救いを求める人々
バハムート教団なるものを信仰している人々の本拠地であるらしい塔。
既に教徒は避難しているのか、俺とカーナを止めるものは塔内には誰もいなかった。
そのまま塔に設置されていた転移魔方陣を発見したので利用させてもらう。巨大な銀のなにかが激突したフロアまでは一瞬で行くことができた。
頂上付近、俺たちのやってきたその部屋は半分ほどが大きく穴を開け、外側が見通せるようになっていた。
衝突物は貫通したのか中には残っておらず、大穴からは強い風が吹きつけてきて、油断すればそのまま反対側の穴から転がり落ちてしまうのではないかとさえ思えた。
……そんな危険極まりない場所には、多数の教団員が押し寄せていた。
「バハムート様だ! 銀の女神龍バハムート様がおいでになったぞ!!」
「こちらです!! こちらへもう一度、我らに慈悲を!!」
「バハムート様ぁぁぁっ!!!」
熱狂、とでも言うべき有り様で、誰一人として恐怖をしているようには見えなかった。
それどころか果敢に穴から身を乗り出し、銀の彫像を天へと掲げる教徒までいる。危ない、落ちたらどうする気なんだ。
「何やっ……!!」
口を開こうとした瞬間、身を乗り出していた教徒の1人が足を滑らせ、塔から落下しかけていた!
俺は瞬時にカーナをその場に下ろし、神速とも思える速度で彼の手を掴み、なんとか引っ張り上げた。
「あ、あんた……! 信仰なんて人の自由だけど、命は大切にしなきゃ」
「馬鹿野郎!!!!! 私の邪魔をするな!!!!!」
「ッ!?」
助け出したはずの教徒に物凄い声量で罵倒され、俺は面食らった。
そして一瞬俺が動けなくなったのを見計らったかのように、助けた教徒は穴の外へダイブする。
「じ、自殺……!?」
一瞬遅れたが、まだ間に合わないかと大穴を覗き込む。
その瞬間、すぐしたの階層に銀の巨大な塊が突っ込むのを見た。
「きゃああっ……!」
「カーナッ!!!」
ここに来る前に見たあの隕石みたいなやつだ。あれが再び塔を破壊しに戻ってきたらしい。
今度は穴を開けただけでなく俺たちのいる階層を完全にブチ折りでもしたのか、床が90度反転してカーナが宙に浮く。
床を蹴り、カーナを抱きしめた俺はほぼ垂直になりつつある床を駆け上り、大穴から飛び出した。
予想した通り、直前まで俺の居た部分は分離していたようだ。取り残された教徒たちは、恐怖ではなく歓喜の音色と共にメルキオの大地にと落下していく。
俺はカーナと共に1つ下の階へと飛び移り、何とか事なきを得た。
「マズいな、何に襲われてるのかもよく分からないし、早く脱出を……」
そう思いここに来る時使った転移魔方陣を探すが、ここにあったのはひび割れて起動しなくなった魔方陣だけだった。
最悪な事に下層に降りる階段も崩壊しているみたいで、これではどう頑張っても降りるのではなく落ちることしかできそうにない。
またさっきのがぶつかりでもしてきたら、その時は下へまた飛び移れるかもしれないが、そう何度もうまくいくとも思えない手段だ。
「クソッ、なんでこんな不運ばっか重なってくるんだよ……!」
折角助けようとした教徒は自分から改めて死ににいくし、なんとか脱出したら今度は逃げ道完全に塞がれてるし。
こうなってしまっては、この塔に襲い掛かってきている敵を俺が倒して安全を確保するしかないのかもしれない。
相手はろくに視界にも捉えられない高速軌道の化け物だが、カーナを守るためにもやらなければいけないだろう。不利でしかないが、俺は覚悟して片手で魔剣を抜く。
「相手になってやる……! 来いよ、俺はS級冒険者だぞ……ッ!!」
『……戦うつもりなのですか?』
「ッ、後ろかッ!!」
振り向き、俺は魔剣の切っ先を突き付ける。
敵がいたのは、俺のすぐ背後ではなくその先、塔の外側だった。
「あれが……銀の女神龍なのですか……!?」
カーナは驚愕に声を震わせていた。だがそれ以上に俺は声もなく驚いている。
銀の翼を持つ龍。敵はまさにその言葉通りの姿をしていたのだ。
銀の災厄でも女神でもない。人間ではない金属の体を持つ、銀の女神龍。
それが俺とカーナを塔の外から見下ろしていたのだ。