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降臨、バハムート

「こいつがバハムートか……!」


 魔剣を構え、俺は銀の女神龍、その信徒が呼ぶにはバハムートと対峙する。

 まさか、本当にいるとは思ってなかった。この世界の銀は災厄の象徴だって聞いてたから名乗るやつなんていないと思ってたのに。

 ああそうか、銀の女神龍ってのはこのバハムート自身が言ったんじゃなくて教団の連中が勝手にそう呼んでただけなのかも。


『……本当にその小さな剣で当機と戦おうというのですか? 今一度、冷静に状況を判断するべきでは?』


 覚悟を決めていた俺に呆れるような声でバハムートは語り掛け、そのままゆっくりと上昇して全身を俺とカーナに見せつけてくる。

 その全身は機械でできていた。白い輝きを放つ銀のボディ。龍を模したと思われる頭部は鋭利なフォルムで、天空を飛ぶための大翼とは別に存在する腕は胸の前で組まれている。

 脚は飛翔のためにか必要最小限のサイズになっていて、その代わりかのように太く長い尻尾が伸びている。

 機械仕掛けの龍は、魔法による飛行なのかエンジンなどの騒音すら欠片も出さず、静かに俺の攻撃が決して届かない位置で滞空している。

 確かに、こんな状態になっては俺の斬撃なんて届きそうもない。ジャンプすれば当てられるかもだが、当然止まっていてなんてくれないだろうからな。


「でも、戦わないと殺されるんだろ? ……俺だけじゃなく、カーナもいるんだ。勝てなくても、この子を守れるかもしれない可能性があるなら……!」

『こうして言葉が交わせるのだから、交渉で無駄な戦いを避けられるという判断はできないのですか?』

「え? ……え、もしかして、戦うつもりとか、なかったりする……?」


 言われてみれば確かに……。目にも止まらぬ速度で塔を破壊できる相手なんだから、殺すつもりだったら問答無用でまた突っ込んでくればいいだけだったはずだ。

 遅れてそれに気付いた俺に、バハムートはようやく気付いたのか、と言うかのように塔の内部へ着地した。

 細い脚と太い尾。その3つを巧みに操ってバハムートは俺とカーナの前に立つ。


『当機は不要な殺害を好みません。生きていたいと願うのであれば、その選択を尊重しましょう』

「な、なんだ……。意外と話の分かる相手なのか……?」

「ですが……先程の、あなたの信者を襲ったのは、何故でしょうか……」


 気を抜きかけていたが、カーナの疑問に俺はしまおうとしていた魔剣の柄を握る。

 そうだ、言葉は通じているが、俺たちの倫理観が通用する相手じゃない場合だってあるのだ。まだ気を張ってはおくべきだろう。


「カーナの言う通りだ。あいつら、みんなお前が救いをくれるだとかなんとか、信じてたんだぞ。どうしてあんな……」

『それが彼らの望みですから、道すがら叶えてあげただけに過ぎません』

「望んでた……!?」

『そうです。死を望むがゆえに、当機はその介助をしたのみです』

「……では、今わたくしたちを生かしている、というのは……」

『彼らとは違い、生を望む行動を認めたがゆえの行動です』


 バハムートの襲撃に、教団の人間は逃げるどころか集合していた。その行動は、確かに自殺行為そのものだったな。

 そしてそれとは反対に俺はカーナと一緒にまだ安全なこの場所へ退避した。結果、彼らとは違うと思い、襲ってこないでいてくれる、という事なのか。


「信者の望みを叶えてくれる神様ってわけか。……でも俺もカーナもバハムート教団に入った覚えなんてないんだけど」

『当機は神ではありませんので。女神と呼ばれるのを好意的に受け止めはしていましたが、彼らが勝手にそう呼称しているだけに過ぎません』

「あ、そうなんだ」


 どうやら銀の女神龍というのはバハムート教団の人間が産み出した俗称のようだ。

 まあ神様とは人の側が信仰してるものだし。そういうことはよくあるとは思うが。


「教団の信者の望みを叶えてたらいつの間にか崇められてたわけか。……っていうか、なんでその教団のやつらは死ぬのを望んでたんだ?」


 このバハムートはどうやらたまたまこの辺りを通り、教徒たちが死にたがっていたから殺してやった、というだけのようだ。多分それを繰り返してたら女神龍と呼ばれるようになったんだろうな。

 それはいいとして、じゃあなぜバハムート教団の人間はあんなに死を願っていたのだろうか?


「生きるのを……諦めたかったのでしょう……」

「諦める? なんで?」


 答えを知っているのか、カーナはそう耳元で呟く。


「世界を襲った災厄……。いつ、何処に現れるのやも知れぬそれが息づく今の世は、希望を抱き生きるには厳しいと思う方もいるでしょうから……」

「……あいつか」


 そういえばそうだった。

 俺がまだ前世の記憶も戻ってないくらいの頃、銀の災厄は世界中で暴虐の限りを尽くしていたんだ。

 人が住む国の殆どはあいつのせいで滅んだし、今無事に残されている国なんて本当に数えるほどしかなかったはずだ。

 人の数も大幅に減り、その上魔物がこの世界にはいる。戦う力を持たない人からすれば、生きづらい世界かもしれない。


『しかし、近年は銀の災厄のおかげで人間同士の争いが激減した傾向にあります。静かな大地を干渉しながらの飛行は実に心地の良いものですよ』

「おかげ、って……。銀の災厄が大勢の人間を殺したのがいい事だって言いたいのかよ」


 あれの行いを善行であるかのように言われ、俺はつい反発してしまう。

 神ではないとは言ってたけど、機械だけあってやっぱり人間とは価値観が違うのかもしれないな。


『そこについては興味ありません。当機はただ快適に空を飛びたいだけですので』

「え……あ、そっちなんだ……」


 バハムートが喜んでいたのはそこか。まあなんにせよ人の命について軽く考えているという点では変わんないんだけど。


『この障害物についても同様です。このような高度まで伸ばされては当機の航行に支障を来します』

「もしや……あなたがこの塔を破壊したのは、それが要因で……?」

『ご名答です、排除する度に再構築を繰り返され、当機も既に恒例行事として認識しつつあります』


 そうか、邪魔だったのか、この塔。

 まあ遥か高く天まで届きそうだったし、ただ飛ぶのが好きというバハムートからすれば障害物以外の何物でもなかったのか。

 そこに死にたがりの教団連中が集まってバハムートに殺してもらおうとしてたと。

 彼らの崇める神の手によって塔は砕かれたわけだけど、こっちはちゃんと目的は達成できてたんだな。バハムートには迷惑な事だが。

 空という自分の領域を侵されると襲ってくるみたいだが、そうじゃなければ危険は少なさそうだし、とりあえずは戦う必要性はなさそうかな。


『ではあなた方に戦闘の意志がない事を確認しましたので、当機は離陸します』

「あ、待ってくれバハムート!」

『まだ何か?』

「その、俺たちここから降りられなくなっちゃってるから、もし良かったらなんだけど、地上まで連れて行ってもらえない?」

『……』


 階段が崩れて脱出できない事を告げると、バハムートはどことなく不服そうな沈黙でしばらく動かなくなった。

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