてしまった、そういうことだろうか。
「……つまり全部お前が悪いって事だな」
「えへへ……」
「だからえへへじゃないって言ってるだろうが!! 誤魔化されないからな!!」
「わ、分かったよ……なら俺に会いに来た時、好きにしていいからさ」
そう言いながら女神は自身の体をアピールしてくる。
ふん、そんな言葉で俺が釣れるとでも思ってるのか? 騙されるもんか、人ではない魔物の姿にされてしまったんだぞ?
そもそも好きにしていいってどのレベルでの話だよ、本当に何してもいいって事か? 触っていいのかな? いや、触るどころの話じゃないのか? どうなんだ?
「ど、どこまで本気かわからないもんだけどな……!」
「……いらねぇとは言わねえんだな」
まあ、本気で言ってるならもったいないし……。
「くっ、結局俺は元に戻れないって事かよ……」
なんにせよ話は単純だ。俺を変質させた本人が無理だと言うなら、俺は魔王の姿のまま生きるしかないんだろう。
孤児院のみんなに、今の俺を受け入れてもらうしかないって事だ。……気が重いなあ。
「不安、って顔してるな」
「当然だろ。みんなが俺の事をどんな目で見るか……怖いよ」
「……そうか。じゃ、気晴らしが必要だよな」
「気晴らし……?」
不安を抱えた俺の心を癒す何かを与えてくれるって言うんだろうか。
そう思いながら俺は女神の言葉の続きを待った。
「お前の事教団の人間だかと勘違いして殺そうとしてきたやつらいただろ?」
「ああ、メルキオの」
「あいつら全員ぶっ殺そうぜ!」
「アホか!!!!!」
笑顔で親指を立ててそう言う女神に、俺は絶叫した。
こいつがどうかは知らないが、ストレス発散のために人を殺すなんてことするわけないだろ!
平然とそんな提案をしてくるのを見て、やはりこいつは人とは違う価値観で生きているんだろうなと実感した。
「……なんだよ、お前だって殺されそうになったんだから、やり返す権利はあるだろ?」
「向こうが勘違いしてただけでそんな事してたら俺の方が本物の悪になっちゃうんだよ!!」
「えー、いいじゃねーかよ。そのための力だってあるんだし」
「ないよ! 仮にやるとしたってあんな人数相手じゃ手数が足りないし!!」
いや、やるつもりはないんだけども。
もしもやるとしたって俺にあるのは銀の魔剣が1つだけだ。カーナに助力を頼めばやれないことも無いが……そんな事のために彼女の力を使わせたくはない。
「? 何言ってるんだよ、力ならあるだろ」
「……もしかしてカーナの事言ってるのか? 絶対そんな事に加担させる気ないからな……」
「いや、そっちじゃなくて、その魔剣だよ」
「え、魔剣……?」
当たり前のように言う女神は、俺の腰にあるその魔剣を指差していた。
それはまるで、この銀の魔剣の使い方を、俺がもう知っているとでも言いたいかのようだった。




