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ビスクは港で待ち受ける

「あいつ……やっぱり港で待ち構える気なのか」


 カーナを連れてフロウウェルにまで戻ってきた俺は窓から外の景色を見ながら顔を顰める。

 町に入った俺はビスクに見つかる前に建物の中に入った。カトレアさんに「自由に使ってください」と言われていた屋敷だ。

 かなりの富豪だったのか貴族の住んでいたらしいここはよく町を見渡せたのでビスクがどこにいるか最上階の部屋から監視していたのだが……奴は最悪の場所にいた。

 町の中を探そうとはせず、この大陸で唯一海に面していた港。堂々とそこに仁王立ちしているのだ。

 フォラグレイン大陸から脱出するならそこしかないのは向こうも理解してるみたいだしな。入れ違いになって逃げられるよりも確実に俺とカーナを仕留められるポジションだ。

 きっとあの近くにはビスクが復活するためのセーブポイントも用意してあるのだろう。俺が軽く見た日記もびっしりと文字が書いてあるのではなく、ほとんどサイン同然の文字量だったのを考えると少しでも自分の事を記したものでさえあれば復活できる可能性が高いし、突破は難しいだろうな。

 カーナの魔術で復活と撃破をほぼ同時に行えば港を出るまではいけるだろうが、ビスクの奥義とやらである『神断ちの一閃』が本当に視界に映るものを全て攻撃できるなら海上まで行った所を狙い撃ちにされて終わるかもしれない。


「俺たちはこのままフォラグレイン大陸から出られないのか……?」


 兵糧攻めとかも通用しないんだろうな。餓死してもセーブポイントから復活しそうだし、根を上げるのは俺たちの方が早くなりそうだ。

 後は山岳を越えて海に出るという手だが……足の不自由なカーナを泳がせるのは彼女の身が危険すぎるし、できない。

 結局の所唯一の出口はあの港以外にないわけだ。俺はこの状況の打開策を出せず、弱音を吐いた。


「そんな暗い顔しないで、お茶でも飲んで落ち着いてくださいな」

「あ、どうも」


 そんな俺に差し出されたティーカップ。受け取って一口すする。

 紅茶かな。流石に異世界だし茶葉の種類とかは分かんないけど、気品のあって落ち着く味だなぁ。少し冷静になれた気がする。

 ……あれ? でもカーナは歩けないし、これ誰が淹れたの?


「はい、赤い人もどうぞ」

「感謝、いたします……」

「か、カトレアさん!? 何をしてるんです!?」


 振り返ると、俺に続けてカトレアさんがソファに座るカーナへ紅茶を渡していた。もう町を離れたと思っていたが、まだ残ってたのか。

 ようやく彼女がこの場に紛れ込んでいたのに気付くと、カトレアさんも自分の分の紅茶を飲みながら首を傾げた。


「? お客様にお茶を出してただけですけど」

「それはどうもご丁寧に……いや、そうじゃなくてですね!」


 歓迎してもらってるのはいいんだけど、別にここはこの人の家でもないだろうに。

 親を殺したというこの屋敷の持ち主らしい少女が見たらなんと言うだろうか。しかも勝手にお茶まで淹れてるし。


「おかわり飲みます?」

「いえ……屋敷の人が怒りそうなのでもう大丈夫です」

「ふふっ、もう誰もいないんですから、怒られませんよ?」

「あの、ザック様……。こちらの方は一体どなたなのでしょうか……?」


 マイペースなカトレアさんの態度に押され気味だった所にカーナの疑問が飛んできた。

 そういえばカーナは初見だったか。なら俺以上に戸惑ってるだろうし、教えてあげないといけないな。


「この人はカトレアさんって言って、フロウウェルに住んでたらしいよ。それで……銀の災厄の、妻、なんですよね」


 ついでにカトレアさんと一時別れた後に知った衝撃の事実も確認を取る。

 しれっと女神が明かした情報だったが、彼女はそれを少しだけ顔を赤くし、白い手袋をした手を頬に当てながら肯定した。


「あら、ザックさんどこでそんな事知ってきたんです?」

「多分……本人から。……あの、ってことはつまりカトレアさんの夫って、女の人って事、なんですか……?」

「どうなんでしょう。そういう日もありますけど」

「そういう日もある……???」


 え、どういう事なんだ。え……可変、なの? どの辺りが?


「ここから先は私と夫との秘密です。それより、魔物の件は解決していただけました?」


 すごく気になる所だが、唇の前に指を立てながらカトレアさんはそう言って片目を閉じる。気にはなるが……まあ夫婦の話だし、あんまり深く聞こうとしたらいけないよな。


「ええ、魔物……ではなかったみたいですけどね」

「あ、もしかしてその赤い人が関係してたりするのかしら?」


 カーナを見ながら言うと、カトレアさんは鋭く俺の言葉の先を予想していた。

 そりゃ行きは影も形もない人間がいきなり現れたら、関連を疑うよな。


「わたくしはカーナと申します……」

「この子、凄い魔術が使えるんですけど、それが原因で魔女と呼ばれて怖がられてたんです。この大陸の人は、カーナを恐れて別の所へ逃げていったみたいですね」

「あら、そんなに怖い人なのかしら?」

「いえ、冒険者ギルドに討伐依頼が出てたり、勇者に狙われたりしてるみたいだけど、カーナはただ自分の身を守ってただけなんです。……結果的に大勢の人の命を奪ってはいるんだけど、悪い魔女では、ないはずです」

「ふーん……」


 俺の説明で納得いったのかそうでないのか、なんともいえない反応をしたカトレアさんはカーナの座るソファの前へ立つ。そして互いに顔を見合わせている。


「申し訳ございません、わたくし、幼少の怪我で立つことができず……。このような体勢ですみませんが、お邪魔させていただいております……」

「いいんですよカーナさん。好きに使ってくれていいですから。……それより、ちょっと耳を」

「な、なんでしょう……?」


 2人は俺に聞こえないように何事か話し始めた。

 内容はまったく聞こえないが、どうも話題は俺のようだ。カトレアさんが思いっきり俺の事指差しながら何か話してるし。

 カーナは囁かれた内容にびっくりした顔をしている。それから顔を赤くしながらカトレアさんに何事か返している。

 しばらくそんな感じで彼女たちはひそやかに話し、かくして密談を終えたカトレアさんはカーナの元を離れ、俺の方へやってくる。


「ザックさん」

「え、なんでしょう、カトレアさん」


 改めて名前を呼ばれて緊張する。さっきよりどことなく声が真剣な感じだし、俺は何を言われるんだろう?

 ……としばらく身構えていたのだが、彼女は特に何も言いはしなかった。

 ただ無言で俺の肩に手を乗せ、もう片方の手でグッ、と親指を立てるジェスチャー。しかも、やたらとその表情が「がんばれ」と言いたげな顔をしていた。


「あの、何も仰らないでくださいね、カトレア様……」

「ええ。でも応援はしてますからね、カーナちゃん」

「な、何の話だったの……?」


 俺に対しては特に何の説明もなく、ただカーナとカトレアさんの間で何かが交わされた事だけが伝わってきた。

 結局その後も今のがどんな意味だったのかは教えてもらうことができなかった。

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