神すらも討つ一撃
「ふははははっ、残念だったなザック君! そう簡単に私から逃げられるとは思わない事だ!」
「くそ……!」
カーナと共にまずはフォラグレイン大陸からの脱出を考えた俺だったが、そう上手くはいかず、フロウウェルに辿り着く直前でビスクと出会ってしまった。
自力で歩けないカーナを背負いながらの行動であったので目立たないで移動するのも大変ではあったんだけど、運が悪いとしか言えない。
「この大陸から出ようとしていたのだろう? 海に出られるのはフロウウェルくらいだからな、張っていれば必ず見付けられると踏んでいたよ!」
しかもビスクもこちらの行動をお見通しだったようだ。俺の考えが完全に読まれていた。
一通り回った結果、このフォラグレイン大陸は険しい山脈に囲まれた大地で、海へ出られるような場所は限られていたと分かった。
こいつは自分が殺された時点で俺がカーナを助け出そうとしているのに勘付いて待ち伏せしてたってわけか。勇者というだけあってそこそこ知恵も回るみたいだ。
「さあ、今なら私を2度殺した事も水に流そう。その魔女を私に渡したまえ」
「……悪いけどそうはさせない。この子だって別に人を殺したくて殺したんじゃない、身を守るために仕方なくやった事だ」
経緯を聞き、話していく中でカーナはビスクの語るほどの悪人ではないと思えた。
彼女は強大な力に居場所を奪われた、孤独な魔女なのだ。周りがそれを恐れすぎ、被害が広がってしまっただけに過ぎない。
「ふっ、関係ないよ。その魔女が大勢の人間を殺した事実は覆らない。殺人は罪、悪なのだよ。私はこの星を守る勇者として、その行いを決して許しはしない」
「……そう言うだろうと思ってたよ。だったら俺もカーナの事は絶対に渡さない。お前にむざむざ殺させるぐらいなら、俺が守ってやる」
「魔王様……。感謝を……」
俺の背中から熱っぽい声がかけられる。気持ちは伝わってくるんだけど、やっぱり魔王様はやめてほしいな。対峙してるのが勇者だから余計に。
「魔王? ……なるほどな。ザック君、君もまた、『悪』だったという事か」
耳聡くそれを聞きつけたビスクも我が意を得たりとばかりに剣を抜いた。しかも目がとても輝いている。
「魔族たちの王を呼称する君は、私たち人類にとっての敵に他ならない。冒険者としての姿は仮のものだったわけだね」
「あながち間違ってもないんだよな……。思い出してこうなったってことはこれが本来の姿なわけだし」
「それを聞いて安心したよ。勇者として、心置きなく討たせてもらおう!!」
「……その折れた剣で?」
声を弾ませながら言うビスクだが、彼女の手にする剣はぽっきりと折れていた。
それは俺が最初にビスクを斬った時の剣のようで、どうやら自分自身は復活できるけど装備の破損はそのままみたいだ。鎧もよく見たら切断面がそのままだし、隙間からは素肌が覗いている。
待ち構えていたのはいいが、そんな装備で俺を倒せるつもりなのか? という俺の疑問に、ビスクは不敵な笑いを返してくる。
「問題ない、私には武器が折れていようが関係のない奥義があるからな」
「お、奥義……!?」
ビスクには勇者と言うだけあって特別な技があるわけか。……マズいな、俺はどうにか耐えるつもりだがカーナはそこまで体も頑丈ではないだろうし。
そんな不安に駆られて視線を彼女に向けると、「お任せください……」と言うかのような自信に満ちた頷きを返された。
「ふふふ、驚くがいい、その名は『神断ちの一閃』! いかなる守りも関係ない、私の目の前に立つ全ての敵を両断する神技だ! この輝ける一閃の煌めきはあの銀の災厄でさえ真っ二つにした事があってだな……」
「あっ」
上機嫌で能書きを垂れているビスク。その背後にゆっくりと魔力の球が忍び寄るのを目撃した俺は思わず声が漏れた。
「どうした魔王よ、そんな間抜けな声を上げて。まさか王を名乗る者が恐れをなしたか? だが私は容赦はしないぞ。人に仇名す悪は、この私が」
口の周り続けるビスクに、カーナの【炸裂】の球が接触した。
その瞬間、勇者の体が一気に膨れ上がり、全身が弾けて吹き飛んだ。
舞い上がった血と肉片が俺たちの居る場所まで飛んできて、それをカーナが帽子で傘のように防ぐ。
「申し訳ございませんザック様……。少々、濡れてしまいますが……」
「いや、うん……大丈夫」
飛び散ったものは俺の体に付着する前にまた光に包まれて消えていった。
結果衣服が汚れはしなかったが……本当ならあれが大量に降りかかってくるわけか。
その光景は間違いなく赤い雨が降るようなものだったんだろうなというのが容易に想像できてしまい、俺も『血の雨』という異名が付いてしまったのに関してはつい納得する。
こうしてなんとか俺とカーナはビスクを退ける事に成功し、また復活して戻ってくる前にフロウウェルの中へ逃げ込む事に成功した。