銀の女神龍
「とりあえず、ご飯にしようか」
そんな俺の一言で、カーナと共に飲食店を探す。
順調な船旅だったとはいえ、ビスクが積み込んでいた食料はだいぶ栄養に特化した簡素なものだったので食事としてはひどく味気なかった。
ちょうどお腹も減ってきたし、まずは腹ごしらえからとメルキオに立ち並ぶ店を眺めながら食事ができそうな場所を探す。
流石に俺の暮らしていた街とは違い、多種多様な店が並んでいる。楽器や書物などを取り扱う店や、鉱石なんかを加工して装飾品を作ってくれる店もあった。
かなり高級そうな乗り物を販売している店まであった。牽引する動物も必要なさそうで、四角い鋼鉄のようなそれは……え、もしかしてこれ車……!?
「おっ、あの店、なんか良さそうじゃない?」
かなり気になる店が多数あるが、俺は初志を貫き一軒の飲食店を発見し、カーナへ示す。
彼女の方は、だいぶ芳しくない反応をしてきた。
「あれに……入るのですか……?」
あれ、そうカーナが言った店は、他と比べてボロい店構えで、看板も錆がひどいのか店名すらまともに分からないような佇まいだった。
かろうじて看板のナイフとフォーク、それからジョッキのようなマークが見えたため、俺はそこを飲食店だと判断した。
「心配いらないって! こういう一見ボロボロな店の方が美味いって昔になんかで見たんだよ!」
「そう…………ですか…………。いえ、ザック様がそうおっしゃるのなら……」
なんかいつもよりカーナの喋りがゆっくりだった気がする。
まあ仕方ないよな。見ようによっては廃墟か? って感じもするし、こんな店がまともな物を出さないんじゃないかと忌避感も湧いてしまうかも。
だが逆に店構えを新しくするほどの暇すらないくらいに繁盛している可能性だってあるのだ。俺はこういう店を見付けた時、まず入って味を確かめたい。
というわけでカーナの了承も取れたので俺は店へと入る。ギィィーッ、と錆び付いたドアが悲鳴を上げ、ドアベル代わりに俺の来店を歓迎してくれる。
「……いらっしゃい、空いてるとこ、好きに座って」
気力の感じられない店主の声。それを聞きながら俺は店内を見渡す。
店内は一席を除いて空室。店の奥のテーブルでは、目深にフードを被った5人くらいの集団が何かを囁きあっている。
なにやら手には銀色に輝くロザリオみたいなやつが握られている。どっかの宗教の集まりかな。
まあ店主共々俺の容姿を気にした素振りも見せないし、とりあえず俺は壁際のソファの席にカーナと並んで座る。
テーブルに置かれたメニュー表はなんと写真付きだが、どれも年季が入っておりカラーかモノクロかよく分かんなくなっていた。
「俺の勘だと、この店……当たりだな」
「ザック様、賭け事だけには手を出さぬよう、心にお刻みください……」
なぜかカーナはよく分からない心配をしてくるが、まだこの店がマズいと思い込んでいるんだろうか。
あの店主の俺の姿への無関心さ。あれは多分歴戦の料理店であるからこその余裕だ。魔王みたいな客程度では驚きもしていない辺り、相当な修羅場を潜り抜けてきたのだろう。
「ほら、お腹減ってるだろカーナ。何食べようか?」
「その……こちらの、フライドポテトで……」
「うん。……ん、それだけ? 他には頼まなくていいの? お金ならまあまあ持ってるから、気にしなくていいけど」
「ええ、最初はそれだけで……」
「あ! 量が多いと食べきれないかもしれないからか。カーナは慎重派なんだね」
「はい……」
もっと遠慮せずにいっぱい頼んでくれてもよかったんだけどな。お金はいくらか常に持ち歩いていたので、みんなの前から逃げた時のお金はそのまま懐にあるのだ。
……そうか、そういえば俺はみんなの前から逃げて、それでこんな所で女の子と食事なんかしているのか。
隠れた名店を探し出してちょっとテンションが上がっていたが、ふと自分の現在の状況を振り返ると、なんかテンション下がっちゃうな……。こんな事してていいのかな、俺。
「注文、お決まりで」
「……あ、はい。えっと、このフライドポテトと、店長のオススメランチセット1つとメルキオサラダボウル、あとライスは大盛りでお願いします」
変に冷静さを取り戻してボーっとしていた所へ店主が注文を取りに来た。慌てて俺は伝える。軽く頷くと彼は厨房であろう方へ引っ込んでいった。
「……ザック様は……勇気がおありなのですね……」
「え? ああ……うん、これでもS級冒険者だからね」
「S級……ですか?」
「そうだよ、シルバー級。一番上なんだって」
カーナに聞かれ、咄嗟に答えてしまったけど、俺って今も冒険者って事でいいんだろうか。
外見だけだと、むしろ俺は狩られる側になってしまっている気がするんだけど。
「シルバーですと!?!?」
ガタン、と勢いよく立ち上がる音。奥の席の集団が俺の言葉を聞きつけたのか全員席を立って俺の事をフードの奥から凝視している。
謎の5人集団はそのまま俺とカーナの座る席の前にスッと近寄り、囲むようにして立ち並んだ。
「あ……えっと、その、なんでしょうか?」
彼らはみな、異常なくらい興奮している。なにか刺激でもしてしまったのか、5人全員呼吸が荒い。
そして、その手には一様にさっき見たロザリオ、大きく翼を広げた、銀色の龍の彫像が握り締められていた。
「貴方様はもしや……!!」
「銀の女神龍様の使いでありましょうか!!??」
「ぎ、銀の女神龍……?」
逃げるか追い払おうかしようと悩んだ所に、聞き慣れない単語が飛び込んできた。
そして聞き慣れはしなかったが、とても聞き捨てなるようなものでもなかった。